13・少女の決意
さて。
みなさんは食器に盛りつけられた火山口の岩石を見てどう思うだろうか。
『わあ、美味しそう。いただきますよ……って、これ岩石じゃん!』
とノリツッコミをするヤツはお笑い芸人でもなれ。
「ゴリゴリ。うん! やっぱり火山口の岩石は最高だよ!」
岩の妖精にでもなりやがれ。
「はい。今日は極上の肉じゃがよ。召し上がれ」
――というわけで、そんなわけであった。
唯一褒められるところは、岩石……じゃなくて、肉じゃがを盛りつけている食器だ。
ウサギやパンダがデフォルメされ、可愛らしく描かれている。保育園で出されるようなお皿だけど、ほんわかとした万葉ちゃんのお皿である。心が癒される。
岩石……うん。岩石としか形容出来ない。
おはぎの中にマグマが入れられているかのよう。これをじゃがいもだと言い張るのだろうか。
草か? この黒くてしなしなしていて、つついたら箸が折れてしまった謎の物質。これは肉か? 深海魚じゃなくて?
「うん? 何、雄斗君、遠慮しているのかな」
「し、白ご飯」
「うん?」
「お米が欲しいんだけど……ほら、ご飯が進みそうだからさ」
「あっ! そうだね。すぐに入れるね」
食べたら死ぬ。「強靱な岩石」を食べられるわけがない。
お米が入った茶碗を片手に持ち、岩石から視線を外して、
「そ、そういえば万葉ちゃん。ファミーユコノエって……結構、ヤバい状況なの?」
「うん。あんまり良くない」
コメディタッチが一転。
暗い表情を見せる万葉ちゃん。
「元々、おじいちゃんから受け継いだこのアパート。それをお父さんとお母さんが相続して……そのお父さんとお母さんも死んで、私が相続することになった。ここまでは知ってるよね」
おじいちゃん云々は知らなかったけど、黙って首を縦に動かした。
「一年前から私は大家さんになった……一年前のファミーユコノエはこんな状況じゃなかったんだよ? 空き部屋はあったけど、それも一部屋だけ。何とかローンも支払い続けることが出来ていた」
「うんうん」
「だけど、丁度一年前。五部屋埋まっていた入居者が一斉に引っ越ししていってしまった。理由は就職や結婚、進学というありきたりな内容……二月、三月という引っ越しシーズンということもあり、それ自体は大して珍しいことじゃない」
だけどタイミングが悪かった、ということなのか。
窓の外を見ると、すっかり夜で辺りは暗くなっていた。
山一つない浮口市の風景。この風景がどんどんと消滅していっているのを、僕だけが知っている。
万葉ちゃんは立ち上がり、窓ガラスに手を置いて、
「私は元々、お父さんとお母さんで賃貸マンションに住んでいた。こんな状況でファミーユコノエのローンを支払うことも出来ないから――五人一斉の退去と同時に、その賃貸マンションを解約して、このファミーユコノエに住むことにした」
「まあ、万葉ちゃん一人だけだしね。そっちの方が良いかもしれないね」
元々、どこに住んでいたか分からないけど、浮口高校も近いし。まあもうないけどね!(ヤケクソ)
「それから一年間。中学に通いながら、色々な不動産屋さんにもお願いした。だけど結果はご覧のありさま。一年間で来た入居者さんは雄斗君だけ」
万葉ちゃんの声は憂いを帯びているように思えた。
ぽつぽつ、気付いたら雨粒が窓の外に当たる音。雨が降り出したのだ。
雨音はどんどんと強くなっていき、それを見て万葉ちゃんはカーテンを閉めてもう一度僕と対面するように座った。
ざーざー、とした雨音が響いている。
「だから……銀行の人も、このアパートを手放したら? って言っているわけだね」
「これが初めてじゃないしね。これで四回目くらいだったかな。銀行の人も親切心で言ってくれていると思う。あなたに大家業は無理だから、アパートを手放しなさい。今ならまだ間に合う、ってね」
おどけたように語尾を跳ねさせるけど、万葉ちゃんの負の感情は隠しきれていなかった。
僕は茶碗をテーブルに置き、若干前に乗り出して、
「……僕以外にファミーユコノエに人が入りそう?」
「分からない。だけど入れるしかないよね」
「まあこのままじゃローンも固定資産税もあるしね……僕だけの家賃じゃ、とても払いきれないだろうしね。今は保険金で何とかなるんだっけ?」
「うん……だけど、相続税でほとんど取られちゃったからね。これ以上あんまり使えない。バイトとか始めないといけないかもね」
勿論、バイトだけでローンや固定資産税もカバー出来るとは思えない。
例えばファミーユコノエ一部屋分の家賃が五万円だとする。五部屋埋まっていた時に、何とかローンを払えていたんだから、月々修繕費等の必要経費も含めて、二十五万円は必要になっていた、と仮定する。
単純計算、残り十五万円をアルバイトで稼がなければならないのだ。そこまで必要なくても十万円くらいは。
それだけ稼ぐ必要があるなら、もうアパートを売りに出した方が何倍も効率的じゃないか? 銀行の人はそう言っているのだろう。
これ以上、ファミーユコノエに人が入らない、と思っていて。
「私は……」
涙を堪えているような万葉ちゃんの震えた声。
聞いているだけで、何故だか悲しくなった。
「お父さんとお母さんが大切にしていた、ファミーユコノエを満室にしたかった。そしてみんな笑顔で暮らしているような――そんなアパートの大家さんになることが夢だったんだ」
「……諦めるのはまだ早いよ」
「ダメだよ!」
いきなり大きな声を出す万葉ちゃん。
思わず体がビクッとしてしまう。
「ごめんね……つい大きな声を出してしまって」
「いや、別にいいんだけどさ」
「何をすればいいか分からない。どうすれば入居者さんが入ってくれるのか分からない。私にとって大家業は難しかった。素人家主の私に何が出来るの?」
万葉ちゃんの問いかけに僕は気まずく俯くことしか出来ない。
当然だ。僕も万葉ちゃんと同じように素人でしかない。
いくら人より不動産の知識があろうとも。
「だから、銀行の人の言う通りにするのが良いかもしれないね」
「……じゃあ、ファミーユコノエの大家さんは誰になるんだ……」
「さあ? 私以外になるんじゃない? あっ、大家さんが変わっても雄斗君はそのまま住まわせてくれるように私から頼んでみるからさ」
「いや、そういうことを心配しているんじゃなくて」
折角、万葉ちゃんと再開して、同じ屋根の下に暮らすことになったのに。
昔のように楽しくやっていける、と思っていたのに。
私以外がなるんじゃない? そんな無責任な。僕は万葉ちゃんが大家さんじゃないと、何か心がモヤモヤして嫌なんだ。
だけどそれを口に出すことは出来なかった。
「私、ファミーユコノエを満室にしたかった。個性豊かな人達が暮らして、面白可笑しく幸せに暮らしているようなアパートにしたかった――」
潤んだ瞳で万葉ちゃんはそう何度も繰り返す。
――どうかファミーユコノエが満室になりますように。そして住人が幸せに暮らせますように。
「……くっ!」
「雄斗君?」
頭が痛い!
頭を押さえて床に蹲る。
――どうかファミーユコノエが満室になりますように。そして住人が幸せに暮らせますように。
何故だ? 僕はこの言葉を昔に聴いたことがある?
だけど思い出すことが出来ない。
耳にキーンという高く鋭い音。
水面に映った少年と少女の顔。
体中泥んこになって、足が棒のようになっている。
「雄斗君! 雄斗君! ねぇってば!」
「ああ……ごめん。もう大丈夫」
万葉ちゃんに体を揺さぶられる。
彼女の掌から伝わる体温が僕の頭痛を和らげてくれた。
鈍い痛みが微かに残っている頭を片手で押さえながら。
もう一度テーブルの前に座り直す。
「本当に大丈夫なの?」
「うん。ごめん……だから、三月が終わるまで待ってください、って頼んでたの?」
「そう――雄斗君だったら分かると思うけど、三月っていうのは引っ越しシーズンだからね。この一ヶ月で残り四部屋くらいなら埋まるかもしれないから」
勿論、新築マンションならともかく、ボロアパートにそのチャンスが巡ってくる確率は低いかと考えられる。
「大丈夫だよ。雄斗君。もしかたら天から人が落ちてくるかもしれないし」
「万葉ちゃんは入居者のことを何だと思っているの? 雨か天使かだと思っていないか」
「雄斗君。語尾に『だってばよ』って付けてみない?」
「影分身の術をしても、五人分の家賃は払えないと思うけどね」
シリアスな空気を嫌ったのか、笑みを浮かべて気丈に振る舞う万葉ちゃん。
そんな顔を見て、心がキューと締め付けられた。
僕が万葉ちゃんに出来ること――何かないかな?
この少女を救える術は何か残されていないのだろうか。
でもその前に、
「さあさあ、肉じゃがが冷めちゃうよ。早く食べないと」
――目の前の危機を乗り越えないと!
冷める様子がなく、真っ赤に燃えている岩石を見て、どのような逃走経路を使おうか。それを考えていた。




