25・二タ月二子
「そりゃあ他の不動産屋だって自分達の『物件』を決めたいさ。両手で手数料が貰えるしね。でも自分達の『物件』で決めることが出来なかったら――他の不動産屋の『物件』で決めて、片手でも手数料を貰おうとするだろ?」
「両手? 片手? 両手でお金貰った方が嬉しいの?」
ああ、その辺りも万葉ちゃんに説明していなかった。
まず手数料とは仲介手数料のことであり、これは二つの方向性を持つ。
一つ目はお客さんが『物件を探してくれてありがとう』という意味合いで不動産屋に渡す手数料。
二つ目は大家さんから『お客さんを見つけてくれてありがとう』と渡す手数料のことである。
さらに仲介手数料は宅建業法でお客さんから半月分の家賃、大家さんからも半月、と決められている(ただしお客さんや大家さんが了承した場合はこの配分を変えることが出来る)。
「つまり両手っていうのはお客さんからも、大家さんからも仲介手数料を貰うっていうわけ。こうすれば家賃一ヶ月分の手数料を貰えるよね?
一方、片手っていうのはお客さんから。もしくは大家さんの片方から仲介手数料を貰えないわけ。
他の不動産屋がファミーユコノエにお客さんを入れてくれた場合。その不動産屋はお客さんから仲介手数料を貰っているわけ。そして大家さん――つまり万葉ちゃんから貰っていない。これが不動産屋の儲けのカラクリ」
「ほぇー」
始めて知ったのか口を半開きにして関心している万葉ちゃん。
だけどすぐに気がついたのか前のめりになって、
「って! じゃあ私、雄斗君に仲介手数料渡さないとダメじゃん! ……私、何もあげてないし」
「それは良いよ。僕が好きでやってることだし」
勿論、浮口市の消滅のことや、万葉ちゃんの笑顔を守りたいっていう真の意味は隠しておく。
ちなみにお客さんからの半月分の仲介手数料は叔母さんに渡している。
叔母さんに契約書や重要事項説明書を作ってもらっているため、そのお礼としてである。
「そんなのダメだよ。えーっと千円くらいで良いかな?」
「小学生のお小遣いかな?」
「冗談だってば! 半月分が二人だから……六万円くらいかな?」
バッグから財布を取り出す万葉ちゃん。
「だから良いって! もし気になるなら、満室になったら何か奢ってよ」
「んー……じゃあ分かりました。満室になった時には一年間、雄斗君の専属コックになります」
「それはお断りしておくよ」
んー、何でー。と万葉ちゃんが頬を膨らませた。
決まっている。命が一年で三百六十四個配給されてもギリギリ足りないからだ。
「そういえば二タ月さんって、明日に引っ越してくるんだよね?」
「だね」
「なら一緒に挨拶に行こうよ。私一人だけじゃ怖くて……」
「うん。それくらいなら良いよ」
それにお隣さんとして挨拶しておくのも可笑しくないだろう。
それで女子大生に惚れられて、「付き合ってください」と言われるのも致し方ない。ないか。
「何か――ありがとう」
「何が?」
「万葉ちゃんと喋っていたら何か元気になるよ。ありがとう」
そう言うと、万葉ちゃんが首を傾けて笑った。
優しいタッチで描かれた絵画のようで。
ポカポカと心が癒された。
「まあ……他の不動産屋が決めてくれるなら、それはそれで良いか」
両手を絨毯に付けて、楽観的にそう考えた。
だけど――この時の僕は甘く考えすぎていたんだ。
自分でお客さんを引っ張って来れない弱味。
そして不動産シーズンが半分過ぎようとしていることを。
この時の僕はすっかり忘れていた。
◆
隣に万葉ちゃんが並んでドアをトントンとノックした。
「…………」
二〇二号室――二タ月さんの部屋だ。
ノックをすると無表情・無口で二タ月さん――だろう女性がドアを開けた。
二タ月さんは女子大生というけど――第一印象は幼い、と言ったところだった。
とても大学生には見えない。
小柄な体格や童顔は小学生のようで、髪をツインテールに結んでいるところが幼さを加速させた。
「えーっと……二タ月さん。ですよね?」
コクリ。
二タ月さんは一言も発さずに肯いた。
温和しそうな子だな――と思った。人見知りかもしれない。
それは万葉ちゃんも感じ取ったのだろう。
万葉ちゃんはニコリと微笑んだ。万葉ちゃんの笑顔は、見ている者に自然と実家にいるような安心感を与える。例えが庶民派だな。
「ファミーユコノエの大家の近衛万葉です。ご入居ありがとうございます。そこで一言ご挨拶と思って来させていただきまして……」
礼儀正しい台詞を流暢に吐く。
まあ……忘れていたけど、万葉ちゃんは両親を亡くし一人で生きていかなければならない立場だ。
さらに一人の大家さんとして、大人の世界を渡り歩く経験もあったのだろう。
そんな万葉ちゃんの笑顔に惹かれたのだろうか。
二タ月さんは半身になって、
「少し散らかっておるが、部屋に入るがいい。結界は解いておくからのう」
とちょっと古風な言葉で僕達を歓迎……してくれてるんだよな?
女子大生の部屋に上がるのは少し抵抗はあったけど。
折角、二タ月さんがそう言ってくれるなら言葉に甘えよう。
僕と万葉ちゃんは玄関で靴を脱ぎ部屋へと入る。
そして廊下と八畳の部屋を区切るドアを開けると――。
「へっ?」
思わず口から間抜けな声が溢れてしまう。
左右の反転はあるけど、二〇二号室は僕の二〇三号室と間取りはさほど変わらない。
だけど一歩部屋に入り込んだ瞬間、違う部屋に瞬間移動してしまったかのような感覚に襲われた。
「二タ月さん……これは一体……」
床に敷いてある大きな模造紙――そこには幾何学的な模様が描かれている。
さらに窓には黒のカーテンがかかっており、昼だというのに電気を点けている。
置いてあるモノもアルコールランプや試験管。さらには人体模型まであり、まるで学校の理科室のようであった。
僕は虚空を指差しながら、恐る恐る後方の二タ月さんへと振り返った。
「ククク――」
すると二タ月さんは俯いて短く笑っていたのだ。
そして左目を手で塞いでバッと顔を上げる。
隠れていない方の右目はカラーコンタクトをしているのか緑色に光っていた。
「我が巣窟へようこそ。ここは魔女フェリシア・ニコ・インリングワースの実験室である。貴様等もワシの研究室を見てしまったということはまともな生活をこれから送れまい。さあ――我と共に世界を破滅へと誘う交響曲を奏でよう」
「…………」「…………」




