11・世界の自己修復能力
「大変だ! 万葉ちゃん!」
混乱した頭のままで、ファミーユコノエの一〇三号室。
大家さんの万葉ちゃんの部屋のドアを思い切りノックする。
「ふぇえ、何? 雄斗君。もしかして夜這いしにきたの?」
「もう朝だよ!」
ドアを開けて姿を現した万葉ちゃんは、眠そうな瞼を擦りながら出てきた。
髪の毛の所々に寝癖が付いており、ダボダボのピンク色のパジャマを着ている。
欠伸をしながら出てきた万葉ちゃんは、深窓の美少女といった感じで普段の僕なら言葉を失っていただろう。
だけど今はそんな場合じゃない……!
万葉ちゃんの肩を揺さぶって、
「万葉ちゃん! 大変なんだ! 浮口高校が……! 浮口高校がなくなっているんだ!」
「ちょ、ちょっと雄斗君。ちょっと大胆すぎるよ……は、離して」
流石の万葉ちゃんでも、寝起きにいきなり男に両肩を揺さぶられるのは恐怖を感じるものらしい。例え相手が僕でも、だ。
怯えた表情の万葉ちゃんを見て「ごめん……」と言って、肩から手を離し一度深呼吸。
「万葉ちゃん……今日、散歩しに出かけたら、いつも浮口高校があった場所がただの空き地になっているんだ」
まるで高校が夜逃げを敢行したみたいに。
勿論、校舎が逃げるわけがない。建物のことは、動かない財産だから不動産という名前が付いているんだ。
これ程の驚くべき事実だというのに。
万葉ちゃんはぽかーんと口を開けて、
「……雄斗君、何を言っているの? 浮口高校? 浮口市に高校なんてなかったはずだけど」
「万葉ちゃんこそ何を言っているんだ! 一ヶ月後の四月から、僕達は浮口高校に通うんじゃないか! このままだったら、僕達は高校生になれ――」
「高校に通う? そんな予定ないはずだけど。私は中学を卒業してそのまま大家業に専念するつもりだったし」
ネコのような大きな瞳をクリクリとさせて、首を傾げている万葉ちゃん。
中学を卒業して大家業に専任? そもそも高校を受験していないのか。
そんなはずはない。浮口高校に通うことは万葉ちゃんから聞いたことだ。僕の勘違いなんてあるはずがない。
頭の中がグルグルと回る。「不可能」「記憶」「高校生」様々な単語が、暗雲の中でフワフワと浮いている。
「それに――」
浮口高校が消滅している光景と、万葉ちゃんの不思議そうな表情が重なり合い、
言葉を発することが出来なくなった僕に対して、容赦なく万葉ちゃんはこう言うのだ。
「――雄斗君も。中学を卒業して、両親の転勤を機にここ浮口市で働くんじゃなかったの? だからここに引っ越ししてきた、って聞いているけど」
「そ、そんな……!」
一歩、二歩後ずさりする。
万葉ちゃんの冗談? ドッキリ? いや万葉ちゃんに、そんな演技は出来ない。幼稚園で演劇をしていたら、ただの木の役でも「ねえねえ、桃太郎はどこに行くの?」と台本にないことをペラペラと喋り出した程だ。
そんな僕だから分かる。
万葉ちゃんは嘘を吐いていない。
可笑しいのは僕の方で、
「う、うわぁあああー! 僕の高校生活がー!」
「ちょっと雄斗君!」
どうにもいられなくなって、万葉ちゃんに背を向け走り出す。
瞳からは一粒の涙が結晶となって宙に放り出され、行き場をなくし地面へと落下した。
◆
訳が分からなくなって走り出し、結局到着したのは不動不動産であった。
不用心にも裏口には鍵が閉まっておらず、簡単に侵入出来た。
「おい! 守り神出てこい! これはどういうことだ!」
誰もいない店内に響き渡る僕の声。
だけど――当たり前のことなんだけど――声は壁にぶつかり、返ってくることはない。
ガタンゴトン……電車が線路を走る音だけが聞こえた。
「早く出てこい! 都合の良い時だけ出てきやがって。説明しても」
「妾はいつでもここにいる」
背中から声が聞こえ――自分で呼んだにも関わらず――ビックリして振り返ると、そこには守り神の姿があった。
整った顔付きの美少女。
守り神は凛々しい顔で僕を見ていた。
「ま、守り神! これはどういうことなんだ。どうして高校がなくなっている!」
喧嘩腰になって、詰め寄るようにして守り神に問いかける。
「だから言っただろう。浮口市がどんどんと消滅していっている、と。これで分かったか。妾の言っていることが本当のことだ、と」
「……っ! で、でも! 万葉ちゃん……ファミーユコノエの大家さんは高校の消滅を認知していなかったぞ。あれは一体どういうカラクリだ」
「何度も何度も同じことを言わせるな」
呆れたように溜息を吐いて、
「『世界の自己修復能力』――これにより、近衛万葉には最初から浮口高校なんて存在しないことになったのだ。いや近衛万葉だけではない――浮口市、全国、世界中の人々。全員が浮口高校なんて最初からなかった、と言うだろうな」
「じゃ、じゃあ! どうして僕が中卒で働くことになっている。僕は高校生活を謳歌するんだ! 友達や彼女を作るんだ」
「そりゃあ、浮口高校が最初からないなら、入学なんて出来ないだろ。友達も彼女も出来るわけがない。辻褄を合わせるために、『世界の自己修復能力』によって、そなたは中学を卒業して高校に行くのではなく、働くという未来が即席で作られたのだ」
「そ、そんな……じゃあ僕の楽しい高校生活は!」
「ふむ。最初からなったことになるな」
足腰がヘナヘナになって、ヨロヨロとしながら近くの椅子に座った。
そ、そんな……僕の楽しい生活。
様々な未来計画が一夜にして、全てぶっ壊れたのである。
浮口高校の消滅によって。
肩を項垂れている僕の肩を、ポンポンと優しく守り神は叩き、
「心配するな。彼女は無理だが、友達くらいなら妾がなってやる」
「モノをぶつけて攻撃してくるヤツなんか、友達にいらないよ……」
「何を言っている。神様と友達だぞ。みんなに自慢出来るぞ」
「自慢出来るわけないよ。頭が可笑しいヤツだと思われるよ」
そもそも、神様と友達になって、それくらいしかメリットがないのか。




