19・給湯器
「ごめんなさい。急に裸になるものだから……」
「いやいや! その言い方だったら、僕ただの露出狂だよね」
「それにしても、雄斗君で良かった。もし入居者さんが入ってから気付いたら大変だもんね」
「うん。まあそれは言えてるかもしれないけど」
「雄斗君のほっぺで良かった」
「僕じゃなくても、君はビンタをかますつもりなのか?」
虫歯のようにジンジンと痛む頬を押さえながら。
とにかく万葉ちゃんの部屋へ避難。
勿論、今は服を着ていてテーブルの前で胡座をかいている。
「給湯器の故障か……まあすぐに直せるもんじゃないから、万葉ちゃんの言った通り被害が被ったのがある意味僕で良かったね」
「給湯器はそろそろ寿命だとは気付いていたんだけど」
「あ、分かっていたんだ。まあ仕方ないよね。お金も安くはないんだし、気付いていてもギリギリまで使おうと――」
「給湯器の上のところに、寿命が見えていたんだけど」
「やっぱり死神と取引したのっ?」
なら万葉ちゃんの寿命は半分に縮んだことになるな。
ツッコミを入れながら、そんなことを考える。
――シャワーから水しか出なくなったのは、どうやら給湯器の故障だったらしい。
詳しく話をすると長くなるから省略するけど、賃貸物件の場合給湯器が寿命で故障してしまった場合は、基本的に大家さんが負担して直さなければならないことになっている。
本来、ギリギリで生活している万葉ちゃんに全部屋の給湯器を直す余裕はないと思うけど――背に腹は代えてられない。
今の内に給湯器を新しいものに交換しなければならないな。
のほほんとしたムード。
熱いお茶を飲みながら、そんなことを万葉ちゃんと話していた。
「そうだ」
何かを思いついたのか、掌のグーした拳を落として、
「まだ雄斗君、ご飯まだだよね! 今日はカレーなんだ」
「カレー多くない? インド人かな」
「もう、雄斗君ったら。私はいきなり踊り出したりしないですよー、だ」
「それはインド映画の中だけだね」
唇を尖らして、反論する万葉ちゃん。
「前のが残っているんだ。良かったら、雄斗君。カレー食べない?」
「いや……お、お腹減ってないんだ! それに僕、医者からカレーを止められているし」
またあの『闇』を目の前に生命の危機に脅かされたくはない。
必死に顔の前で手を振って、断固として拒否する。
「んー、そうなんだ。だから前もお米ばっかり食べていたんだ」
「だからごめん……カレーは遠慮しておくよ」
「じゃあ、特製のクッキーを――」
「クッキーも親からの遺言で『連帯保証人とクッキーを食べる人にだけはなるな』って言われているんだ! ごめんね」
手を合わせて、土下座をする勢いで断る。
本来なら女の子の手作りのクッキーなんて、土下座をしてでも食べたいものだけど――至高の料理オンチ。万葉ちゃんのクッキーなら別である。別腹というものである。違うか。
「ふーん、そうなんだ……残念」
しょんぼりと肩をうなだれる万葉ちゃん。
少しの罪悪感。仕方ないよね。女の手作り料理を不味くても「旨い」って言ってやるのが男だとしても、死人に口なし。死んでしまってからじゃあ、遅いよね。
「じゃあ僕はそろそろ帰らせてもらおうかな!」
また新たな手作り料理を勧められても困る。
腰を浮かせて、自分の部屋に帰ろうとすると、
「待って! 雄斗君、結局お風呂に入ってないんだよね?」
「うん? そうだけど、一日くらい入らなくてもどうってことないよ」
「ダメ! 今日、雄斗君動き回ったでしょ。汗もかいている。シズカちゃん並にお風呂に入らないといけないよ」
「それは入りすぎじゃないの?」
まあ万葉ちゃんの言う通り、汗をかいて少し気持ち悪かったところもある。
頭からお湯を流してさっぱりしたいし、明日も業者回りの続きをやるつもりだ。清潔感も必要だろう。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「うん。そうしなよ。私も丁度、お風呂入ろうとしていたからお湯は沸いているしさ」
じゃあ早速、入らせてもらおうかな。
爪先を浴室に向けた時――万葉ちゃんを見て気付く。
濡れていない髪。
丁度入ろうとしていた、という言葉。
「……もしかして、万葉ちゃんこそまだ入ってないんじゃない?」
「そうだけど……それが何か?」
「じゃあ万葉ちゃんから先に入りなよ。僕は待っているからさ」
「え? 別に私は待っているけど」
「良いよ良いよ! 何か、貸してもらう立場なのに、先にお風呂に入るってのも気が滅入るしさ。一番風呂に入りなよ」
万葉ちゃんの背中を押しながら、そう言ってあげる。
すると万葉ちゃんは少し迷った素振りを見せて、「……まあ雄斗君なら良いか」と呟いた。
その言葉の意味はよく分からなかった。
「じゃあ、入らせてもらうよ。途中でどうしても入りたくなったら言ってね」
「はあ? ちなみに何て言えばいいの?」
「『絶対に押すなよ!』って」
「浴槽に突き落とす気だよね。それに、女の子が入っているのに途中でなんか入らないよ」
それこそ本物の変質者になってしまう。




