17・家賃
ベランダに出て、写真をパシャパシャと撮っていく。
「でも、どうして写真を撮り直そう、って言ったの?」
邪魔にならないように、狭い廊下で壁に背中を引っ付けている万葉ちゃん。
僕は写真を撮りながら、
「今までも空き部屋の写真は、不動産屋さんに渡していたんだよね」
「うん。インターネットとかにも載っていたよー……結構、古い情報のままだったけど」
「僕も見させてもらった」
正直、酷いもんだった。
安いカメラを使っているのか、広角に写真を撮れておらず、さらにピンボケ。
写真といっても、部屋とトイレと外観、たったの三枚の写真。
とてもあれじゃあ、部屋を探している人が食いつくとは考えにくい。
「今の世の中、ネットで不動産を探す人が多くなっていっているんだ。この場合、何が重要になってくると思う?」
「それは――」
「情報の多さなんだ」
言葉が詰まった万葉ちゃん。
答えを聞かず、僕から言ってあげる。
「その中でも最も重要なのが部屋の写真。実物を見ないんだから、写真だけで部屋で生活している様がありありと思い浮かばないとダメなんだ。
それなのに、万葉ちゃんが撮った写真はピンボケをしていて、何が何だか分からない。しかも部屋が実際より狭く見える。設備が何があるか分からないし、収納スペースもどれくらいなのか分からない」
ベランダから出て、クローゼットを開ける。
勿論、中には何も入っていない。
だけどそんな状態のクローゼットをパシャパシャと何枚も写真を撮っていく。
「ネット社会にとって部屋の写真とは命そのもの。掲載出来るだけ写真を多く、さらに写真一枚一枚も出来る限り部屋を広く撮影したり、設備の細かいところまで撮れるようにする」
そのために購入したのが今、使っているカメラである。
入学祝い……に貰っていたなけなしのお金。
本来は教科書を買うために貰ったお金だけど、背に腹は代えられない。
これだったら、広角に写真も撮れるし、解像度も高く細かいところまで記録しておくことが可能だ。
「だから写真を撮り直そう……って言ったんだね」
「そういうこと。部屋を広く撮るためには、ベランダに出て可能な限り写る範囲を広げなければならない。ガスコンロは何口なのか? 換気扇は何個あるのか? 靴箱は備え付けなのか? エアコンはあるのか? あらゆるところに気を遣って、写真を撮っておく」
「意外に地味なんだね」
そう――僕達は地道にやっていくしかないのだ。
築三十年のアパートを一瞬で満室にするなんて魔法、どこにも存在しない。
これは現実の話なのだ。どこまでも現実的な方法しか採れない。
守り神からは微妙な力しか授かっていないしね。
……といっても、ネットに載せられる写真は無限ではない。
いやお金を払えば、無限に近く写真を掲載することが出来ると思うけど、そんなお金はない。
だけど写真の選別はまた別の話。
撮った写真の中から吟味すれば良いだけの話だ。
「だけど凄いね、雄斗君。まるでベテランの不動産屋さんみたい」
感心するような声。
その言葉を聞き流しながら、今度はお風呂へと回る。
……正直な話、これは全て叔母さんに受け売りである。
十年前から「良いか。雄斗。これからの時代、写真が入居者斡旋の命となってくる」と聞かされ、山のような膨大な数の写真を叔母さんと一緒に撮らされてきたのだ。
その時の記憶を辿りながら――あるいは体に染みついていたのか――写真を撮っているに過ぎない。
「これで……このアパートに人が入ってくれるかな?」
楽しそうな声から一転。
寂しそうにぼそっと万葉ちゃんは呟いた。
僕はシャッターを押す手を止めて振り返り、
「――今までファミーユコノエはその良さをみんなに伝えきれていなかった」
「良さを?」
「うん。だからファミーユコノエの良さを正しい方法で僕がみんなに伝えてあげる。そうすれば、いつの間にか満室になっているはずだよ」
意識的に笑みを向ける。
それは自分に言い聞かせていたのかもしれない。
自信を持たせるためのおまじないのような言葉。
だけど万葉ちゃんは手を後ろに回して、同じように笑みを作り、
「うん! そうだね。雄斗君がいれば、このファミーユコノエは甦るもんね」
「当たり前だ」
そう言って、もう一度カメラのレンズを覗く。
正直、不安に感じるところも多々ある。
だけど僕はもう立ち止まることは出来ない。
少し寒さも感じる空き部屋に、シャッターの音が絶えず鳴り響いていた。
◆
『家賃 三・三万円
共益費 〇・五万円
敷金 〇万円
礼金 〇万円
築三十年のワンルームマンション。
敷金礼金〇〇物件。
大家さんが一階に住んでおり、お子様を初めて一人暮らしさせる親御さんも安心。
お問い合わせは不動不動産まで!』
「まあこんなところかな……」
パソコンに打ち込んで、物件ペーパーを出して、それを眺める。
家賃はギリギリの値段であった。
浮口市の消滅、ということもあり本当は家賃をもっと低く設定したかった。
だけどこれ以上、下げるとファミーユコノエのローンが支払えなくなる。
一旦、入居者が決まれば家賃というものはそう簡単に上げられるものではない。
「わあ……! キレイ。雄斗君、不動産屋の人みたいだね」
「少なくても今は不動産屋の人なんだ」
後ろから覗き込んできた万葉ちゃんが、嬉しそうに手を叩いた。
勿論、A4用紙一枚の物件ペーパーには今日撮影した写真も掲載している。
同じようにネットの物件情報も更新した。
これで反響はどうなるのか。その未来はまだ予測出来ない。
だけどやれることはやれるだけやった……後は問い合わせが来るのを待つだけである。
「おっ、万葉じゃねえか。久しぶりだな」
裏口から目の下にクマを作った叔母さんが帰ってきた。
酔っぱらいのような千鳥足で近付いてきて、僕の肩に手を回した。
「はあー、おぉお! これは物件ペーパーか。作り直したのか」
「そうだけど……それより叔母さん。口が酒臭いんだけど、まさか今まで飲んでいたの?」
「無論だ。かの有名なサッカーマンガも言っていただろ? サッケーは友達って」
「そんなこと言ってないよ! サッカーとサケが何となく似てるからって……」
「うるせぇ。細かいことは気にするな。自分で言うのも何だが、私がお酒を飲むのはいつものことだろう?」
「今は昼の一時だけど?」
「酒を飲むのに時間なんて関係ないだろう?」
二十四時間、いかなる時でも酔っぱらっている、酒飲みの鏡のような人だ。酔拳でも使うのかな?
そんなダメ人間の叔母さんに対して、万葉ちゃんはペコリと頭を下げ、
「久しぶりです。雄斗君の叔母様……」
「おお、久しぶりだな万葉。相変わらずキレイだな。男には抱かれたか?」
「叔母さん! 変なこと言わないで!」
万葉ちゃんは意味が分かっていないのか、「抱かれた? 小さい頃に両親には抱かれたと思いますが……」と見当違いなことを言っていた。
それよりも。
「叔母さん。この物件ペーパー、店の前に飾っておきたいんだけど」
「おお。良いぜ。だけど貼れるスペースがないんじゃないか?」
「このマンションの一階……確か美容室がもう入っていたと思うけど」
「いっけねいっけね。剥がすのを忘れていた。これは五年前にはもう決まっていた物件だ」
「五年前から手つかずだったの!」
不動不動産屋は入り口がある前部分は、前面鏡張りで外からでも中の様子を見ることが出来る。
そのところに、物件ペーパーが何枚か貼られている。
こうすることによって、中に入らなくても、物件ペーパーをお客さんが見ることが出来るのだ。
僕は不必要そうな物件ペーパーを剥がして、一番目立つであろう場所に『ファミーユコノエ』の物件ペーパーをセロハンテープで引っ付けた。
「よし……! こんな感じかな」
外に回り込んで、自分で作った物件ペーパーに目を通す。
不動不動産は人通りの多い道に面している。
通勤や通学をして通る人達が、一人でも多くこの物件ペーパーを見てくれれば……もしかしたら興味を持ってくれるかもしれない。
「わあ。何か自分のアパートが、こうやって飾られているのって、気持ちが良いね」
いつの間にか隣に立っていた万葉ちゃんがそう言った。
店の中では、叔母さんが両手で四角を作って、そこから僕達を見ていた。カメラのレンズ越しのつもりなのか。さながら結婚式の記念撮影のように。
胸のドキドキが止まらない。
果たして本当にお問い合わせは来るのだろうか?
不安と期待が入り交じった不思議な心境であった。




