16・専任契約
「でも、それじゃあ一般契約の方が得じゃないの? だって一人の不動産屋より、たくさんの不動産屋に空き部屋を紹介してもらった方が良いに決まっているじゃん」
「これについては一長一短はあるけど、万葉ちゃんの認識は間違っている。専任契約を結んでもファミーユコノエを他の不動産屋が紹介してはいけない、ということではないんだよ」
「え? それってどういうこと? 一つの不動産屋としか取引をしてはいけないんじゃないの?」
不思議そうな万葉ちゃんの顔。混乱しているように見えた。
溜息を一つ吐く……こんなことも知らないのか、と。
だからこそファミーユコノエは壊滅的なまでに空き部屋が多いと言えるかもしれない。
「専任契約を結んだ不動産屋を通して、他の不動産屋も紹介していいんだ」
「え? え?」
「つまり専任契約を結んだ不動産屋が窓口になるわけ。本来なら万葉ちゃんが色々な不動産屋に『この部屋が空いてますよ!』と伝えるわけだけど、その役を専任契約……つまり僕が担うわけ」
「つまり直接他の不動産屋と話すことはなくなる、っていうことなの?」
「そういうこと」
勿論、他にも専任契約と一般契約の違いは、色々あるけど今は『全ての窓口を僕がやる』という認識で良い
「こうすれば万葉ちゃんは、いちいち他の不動産屋を回って『この空き部屋が空いています!』って言わなくてもいいでしょ? 僕に『この空き部屋が空いているよ』と伝えれば、その役を僕がしてあげるから。
一般契約の大家さんっていうのは、不動産屋にあまり大事にされない傾向があるんだ。例えば『あなた以外のところにも頼んでいるけど、入居者さんがいたら紹介してください』って言うより、『あなただけが頼りなんです!』って言ってくれた方が不動産屋も頑張ろう、っていう気になれるでしょ?」
「私を甲子園に連れて行って! って五十人の球児に言うより、一人の球児に言った方が頑張ろう、っていう気になる、ってことなのかな」
「ん? ま、まあそういうことかな」
いきなり例えが飛躍して笑みが溢れる。
そう、ファミーユコノエは今まで不動産屋に大切にされてこなかった。
築三十年のボロアパート。さらにワンルームという間取りも有り触れている。
不動産屋にとって、ファミーユコノエなんて取るに足らない存在だし、わざわざ入居者を紹介しよう、という気にならないのだ。
ファミーユコノエよりも、専任契約をしているアパートを紹介した方が、大家さんと仲良くなるしメリットが遥かに大きい。
その現状を変えたかった。
僕が万葉ちゃんと専任契約を結ぶことによって、ファミーユコノエの入居者斡旋の窓口となる。
不動産屋にとっても、一般契約の大家さんと喋るより、同じ業種の人と喋った方が話も通じるだろうし、時間の短縮になるのだ。
「うん……よく分からないけど、雄斗君に全部任せるよ」
「ありがとう。万葉ちゃん」
「だけど、どうしていきなりそんな気になったの? 雄斗君の叔母さんが不動産屋をしていることは知っていたけど……」
まん丸い目を僕に向ける万葉ちゃん。
……万葉ちゃんの笑顔を見たかったから。万葉ちゃんに幸せになって欲しいから、という願いが一つ。それはまだ言える。
もう一つが浮口市の消滅を防ぐため。一ヶ月後までにファミーユコノエを満室にしなければ、地図上から浮口市は消滅する。浮口市に守り神にその救世主になってくれ、と頼まれたから。
……どちらも言えるわけがなかった。
前者は何となく、恥ずかしいから。
後者は信じてくれないだろうから。
「いやー、アパートに二人きりっていうのも寂しいだろうから……他の入居者さんがいた方がやっぱ楽しいじゃん?」
「私と二人きりは楽しくないんだ……」
ぼそっと呟くように万葉ちゃん。
「え? 何て言ったの?」
「うんうん! 何でもない! うん。やっぱり人がたくさんいた方が楽しいしね!」
手を叩いて、笑顔を作る万葉ちゃん。
無理に作っている表情に見えた。どうしてかは分からない。
「これでファミーユコノエは明日にも満室になるね!」
「それは期待が大きすぎるよ! ……実際、専任契約を結んだだけで劇的に状況が変わるわけじゃないよ」
賃貸において、専任も一般も口約上の共通認識でしかない。
それにどちらも一長一短がある。専任契約が必ずしも正しいわけではないのだ。
だからこれは僕の宣戦布告。
ファミーユコノエを満室に出来るのは、僕だけしかいない、と自分にハッパをかけたかっただけなのだ。
「それじゃあ、どうやってファミーユコノエを満室にするの?」
ふむ。
守り神のように意味深に肯いて、手を組んでテーブルの上に出す。
言うなればここからが本題だ。
「それについては二つ考えがある。一つ目は写真を――」
「え?」
「写真を――空き部屋の写真をまずは撮り直そう」




