鏡に映る、君の顔
短編は初投稿です。
よろしくお願いします。
俺はポーバニア王国の軍人、情報部の者だ。エージェントJ、単にJと呼んでくれて構わない。
「目が覚めたようだね『君の顔』。神への生贄にふさわしい、健やかな寝顔だったよ。」
ドラゴンの仮面をつけた、男にも女にも見える人物、『教祖』が俺に語りかける。聖人ぶった態度が気に食わない。
俺はいま、手足を縛られて巨大な体育館のような施設で捕らえられている。
どうしてこんなことになったのか、経緯を話そう。
数ヶ月前まで、俺は情報部で事務仕事をしていた。情報部に入ったからといって誰でも暗躍するわけではない。巨大な組織である情報部は常に人材を必要としているが、その多くは俺のような事務員や掃除のおじちゃんおばちゃん、それに情報部員のシンボルである漆黒のスーツをピシッとさせてくれる、クリーニングの匠達だ。
そういう人間が必要なことは俺自身、十分理解しているつもりだ。しかし、子供の頃に読んだスパイ小説に憧れて情報部を志願した俺は諦めきれず、何とかして情報部員らしい仕事ができないかと、機会をうかがっていた。
「君、実に特徴がないね!潜入捜査、やってみない?」
突然のことだったが、俺はうろたえなかった。即決即断。それが俺の流儀だ。簡単な任務であるからと、即席の教育を受けてすぐ、俺はカルト教団「ウィキの知恵」に潜入した。
「魂の名に『君の顔』を選んだ時から、私は確信していたのだよ。君が情報部の人間だということを。」
「だったら、どうしてすぐに俺を始末しなかった!」
潜入当初、信者達が仮の名前で呼び合うことを忘れていた俺はとっさに小説『超人スパイは君の顔』の主人公『君の顔』の名前を出してしまったのだ。あまりに迂闊だったが、もう絶版になった作品だから大丈夫だと思いこんでいたのだ。
「君をすぐに始末しなかった理由、それは簡単なことだ。君が召喚の儀、その生贄に最適な人間だったからだよ!」
『教祖』の合図とともに扉から信者達が入ってくる。その数は数百か、数千か。かなりの人数だ。みな何かしらの動物の仮面をつけている。
「強制されたのではなく、自由意志でここに来た。」
狼の仮面をつけた初老の男性が静かに言った。
「夢を抱き、努力もしたが、叶わなかった!」
烏の仮面の青年が叫ぶ。まるで自分のことのように。
「秘めたる才能があって、行動力に富む。」
穴熊の仮面をした中年女性が、場を和ませるように優しく語りかける。
「顔は悪くないのにモテなくて、なんと童貞!」
そして猫の仮面の女がうっとりする様な声でささやく。そうだ、俺はこの女に薬を盛られて捕まったんだ!
「仮にも我ら『ウィキの知恵』に所属していた君ならわかるだろう、自分が誰と鏡合わせの存在であるか?」
「まさか本気で『なろう主』を呼び出せると思っているのか⁉︎」
『教祖』は静かに笑うと再び信者達に指示を出した。彼らは手足を縛られたままの俺を担ぎ上げると、聖典の記述を口ずさみながら、部屋中の信者の全員に俺を触れさせるために、胴上げをするかのごとく俺を送りまわし始めた。
『神は与える、この世界。愚かな者ども、踏み潰す。我らの救い、なろう主。』
「やめろ!おろせ!」
激しく揺さぶられ、俺は気分が悪くなってくる。バケツリレーの水になったら、こんな気持ちになるのだろうか?
『貧しき農地、枯れた井戸。なろうの知恵よ、ウィキの知恵。たちまち富める、神の国。約束の土地、ノーフォーク。』
「お前達、正気か!この科学復興、魔法理論化の時代に、こんなこと!」
俺の叫びは誰にも届かない。信者達はひたすら俺を胴上げし、触り続ける。
『例え誰もが貶そうと、我らは信ず、なろう主。迫る非道の敵国も、たちまち屠る、ウィキの知恵。讃える言葉、オレッツェイ。』
「お前達がやろうとしているのは、ただの殺人だ!俺を生贄にしたところで、なろう主は現れない!人間は自分の力で未来を切り拓かなくちゃいけないんだよ‼︎」
そんな話は聞き飽きた!、と『烏』が叫ぶ。しかし、他の信者達が彼を落ち着かせ、儀式は続けられた。
『産めよ、増やせよ、なろうの神子を。広まる知恵よ、ウィキの知恵。奴隷も、姫も、平民も、等しく愛す、なろう主。』
「……。」
俺はもう叫ぶのを止めた。確かにこの国には身分や民族の違いによる差別がある。だが、俺たちの先祖達は少しずつ、そうした問題を解決してきたはずだろ?
……どれほどの時間が過ぎただろう?突然、『教祖』が訳の分からない言葉を叫び始めた。ドラゴンが暴れるときのように、頭を振り回している。すると、信者達は口々に「時間だ!」とか「殺せ!」とか言って俺を床に叩きつけた。
「神様の許可が降りたみたいね。貴方のお相手出来なくて残念だわ、『君の顔』。でも、私、貴方を捕まえたご褒美に、なろう主様の最初のお相手を任される予定なの!」
『猫』が楽しそうにそんなことを言う。神様の許可だかなんだか知らないが、俺は死にたくない!何がなろう主だ!どうせスケベのド変態だ!
「なろう主様、私は生涯をかけて貴方を待ち続けておりました。年をとって、とても貴方のお相手をできる身ではありませんが、せめてお食事やお掃除など、貴方のお手伝いをさせてください……」
『穴熊』が祈るようにつぶやいている。やめろ!まず目の前の不幸な人間を助けようとは思わないのか⁉︎俺にだって、死に方を選ぶ権利くらいあるはずだ!
「……前の大戦争では、わしは家族や戦友に墓を作ることも出来なかった。なろう主が、なろう主様がおいでになれば、もう、あんなことは……」
『狼』がむせび泣く。ジジイの懐古趣味に俺を巻き込むな!あんたの家族や戦友の死が悲しいものだったように、俺だって死んだら悲しむ友達くらいいるんだ!
ああ、もうダメだ!『教祖』がナイフを首に当ててくる。やめろーッ!死にたくな……
タタタタターン‼︎タタタタターン‼︎タタタタターン‼︎
「突入ッ!」
「「「「うぉーッ‼︎」」」」
混乱の中、俺は意識を失った。
我に返った時、辺りは血で染まっていた。制圧用魔法弾ではなく、実体弾が使われたらしい。とりあえず自分の血ではないことを確認し、ホッとする。
「よう!生きていたか、J!一緒に殺っちまったかと思ったぜ!良かった、良かった!」
俺に即席のスパイ教育を叩き込んでくれた情報部員、エージェントSが笑顔で手を差し伸べてくる。どうせ始末書の枚数が減ったことを喜んでいるのだろう。
「助けに来るのが遅いんじゃないか?」
Sの手を借りて立ち上がりながら、俺はできるだけ嫌味に聞こえるように言った。簡単な任務と言いながら、どうせ全て分かっていたに違いない。
「許可がなかなか出なかったんだ!書類がたらい回しにされてたみたいでよ!お偉いさんは、みんなで物事を決めないと気が済まないらしいぜ!」
まあ、よくある話だ。難しい作戦の前の責任の分散という奴だろう。俺の命がかかっているというのに酷い連中だ。
「ところで、教団の連中はどこだ?こんだけ血だらけな所を見ると、ずいぶん死人が出ていそうだが……」
とにかく、信者の奴らに文句を言ってやらないと気が済まない。俺がしつこく聞くと、Sは床を指差した。
「地下室なんかあったのか!よし!1発ぶん殴って……」
「お前はアホか!連中は残らず射殺した!今頃全員、地獄巡りを楽しんでいるだろうよ!」
Sが私の後ろを指差した。死体はなかったが、代わりに動物の仮面が山をなしていた。
「そんな馬鹿な!かなりの人数がいたんだ!始めから殺す気で撃たなきゃ、全員死ぬ訳がない!俺を助けるためだけにそんな許可が下りるはずは……」
Sは肩をすくめて呆れると、誰にも言うなよと前置きして説明してくれた。
彼の言葉は遠回しではっきりしなかったが、どうも『ウィキの知恵』はこの国の支配者達の秘密を握っていたらしい。秘密をチラつかせ、各方面から資金や武器を調達し、退役軍人を教団に迎え入れて反乱の準備をしていたという。
「今までは、まとめて始末出来ないから野放しにされてたんだが、今日は信者全員がこの建物に集まるというじゃねえか!そういう訳で、お偉いさん達は急いで俺たちに命令したってわけさ!もちろん、誰かが秘密を掴まないように全員を始末する許可付きで‼︎」
俺が身震いしたのを勘違いしたのだろう。Sは、お前のことは情報部から教団に知らされていた。だから、スパイであるお前に信者達が秘密を話していないことは確実だ。念のため、記憶チェックの魔法をかけられるだろうが、痛くも痒くもない。俺も何度もやっているんだ、と元気づけてくれた。
しかし、俺が身震いしたのは、そんな心配のためではなかった。
(奴らはどうして、なろう主を求めたんだ?)
俺は自分達の秘密を守るためなら何人でも殺す祖国の指導者達を恐ろしいと思った。そして、そんな指導者達をそこまで追い詰めた教団の信者達もまた、恐ろしいと思った。
(どうして、反乱を起こせるだけの用意をしながら、彼らはなろう主に救われることに拘ったんだ?)
俺は何時間もの聴き取りと、魔法による記憶チェックの末、事務員の仕事に戻った。時々同僚達にあの任務について聞かれるが、「禁則事項だから」と誤魔化している。
それでも時々考えてしまう。あの儀式が成功していたならばこの国は、この世界は変わったのだろうかと。
(まあ、あんな非理論的な魔法が成功するわけがないのだ。神話や伝説ならばともかく、異世界人の召喚に成功した例など歴史上存在しない。)
だけど、でも、もしかしたら……俺は図書館に行くことが増えた。
結局、俺は奴らの言った通り、『なろう主』が見た鏡に映る影に過ぎないのかもしれない。
同じ世界観で長編も書いています。
作風は違いますが、良ければお読みください。