24・業者回りの効果
業者回りの成果も少しずつ出てきた。
「ほら、よ。これが申込書だ」
タバコを咥えながら、やる気がなさそうに一枚の紙を差し出す叔母さん。
僕は店内で周辺のマンションの賃料事情を調べていたところだった。
前回にも言った通り、僕はファミーユコノエの専任契約を結んでいる(口頭だけど)。
そのため、他の不動産屋がファミーユコノエを案内したい時、全て僕を通さなければならない。
といっても自社の物件でもないボロアパートに力を入れてくれるか、と言われると答えはノーである。
なので今月から足を棒にして、浮口市の不動産屋を回ってきた。
見栄えのする資料を不動産屋に渡して『お願い』をしてきた。
シーズンということもあり、どこの不動産屋も忙しそうであった。
なので「そこのテーブルに置いといて」と適当に対応されたこともある。
だが、業者回りをして一週間を経過して。
やっとその成果が少しずつ出てきたのである。
その証拠が叔母さんから手渡された他社からの申込書である。
前に他の不動産屋がファミーユコノエを案内してくれている、ということは叔母さんを通して聞いていた。
なのでその時間に空き部屋の鍵を開けておいた。
だけど僕や万葉ちゃんは案内に立ち会わない。
その理由はファミーユコノエを案内してくれている他の不動産屋も、僕達にお客さんを『抜かれる』ことを心配しているのだ。
『抜かれる』とは簡単に言うと、お客さんを取られてしまうことである。
だから他の不動産屋が案内してくれている時は極力お客さんと接触しないことがマナー。
だけど――どんなお客さんか分からないのに入居させる?
それは大家さんにとって不親切であろう。
「これで二人目だな。やるじゃないか。素直に褒めてやろう」
「褒めてやろうって言いながら、何で叩くの!」
「うっさい。何か順風満帆で腹が立つのだ。最近は精力的に活動しているテレビタレントのブログを炎上させることに楽しみを見出している」
「嫌な女だね」
「しかし私は連絡の取り次ぎしかしていないのに、もう二人目も決まるとは凄いな」
「ありがとう」
「ふう。これはカップ酒の一つや二つくらいおごらないといけないな」
「いらないよ!」
叔母さんが吸い終わったタバコを床に捨て、靴で火を消した。
この人何てことをするんだ……しかも間髪入れずに二本目吸い出すし。
――話を戻そう。
他の不動産屋が案内した時、入居してくれるお客さんをどうやって知るのか。
まあここは色々と違ってくるけど――入居希望者に面接をしたり、顔写真や源泉徴収を要求してくる不動産屋や大家さんもいる。
だけどおそらく一般的で、最初に知るであろう方法がこの申込書である。
これは『こういう人がファミーユコノエに入りたいと言っていますよ』という意志が書かれた紙だと思ってもらっていい。
これを見れば名前や現住所、職業が書かれており大体はイメージ出来る。
僕は叔母さんを追い払って、その申込書に目を通した。
「二タ月二子……さんか。しかも女子大生か」
女子大生――という魅惑の響き。
高校生僕にとっては、大人に見える年頃。
しかもこれは二階の端。二〇二号室。
つまり僕の隣に住みたい、と言っているのである。
隣人同士、その女子大生と仲良くなるかもしれない。
二タ月さんと楽しく喋っている光景を想像する――。
『鼻を伸ばしちゃいけません!』
うわっ!
妄想上に万葉ちゃんが現れて、僕を叱責してきた。
ハハハ。万葉ちゃん、そんなこと言いそうだな。世話焼きっぽいし。
「どちらにせよ楽しみだな……」
なんてこの時の僕は呑気に思っていたりした。
◆
「はあ……今日も決まらなかったね」
万葉ちゃんの部屋で、胡座をかいて座りながら溜息を吐く。
二人目となる二タ月二子さんの契約が終わり、無事に四戸目の部屋を埋めることが出来た。
一方、僕の方はなかなか決めることが出来ずにいた。
八重樫さんを案内してから、今日で四人目のお客さんを案内した。
だけど「もう少し考えてみます……」と次の物件に移動してしまった。
決断を保留にするお客さんは決まらない――叔母さんから教わったことだ。
肩を項垂れている僕の前に、トンと万葉ちゃんが熱いお茶を置いた。
「雄斗君落ち込まないでよ。お客さんは決まっているんだから、もう少しアゲアゲ思考にならないと」
「ポジティブ思考の間違いじゃないのかな?」
「それにしても凄いね。今まで案内なんてほとんど来たことがなかったのに。雄斗君が来てからもう何人もファミーユコノエを見てくれている」
「不動産シーズンだからね。これくらいは当たり前だよ」
そうなのだ。
実際、ネットからの反響も多く、お客さんが来てくれることが救いだった。
だけど当日、部屋を見た上で決まらないというのは……部屋自体が悪いのか。それとも僕の接客が悪いのか。
熱いお茶を飲むと、ホッと温かい気持ちになる。
落ち込み冷却していた心に春風が吹くかのよう。
「それに二タ月さん、っていう子が入ってくれるんだよね。どんな人かな。楽しみだな」
僕と万葉ちゃんは二タ月さんのことを書面上でしか知らない。
万葉ちゃんは目を輝かせて手をパンと叩いた。
僕がする案内ではお客さんは決まらないけど、他の業者がお客さんを引っ張てくれている。
これが物件を持っていることの強みであった。
例え自分のお店にお客さんが来ず――もしくはスランプに陥ったとして。
困った状況でも他のお店の人がお客さんを連れてきてくれるのである。
さらにウチのような地場の不動産屋はお客さんからの認知度もなく、来店が少ない。
そこでTVCMをバンバンと流し。
知名度が高い不動産屋の人が味方になってくれることは心強かった。
なのでこれは狙い通りといえばその通りなんだけど。
このようにお客さんの来店が多い不動産屋のことを、僕等の業界では『客付け業者』とも呼んだりする。
「ちょっと疑問なんだけど……どうして、他の不動産屋は私のアパートを案内してくれるんだろ?」
万葉ちゃんも対面に正座し、瞳にハテナマークを浮かべる。
「ん? どういうこと?」
「だって変じゃない。その他の不動産屋も自分達の『物件』っていうのを持っているんでしょ?」
「まあ多かれ少なかれ、持っているだろうね」
ここで言う『自分達の物件』とは大家さんと直接話すことが出来る、という意味である。
「ならその自分達の『物件』を決める方が得なんじゃないの?」




