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27・エロ本

 目まぐるしく動いていく数値。

 何度も言うけど、三月中の不動産シーズンは一般的には最も物件の動く時期。


 こうしている間にも浮口市の空き部屋がまた一つ埋まり、また一つ空いていく。

 新規物件がどんどんとネットにアップされ。

 空いていた部屋が埋まっていく。


 消滅寸前の浮口市がまるで最後の力を振り絞るかのように動いていく。

 僕はその情報に必死にしがみつき、振り下ろされないようにしていた。

 店内の椅子に座り、パソコンの画面を食い入るように見つめている。

 こうしてネットの情報を見ているだけでも、物件の動きを感じ取ることが出来る。


 ファミーユコノエに――もしくは違う物件にお問い合わせメールが来ていた場合、至急に返信しなければならない。

 この場合、大体のお客さんは複数の不動産屋にメールを送っているためである。


 ここでお客さんに選んでもらうポイントは多数あるけど、一つにスピードがある。

 なのでメールを見たら出来るだけ早く、丁寧なメールを返すように心がけている。


「カッカカ。流石三月だな。繁盛繁盛。久しぶりにこんな働くぜ」


 店内の奥の席に座っている叔母さん。

 椅子に片足を乗り上げて、タバコを吸いながらパソコンのキーボードを叩いている。


 契約書や重要事項説明書。

 さらには僕でさばききれないお客さんに対応しているのだ。

 僕はファミーユコノエに入居してくれるであろう、ワンルームマンションを探しているお客さんだけを追いかけている。


 だけど久しぶりに不動産の仕事にやる気を出した叔母さんは、他にも新婚さん向け。ファミリー向け。さらには店舗を探しているお客さんも追いかけ、同時並行で契約書も作成しているのである。

 僕は極一部だけのお客さんを相手にしているのに、今にも倒れそう。

 だけど叔母さんは愉快に笑いながら、飄々と信じられない程の量の仕事をこなしている。


 いつも飲んだくれの叔母さんだけど、そこは凄いと思った。

 実際、叔母さんがいなければ(契約書作成のこともあるけど)、ファミーユコノエに二人もお客さんを入れることが出来なかっただろう。

 地場の不動産屋とはいえ、他の地域からやって来るお客さんにとっては知名度の圧倒的な少なさ。

 その短所を補う叔母さんの超人っぷり。


 言葉には出さないけど――感謝していた。


 こうしている間にもワンルームを探しているお客さんのメールが来る。

 ファミーユコノエだけを案内したかった。

 他の物件で決めたとしても意味がない。

 だけどそんなお客さんに『ファミーユコノエだけしかないんです』と言えるわけもない。

 ネットでワンルームマンションが溢れかえっていることが確認出来る。嘘はつけない。

 なのでファミーユコノエに類似するような物件の調査・下見もしなければならない。

 ファミーユコノエで決めるためにも――つまり他の物件を『潰す』、つまりお客さんの意識から外れさせるためにも、僕は浮口市にある物件を知らなければならなかった。


 寝不足であった。

 こうしている間にも自然と瞼が重くなっていく……。


 万葉ちゃんの顔を思い出し首をブンブンと振って覚醒する。

 だけど僕の接客した、案内したお客さんで決まらない。

 そうしたことが続き、だんだんと気分が落ち込んでいく。


 だけど――幸運にもまた他の不動産屋の人がファミーユコノエにお客さんを連れてきてくれた。

 その人も一発でファミーユコノエにお客さんを入れることに成功。


 つまり三人目のお客さんが決まり――六戸中五戸が埋まったということ。

 これで残り一戸となったファミーユコノエ。

 そうこのままだ。僕が決めなくてもいい。誰の力でもファミーユコノエにお客さんを入れてくれればいいのだ。

 自分にそう言い聞かせる。


 気付いたらパソコンの画面には『rrrrrrr』という文字が無限に連なっている。

 どうやら寝ていて、手にキーボードが当たったままだったらしい。


 疲れているな――。

 僕はフラフラになりながらノートパソコンを閉じ店を出た。


  ◆


 心配事が多すぎて脳が破裂してしまいそうだった。

 不安で胸が張り裂けそうだった。


 市内を歩くだけでこれでもか、というぐらいに賃貸物件が目に付く。

 その一つ一つに『賃貸募集中』の看板が付けられていたり。

 ポストに大量の郵便物が差し込まれいたり、と様々な顔を見せていた。

 普段気にならない雑音のような風景であったけど、今の僕は自然とそれを目で追いかけてしまっている。


 あっ、このマンションは何部屋空いている。

 看板に書かれている業者が変わっている。大家さんが抜かれたのか。

 こうして何気なく建てられているマンションにも膨大な情報が込められている。

 市内を歩いているだけで、嫌でもその情報が入ってくるようであった。


 頭痛。

 頭が痛い……寝不足でろくに思考を働かせない。

 突き当たりの角を曲がり、辿り着いたのは――ファミーユコノエである。


「おかえりなさい」


 ――ファミーユコノエの二〇三号室。

 その扉の前に万葉ちゃんが立っていた。


「ただいま。って何しているの?」

「雄斗君。そろそろ帰ってくるかな、って思って」


 待っていてくれていたのか――。


 正確な時刻なんて伝えていないのに。

 万葉ちゃんを見ているだけで心が癒される。

 拘束されて自由に動けない思考が紐解かれ、思わず笑みを浮かべてしまう。


「ありがとう。でも待っておく必要なんてないんだよ?」

「うんうん。雄斗君頑張ってるのに……私何にも出来ていないから」


 万葉ちゃんがいるからこそ頑張れる。

 万葉ちゃんがいなければ、容量超えの情報を詰め込んだ僕の精神は崩壊してしまうだろう。


 罪悪感を感じているような万葉ちゃんの表情。

 せめて彼女の前だけでは疲れた顔は出来ないから。

 意識的に笑みを作り、腕を何度か挙げてみせて、


「大丈夫大丈夫。僕はまだまだ元気だから。心配しないで」

「本当に? 芝刈りをして筋肉痛になってない?」

「僕は昔話に出てくるおじいさんかな」

「そうそう。今日、大きい桃を見つけてね」

「そして君はおばあさんかな」

「焼桃を作ろうと思うんだけど」

「火葬はしちゃダメだ!」


 生まれちゃいないのに、葬式ってどうなんだ?

 僕がツッコミを入れると万葉ちゃんがクスクスと笑う。

 万葉ちゃんの冗談だ。

 こういう何気ない会話でも疲労している僕には一種の清涼剤となった。


「雄斗君と喋っていたら何だか楽しい」

「それは僕も同じだよ。万葉ちゃん」

「さあさあ。今日の晩ご飯は吉備団子だから上がってよ」

「桃を拾ったのは冗談じゃなかったのか!」


 そんなことを喋っていると、二階で扉が開く音が聞こえた。

 住人が出てきたのだろう。

 まあ気にする必要もないので、そちらに意識を向けず万葉ちゃんと喋る。


「ねえねえ万葉ちゃん。料理を作ってくれるのも良いけど出来れば外食したいな、って」

「ダメです! 無駄遣いはしちゃいけません。家計が厳しいんだからね」

「お嫁さんみたいなこと言うんだね。万葉ちゃん、良いお嫁さんになれそうだ」

「お嫁さんなんて……もう! 雄斗君ってば調子に乗っていることばかり言うんだから!」

「調子の良いことを言う――じゃないのかな? 調子には乗ってないつもりだけど」

「だけどもしお嫁さんになるとしても、雄斗君と一緒になりたいな」

「えっ? それってどういう――」「だからそのエロ本はもう流通していない! これからの時代は熟女だ。君の構想するロリ全盛期復権運動はもう古いのだ」


 万葉ちゃんと見つめ合い、何だか良い雰囲気になる。

 夕焼けの光が丁度、万葉ちゃんを照らしている。


「どういう意味って――そのままの意味だよ」

「万葉ちゃん……僕も君と」「ふむ。やっとあのエロ本が手に入ったのかね。すぐに行く。しばし待たれよ。うわっ!」


 短い悲鳴の後にバサバサと本が落下してきたかのような音。

 そして僕の頭に何か軽いものが乗っかかってきた。

 僕はそれを手に取り、上から落下してきたものを見る。


『アパートの大家と禁断の関係! 蜜がたっぷり入った女の味を貪る……!』


 それを見て堪忍袋の緒が切れる音。


「おい国別府! 無視しようと思ったけど、もう我慢の限界だ! さっさと降りてきやがれ!」

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