18・裸
「ふん、帰ったか……」
不動雄斗と近衛万葉はさっき帰った。
不動夜千花――不動不動産屋の社長である彼女は、椅子に座り煙草に火を付けた。
灰皿に灰を落としながら、甥である雄斗のことを思い返す。
(いきなり何を言い出すかと思ったら――ファミーユコノエを満室にしたい、か。ククク、一体何を思ったんだか)
煙を天井に向けて吐いて夜千花は思う。
甥の決心をサポートしてあげたい――と思うより、『浮口市を守る会』の会長としての地位を守るため。
夜千花は雄斗に営業許可を出した。
ファミーユコノエのようなボロアパートを満室にする――そのような実績を作れば少なくても、「不動不動産は一生懸命営業している」という目眩ましになるだろう。
飲んだくれの夜千花であるが、そのような人心掌握に関しての計算は、常に脳で働かせているのだ。
(正直、あのボロアパートを満室にさせることは難しい)
何よりワンルームマンションは飽和状態にあり、その競争に打ち勝つことは新築のような一種のブランドがない限り難しいのである。
しかし――それでも、ワンチャンスあるかもしれない、と夜千花が考えることは、
(雄斗は十年前。私はまだ真面目に不動産屋をしていた頃。丁度、良かったから雑用をさせていたヤツだ。不動産の知識、嗅覚はある程度体に染みついている)
その証拠がただ街を歩いていただけで、賃貸物件に目がいき、マンションの外観だけで間取りを推理したことである。
このような不動産の感覚は大事なことである。
雄斗は感覚で、『このマンションは浮口市の中でどのような意味を持つのか。近くに同じようなアパートは何棟あるのか』ということを把握するのである。
これは一朝一夕では身に付かない感覚だ。
(まあどうなるか――見守ってやろうか)
灰皿に煙草を押しつけ火を消す。
辺りはすっかり暗くなっていた。電車が通るガタンゴトンといううるさい音、往来する人々の話し声。それら全てが浮口市の風景の一部であった。
中の電気を消している店内で、夜千花は机に額を付けて目を閉じた。
もし出来れば――雄斗の願いが叶いますように。
言葉には出さず、不動雄斗の叔母である夜千花は、ガラにもないことを星に向かって願うのであった。
◆
アパートの自分の部屋に戻ったのは夜の八時を回ったところだった。
――ああ、疲れた――。
背負っていたリュックサックを放り投げて、ベッドの上で大の字になる。
あれから物件ペーパーを何枚も持って、所謂『業者回り』をしていたのだ。
もう一つの策――それは他の不動産屋を味方に付けることであった。
万葉ちゃんに説明した通り、あくまで専任契約というものは窓口役であって、僕以外でもファミーユコノエをお客さんに紹介することが出来るのだ。
なので僕の方から、浮口市の不動産屋に「ファミーユコノエに、これだけ空き部屋があります。もしお客さんがいたら紹介お願いします」と物件資料を配りながら回るのだ。
足が棒のようになっている――始めは僕が若かったこともあり、怪訝そうな目付きで見られたけど、一応は「頑張ります!」との返事を頂けた。
後はお客さんがやって来るのを待つだけ、だけど……。
「まあ、気にしていても仕方ないや」
シャワーを浴びて一日の疲れを取ろう。
重い体を起こして、お風呂場へと移動する。
そして真っ裸の状態となって、蛇口をひねる。
シャワーのホースから、恵みのお湯が僕の体を温かく出迎え――。
「って、ぎゃあー! つ、冷たっ!」
心臓が一瞬止まったような感触。
冷たい水が皮膚にあたると同時に、仰け反ってしまう体。
すぐにお湯を止めようと手を伸ばす。
だけど下に落としたホースが、まるで大蛇のように暴れ回り、冷たい水をお風呂場中に撒き散らしていた。
「冷たい! な、何で!」
叫ぶ。
ダメだ……とてもじゃないけど、お湯を止められる気がしない。
ならばここは逃げの一手だ。
未だ暴れ回っているホースをそのままに、僕は産まれた時の姿のままで、お風呂場から脱出した。
「はあはあ……何でシャワーから水が」
閉められた扉に、シャワーの水が当たっている音が聞こえる。
僕にはそれがまるで、獲物を求めて暴れる悪魔のようにも思えた。
混乱する頭――疲れてぼーっとしていた頭も一気に鮮明なものとなる。
お風呂場の扉の前で、肩を上下させていると、
「大丈夫っ? 雄斗君! 何か叫び声が聞こえたけど」
ミスは二つあった。
一つはすぐに着替えなかったこと。どういうことだ、と考える前にまずは即効で体を拭いて服を着れば良かったんだ。
もう一つは――玄関の鍵を締めていなかったことで、
「きゃ――――ー! 変態っ!」
――僕の悲鳴を聞いて、すぐに駆けつけた大家さん――万葉ちゃんが、思い切りドアを開けてそれを見た。
僕の真っ裸の姿。
突然、ドアを開けられてビックリしてしまい、万葉ちゃんの真っ正面を向いてしまった。
炸裂するビンタ!
弾ける僕のほっぺ!
「ぐっはぁ!」
無惨な声を上げて、万葉ちゃんにビンタをされた僕は床へと倒れるのであった。




