3・ボーイミーツガール
突然の事態に対して、パニックに陥った体は、ごろごろと床を転がりながらその場から逃げ出した。
そして壁に背中を向けて、未だ四つん這いになっている美少女を見る。
「ききき君は誰なんだ! 一体、僕に何をしようとしていたんだ」
「え? アパートの前で気絶していたから助けてあげんたんだけど」
非難めいた声を上げ、ゆっくりと彼女はその視線を僕へと向けた。
その時、僕の脳天へと雷が落ちた。
「か、万葉ちゃん?」
――近衛万葉。
十年前、浮口市に住んでいた頃に一緒になって遊んでいた幼馴染みだ。
長い髪の毛先は空気が含まれているのか、ふわっとしている。雪原のような白肌はきめ細かく、キラキラと輝く大きな瞳は可愛らしく。それでいて四肢は長く美しい。
言葉を失うような美少女(ただしこんな状況でなければ)なんだけど――天然めいた雰囲気をまとっている。
十年前の万葉ちゃんのイメージが、そのまま大人へと成長したような。
間違いない――この子は近衛万葉ちゃんだ。僕の第六感がそう告げていた。
確信めいた考えを持って、そう名前を呼ぶと、
「あっ、覚えていてくれていたんだ! 嬉しい!」
と万葉ちゃんは手を叩き、小さく飛んだように見えた。
「万葉ちゃんが……僕を助けてくれたの?」
「うん。雄斗君ったら、アパートの前で大の字になって倒れているんだから」
「ごめん。ありがとう」
ちなみに雄斗というのは僕の名前だ。
不動雄斗――久しぶりにその名前を呼ばれて、懐かしさが込み上げてくる。
「というか、気絶している僕に対して万葉ちゃん何をしようとしていたの?」
「熱があるかな、って思って」
「風邪じゃないんだから、その考えは可笑しいよね!」
「ん? そういえばそうだね。いっけない。私ったらまた間違っちゃった」
小さく舌を出して、自分の頭を叩く万葉ちゃん。
そんな万葉ちゃんを見て、疑問が湧いてくる。
「助けてくれたのは嬉しいんだけど……どうして万葉ちゃんが僕を? たまたま通りかかったの?」
「通りかかったの? って」
万葉ちゃんはクスクスと笑いながら、
「私、ここのアパートの大家じゃない」
「What? 万葉ちゃん、今当たり前のように衝撃的なことを言ったように思えたけど、もう一度言ってくれるかな」
「だーかーらー! ファミーユコノエ。ここ私のアパートだから!」
頬を膨らませて、大きな声を出した。
チクタク……「ここ私のアパートだから」の言葉の意味を処理するのに、十数秒の時間を必要とした。
やがてその意味を理解した僕の脳味噌は声帯を震わせて、
「えー! 万葉ちゃんが、このアパートの大家さん! いいいい一体、どういうことっ!」
「どういうことって、言われても……そのままの意味なんだけど。あれ、もしかして知らなかった?」
万葉ちゃんは人差し指を口元に付けて、首を傾げた。
ファミーユコノエ確かに『コノエ』という名前が付けられている。
しかしコノエなんていう名前は珍しくなく、そもそもただのアパートの名前であることから、全く気がつかなかった。
そりゃそうだろ? 普通、マンションって名前で決めるものじゃないだろ。名前より部屋とか外観とかで決めるものだろ? だから意識がそっちの方向に向いていなかったのだ。
混乱して固まっている僕だけど、万葉ちゃんは正反対に立ち上がり、
「そうだ! お腹減ったよね? もうお昼時だし。ご飯作ってあげるよ」
と言い、台所の方へと消えていくのであった。




