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30・何かがおかしい

 店の光を一個だけ付けて、薄暗い中僕はファミーユコノエの今後について考えていた。

 だけど残り五日……契約完了のことまで考えれば、せいぜい余裕があるのは最高で三日くらいだろう。


 カタカタカタ……。

 キーボードを打つ音が静かな店内に響き渡る。

 ネットに掲載している情報を再確認してみよう、と思ったのだ。


 写真はこれでもか、という程掲載している。

 ならば紹介文か……『初めての一人暮らしにも安心』という文言が間違っているのだろうか。


 カチカチ……。

 マウスのクリック音。

 手は動かし続けながらも、心は迷っていた。

 こんなことをして意味があるのか。

 僕はまるで見当違いなことをしているのではないか。


 万葉ちゃんの顔を思い出す。


『まだ大丈夫だよ。一緒に頑張ろ。雄斗君』


 笑みを向ける万葉ちゃんであったけど、表情はどことなく暗い。

 万葉ちゃんも心配なのだ。

 シーズンが終わろうとしても、ファミーユコノエは満室にならない。

 といっても、一ヶ月前よりは大分空き部屋状況は改善されたけど、まだ足りない。


 浮口市の消滅を防ぐ前に、万葉ちゃんの幸福を僕は守りたかった。

 パソコンからの液晶の光。目を通して脳に直接突き刺さってきそうだった。


 部屋の間取りを見るだけで吐き気がしてくる。出口のない迷路を彷徨っていた。

 苦痛に耐えながらも、何とか秘策はないのか、あっと驚くような奇策はないのか。

 そうやって、前のめりになりながら画面を一心不乱に見ていると、


「――そなたは十分頑張った」


 と。


 声だけが聞こえ、反射的に椅子から立ち上がってしまう。

 姿は現していないけど、清流のような声。

 聞くだけで誰の声か分かった。


「守り神? 守り神なのか」


 店内をキョロキョロして守り神の姿を探す。

 だけど薄暗い店内に、一人分の輪郭もない。


「守り神! どこにいる! 今までどこにいたんだ!」


 そう――八重樫さんがファミーユコノエに入居してから。

 慢心するな、と僕にアドバイスをくれてから、一度たりとも守り神は姿を現さなかった。

 最初は僕のことを信頼してくれていると思った。

 だからその期待に応えようと思った。


 だけど時間が経つと共に、どんどんと焦りが出てきた。

 守り神、どこにいる。僕がこんなに困っているのに、君はどこで何をしているんだ。


 自分でも分かる理不尽な怒り。

 今更、何をノコノコと出てきたんだ。

 既にチェックメイト寸前……手遅れになろうとしているのに。


「……やはり無理だったか」


 消え入りそうな守り神の声。

 僕は虚空に向かって、怒りをぶつける。


「無理? 無理だって、まだ五日も残っているじゃないか!」

「後五日でシーズンが終わってしまう。このような状況で、五日後までに入居してもらうお客さんを捜す。それがどれだけ無謀なことか――そなたなら分かるだろう?」


 普通、この時期に部屋を探しているお客さんは、四月一日までに入居したい人達ばかりだ。

 だから残り五日まで部屋が決まらなかったお客さんなんてごく稀。

 ほとんど部屋を決めてしまい、残されているのはフィルターに通らなかった極一部の人達。


「だ、大丈夫だ! 安心しろ! 後五日でお客さんを捜してやるから!」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、無理だ……少し考えれば、どれだけ絶望的なことか分かるだろう?」

「無理じゃない! だから姿を現せろよ。見えないとこから、そんなことを言うなんて卑怯だぞ」

「妾にはもうエネルギーがない」


 残り五日で浮口市が消滅してしまう。

 万葉ちゃんを幸せにする、という目標を果たすことが出来なかった。

 その焦り、自分への不甲斐なさ。

 それが一種のパニック状態へと昇華し、守り神の言葉の意味が分からなくなってしまう。


 そんな僕の沈黙の意味を悟ってか、守り神はかすれた声で、


「……言ったであろう。この世に姿を現すにはエネルギーが必要だ、と」

「エネルギー……」

「姿を現せる程、妾にはエネルギーが残されていないのだ」

「何を言っているんだ! 満室じゃないけど、六部屋中五部屋は埋めたんだぞ。エネルギーは少しくらいはあるはず」

「これも言ったであろう。三月終わりまでに満室分のエネルギー。これが最低条件。そもそも今までだって、貯金を切り崩して浮口市を守ってきたに過ぎない。だからこそ、こうしている間にも浮口市は少しずつ消滅していった……といっても、それは五部屋分のエネルギーがあったので、思っていたよりも緩やかだったがな」


 確かに、浮口高校が消滅してからも、少しずつ街並みはなくなっていった。


 近場の公園。

 若者のデートスポット。

 居酒屋が建ち並んでいる通り。


 僕だけがその消滅を観測することが出来た。

 誰からも取り残されて。


「……やっぱり、満室にしないといけないのか?」

「そうだ。それが最低条件だったのだ」


 無慈悲な通告。

 足に力が入らなくなり、ふらふらと壁へともたれかかってしまう。


「そ、そんな……だったらやっぱり浮口市は」

「このま――消滅す――ろ――」


 エネルギーが枯渇して限界だったのか。

 とうとう守り神の言葉にもノイズが入りだし、聞き取れなくなってしまう。

 僕は後ろでに壁を押して、近くの机をバンバンと叩いて、


「おい! 消えるな。諦めるな。後五日も残っているじゃないか!」

「……妾に――夢があった。言わな――がな」


 最後の力を振り絞るような。

 今までの守り神の声を考えると嘘のような。

 守り神は寂しそうな声でこう続ける。


「ファミーユコノエ昔はあのアパートも満室で、個性豊かな――楽しそうに暮らしていた」

「…………」

「だから妾もあの中に入ってみたかった」


 神様なのにやけに平凡な夢であった。

 吹き出しそうになってしまうけど、あまりにも守り神が真剣だったので、何もツッコミを入れることが出来なかった。


「入ればいいじゃないか……守り神も! あのファミーユコノエで一緒に暮らせばいいじゃないか」

「ささやかな願いであるが――出――い」


 ん? 今、何て言ったんだ?

 それは出来ない? そう守り神は言ったのか。


 ふざけるな!

 本人は最初、僕に「諦めるな」と言っておきながら、ここにきて自分が全てを諦めているじゃないか。


 このままエネルギーがなくなってしまえば守り神はどうなってしまうのか?

 もしかして浮口市と一緒に消滅してしまうんじゃないか?


 短い付き合いだったけど――そんなことは僕が許さない!


「あり――とう。よく――くれた」

「お、おい! 守り神!」


 何もない空間に手を伸ばして叫ぶ。


 だが――守り神の言葉は返ってこなかった。

 伸ばした手をゆっくりと下げる。

 まるで手に神経がなくなってしまったかのように。


 ――……――……――。


 嘘のように静まりかえった空間。

 全くの無音。電車の音さえも聞こえない。人気がない時間。


「え?」


 ここで違和感。


 全くの無音? 電車の音さえも聞こえない?

 急いで入り口をパアと開けて、外へと出る。


「バ、バカな……」


 その光景はあまりにも信じることが出来なくて。

 へなへなとその場に座り込んでしまう。


「本当に浮口市は消滅してしまうのか……」


 普段ならこの時間は、家路を急ぐ人々で溢れているはずだ。

 浮口駅への改札口へと急ぐ人々。

 それが一人たりとも見当たらない。


「浮口駅が……消滅している……」


 浮口市の象徴ともいえる浮口駅。

 交通の中心ともいえる浮口市最大の電車の駅である。

 路線さえも最初からなかったかのように。


 浮口駅が目の前から完全に消滅し、ただやけに強い夜風が窓を叩く音しか残っていなかった。

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