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22・初めての案内

 そんな八重樫さんを見かねてか、優しく万葉ちゃんが話しかける。


「もう少し肩の力をリラックスしてくださいね。私はこのアパートの一〇三号室に住んでいますから――もし、このアパートに八重樫さんが住むことになったら、家族のような付き合いをするのですから」

「家族のような、ですか」

「はい。ダメですか」

「いえ――それはとても心強いです。初めての一人暮らしですから」


 初めて笑顔が溢れる八重樫さん。

 二人の和やかなムードに割って入ってすまないけれど、今度は僕から八重樫さんに質問をする。


「八重樫さん。十五歳っていう若さだけど、どうして一人暮らしを? 学校が近くにあるんですか?」

「いえ……学校は通信制なので、ほとんど関係ないのですが……実は私、歌手をしていまして」

「歌手? グラビアアイドルって聴いていたけど」

「グラビアアイドルじゃ断じてありません!」


 ビクッ。

 急に怒ったような、大きな声を出されてビックリして体が震えてしまう。

 すると八重樫さんは、ダメなことをしたと思ったのか慌てて、


「あわわ……すみません。大きな声を出して」

「いやいや……叔母さん……じゃないか。不動不動産の社長にはグラビアアイドルっていう風に聴いていたけど、情報に誤りがあったのかな」

「いえ、確かにグラビアアイドルとして、何回か雑誌には掲載されたので、強ち間違いというわけではありませんが」


 どんな雑誌に掲載されたのか、と尋ねたらコンビニでも普通に置いてあるかなり有名なマンガ雑誌だった。


「凄いじゃないか」

「凄くないですよ……私は水着を着るの嫌だ、って言っているんですけどね。事務所のマネージャーが五月蠅くて、『これも歌手のステップだから』って言ってて、もうこんな仕事したくないんですけど、歌手としての仕事は全然なくて逆にグラビアアイドルの仕事ばっか入って……しかも着させられる水着はどんどん小さくなってきて……はあ」


 溜息を吐く八重樫さん。


 ……何だろう。彼女にも色々と悩みがあるようだった。

 確かに自然と目がいく胸の膨らみ。抜群のスタイルである。

 この体を見てしまったら、事務所の方もグラビアアイドルとして売り出したい気持ちも分かる気がした。


「じゃあ……グラビ」


 キッと刺すような八重樫さんの視線。


「じゃなくて歌手の仕事の関係上、一人暮らしに?」

「そうです。今まで事務所まで十時間はかかる山中に住んでいましたからね。流石にそれでは仕事では不便ですから」


 十時間って、嘘だよね? 島にでも住んでたのかな。


「そうなんだ……十五歳で夢を追いかけている、って何だかカッコ良いね」

「そ、そうですか? ありがとうございます!」


 高速で頭を何度も下げる八重樫さん。

 何だかこの子を前にしていると、自分が面接官になったみたい。


「じゃあ八重樫さん。早速、部屋を見ていきましょうか。時間は大丈夫。空いている部屋、一応全部見ていく? 間取りは一緒だけど」

「はい! よろしくお願いします!」


 そんな感じで、ファミーユコノエ一発目の案内が始まったのであった。


  ■


「気に入りました! ここに決めます!」


 何と案内を始めて五分。

 八重樫さんを瞳をキラキラとさせて、僕にそう言ってきたのである。


「へ?」


 思わず間抜けな声を出してしまう。

 彼女を案内したのは万葉ちゃんの隣、つまり一〇二号室の部屋。

 八重樫さんは入るなり、「おお! 写真で見ていたより凄くキレイです」とウサギのようにぴょんぴょん飛び跳ねながら、部屋の隅々まで見出した。


 ここで僕が喋ったことはほとんどない。

 というより喋らなくても、八重樫さんがクローゼットを開けて「収納スペースが広い! ここなら衣装もたくさん入りそうだ」と言ったり、ベランダに出て「うーん! 気持ちいい風だ。ここでなら気持ちいい朝を迎えられそうですね!」と自分で納得していた。

 そしてふむふむ、と顎に手を置いて頻りに肯き、僕の方を振り返って――気に入りました――と言ったのである。


「え? 八重樫さん。本当にここで良いの? いや、ここに決めてくれるのは嬉しいけど、ちょっと決断が早すぎない」

「もう最初からほとんどここに決めていました! インターネットで写真を見て、大体中は分かっていたので」


 確かに――ネットには部屋のほとんどの写真を包み隠さず載せてある。

 なので八重樫さんはあくまで最終確認のため、ここにやって来た。

 そういうことなのか――。


「で、でも本当に良いの? 八重樫さん。他の物件とか見なくていいの?」


 多分、今の僕は不動産屋としてあまり良くないことを言っているのだと思う。

 だけどあまりにも八重樫さんが超高速で部屋を決めたために……何というか、僕の心の準備が出来ていないというか。

 そんな心配は無意味なのか、八重樫さんはホッペを赤くして振り返り、


「良いんです――それに大家さんも親切そうですから」


 と万葉ちゃんの方を見て言った。

 玄関のところで、ただ突っ立っていただけの万葉ちゃんが「え、私?」と自分を指差す。


「私……大人気の歌手になることが夢なんです。だけど入ってくる仕事はグラビアばかりで……多分、それは私の家が仕事場から遠いからだと思うんですよね」


 いや多分違う。原因はそのおっぱいだ。


「だから意を決して実家を飛び出し、一人暮らしをしよう、と……それで家賃の低いところをネットで一生懸命探してました」


 その時に見つけたのがファミーユコノエなんです。

 胸のところに手を置いて、八重樫さんがそう言った。


「だけどだけど……やっぱり一人暮らしは不安で……でも、大家さんが隣に住んでくれていることで心強いですし。それに家族のような付き合いをしてくれる、と聞いてほとんど決めていました。ここに決めよう、って」


 夢を追いかけて浮口市にやってきた少女。

 だけど初めての一人暮らし。勝手も分からず、不安なことで一杯だっただろう。

 そんな時、隣に大家さん――万葉ちゃんのような優しい女性がいてくれるだけで、どれだけ心強いだろうか。

 最初は肩肘を張っていた八重樫さんではあったけど、今は少し緊張も取れているように見えた。


 それは万葉ちゃんの力だと思う。

 彼女は人をリラックスさせる力があるから。

 僕も彼女のその力に何度となく助けられてきた。


 今日――案内が始まる前だって。


「だからここに決めます。いや――ここに住まわせてください。えーっと」

「僕は不動雄斗。一応、不動産屋で大家さんのお手伝いをさせてもらってます」

「私は近衛万葉です。八重樫さん……いや、凪ちゃん。これからよろしくね」


 二人して手を差し出す。

 戸惑ったような様子を見せた八重樫さんだったけど、やがてその手を交互に握ってくれて、


「よろしくお願いします。不動さん、近衛さん」


 と女の子らしい笑みを向けて、言ってくれるのであった。

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