三つの条件
目の前のテーブルにはコーヒーが置いてある。湯気が立っているそのコーヒーにはあふれ出るほどの角砂糖が入れられていた。
かれこれ30分たつが、一向に湯気は収まらない。
俺は椅子に座ったまま、ボーとしていた。
コーヒーに手を出そうと思わない。俺はブラックの方が好きなんだ。
「何だ。コーヒーは飲めないのか?」
俺の向かい側の席に座っている女性は首を傾げながら訪ねてきた。その女性はさっきから俺のと同じようなコーヒーを何杯も飲んでいた。甘党なのだろうか?
「い、いえ。ブラックの方が好みなんで…」
「ん、そうか?これは失礼した」
女性は俺のコーヒーを一気に飲み干した。糖尿病にはならないのだろうか…。いらぬ心配だと思うが。
「さて、どんな話だったっけ?」
女性は煙草を取り出し吸い出した。これまた肺ガンなどにならないのだろうか?いらぬ心配なんだろうけどな。
「何を消し去るのか?という話だったかと」
「君は何を消し去りたい?」
先ほど目の前の女性から言われた言葉。
「あぁ、そんな話だったな」
女性は煙草の煙を吐き、俺はそれをもろに当たってしまった。が、煙たくいならない。
「じゃ、本題に入ろうか。レオ君」
女性はうすら笑いを浮かべ、俺の眼を凝視した。
青く澄んだその目は俺の全てを見られているようで、
「君は借金を抱えているようだね」
完全に俺のことを知っていた。俺が借金を抱えている事実は数人しか知らせていない。初対面である女性が俺のことを知る由もない。
「あ…」
思わず声が出てしまった。
「おや?不思議そうな顔をしているね。まぁ、当たり前か」
俺の情報は全て知っているのだろうか?少し日本の情報網に不信感が募った。
「さぁ、最初は自己紹介だな。私はスール。この店の店長だ」
スールと言った女性は口の端をあげ、親指を突き出した。
「無論。君の自己紹介は不要だよ、清水レオ」
「は、はぁ」
「君のことは全て知っているからね。こっからはこちらから一方的に話をさせてもらうよ」
スールさんは煙を吐いて煙草をしまった。
「結論から言おう。君の借金をなくすことは可能だ」
「!?」
声が出ないほどの衝撃。自慢ではないが、俺が抱えている借金はたぶん俺が一生懸命働いても一生で返せるかどうか…。
「ほ、本当に借金を無くせるんですか?」
俺は身を乗り出した。
「あぁ、もちろんさ。とりあえず落ち着け」
肩を叩かれ椅子に座りなおす。
「まぁ、そう簡単なものじゃないことも確かだ。
それでだ。こちらからの条件をすべてのんでくれたら借金を無くしてやろう」
「じょ、条件ですか・・・」
こういう状況で条件と言われると、なんだか悪い想像ばかりしてしまう。
「まぁ、君が思っているように悪いことではない。安心したまえ」
本当にそうだろうか?相手は初対面だぞ。そんな簡単に信じてもいいものなのか。が、答えは簡単。
「し、信じます」
全ては借金を無くすためだ。今までバイト三昧でがんばってきたんだ。このチャンスを逃すなんてもったいない!
「了解。じゃ、一個目だ」
俺の額に汗が伝う。
「これから君の眼で見ることすべてを現実として受け止めてほしい」
「は、はぁ……」
現実として受け止めてほしい?これから非現実的なことが起きますよ~、みたいな言い草だけど。
「とりあえずこのコーヒーカップを見てくれ」
スールさんは先ほど飲みほしたコーヒーカップを手に取り、俺の眼の前に突き出した。
「!?」
そして消えた。いや、表現のしようもない。本当に消えたのだ。まるで最初からこの世になかったように、綺麗に。
「これが私の力さ。任意の物をなんでも消し去ることだってできる」
第三者視点から見たら、今の俺の顔は相当馬鹿っぽく映ってるのだろう。そう自分で感じてしまうほど、目を見開き口を大きく開けていた。
「私は異世界人。この世界とはまた別の世界で生まれたものだ」
「この世界では魔法が非現実で科学が現実。だが、我々の世界では全く逆」
「あぁ、別にすべて理解しようとしなくてもいい。現実として実際にこのようなことが存在しているということだけ理解してくれればいい」
スールさんが言ったことすべてが耳を通りぬけていく。
今目の前では非現実的なことが起こっている。それは紛れもない事実。俺は息をのむことしか出来なかった。
「さて、受け止めてもらえたかな」
俺は考えもせず頭を上下に動かす。頭は真っ白のままだ。
「良し。それでは二つ目。といっても、条件ではないが」
スールさんは俺が何も考えられていないことが分からないようで、淡々と話を続けた。
「君の借金はもはや君一人の問題ではないということ」
もはや頭を働かせることが困難な俺だったが、今の言葉にも少しながら衝撃を受けていた。
「君の借金のもとを辿っていくとな、いろんな人たちが複雑に絡み合っているんだ」
俺の借金にたくさんの人が関与している…。スールさんはそんなことを言っていた。
「え…と。簡単に言いますと」
だいぶ頭が正常に戻ってきた。借金の問題は俺にとっては重要な問題だ。
「まぁ、そうだな。借金を消すとなると、その関与している人たち全員消すことになりますよ、ということだ」
「え…てことは?」
「まぁ、無理な話ってことだ」
「ダメじゃん!」
俺は思わずテーブルを叩いて、机に突っ伏した。
あぁ、ダメだ。結局無駄足だったか。
俺が悲しみに暮れている間、前方からはクスクスと笑い声がしていた。
「それで条件三つめ」
もう聞く気はない。どうせ借金は消せないんだから。
「君は命をかける覚悟はあるかい?」
思考が止まる。命をかける?どういうことだ。俺は借金の為に死ななきゃならないということか?
「あぁ、言い方が悪かったかな?
説明するとだな、今借金を抱えているのは君だ。その借金が辿ってきた道のりは一本」
「簡潔に言うと、この世から君と両親の存在を消すことですべてが解決するということだ」
死ぬ=存在が消える、ということなのだろう。たかが借金の為にこんなことをしなくてはならない…のか。
「俺と両親の存在が消えるって。どういうことだ?」
手が震えていた。存在が消える、世界中のだれもが絶対体験しない。
「世界中のだれからも認知されなくなる。お前はこの世に生を受けなかったことになる」
スールさんの眼は真剣そのもの。嘘をついているようには見えない。
俺の存在が消え、そして両親の存在も。俺達家族が生きてきた道が全て消え去ってしまう。
「そ、そんなこと…出来るはずなんて……」
「出来る。紛れもない事実だ。あとはお前が了承するだけだ」
俺が顔を動かすだけで、全てが終わる。
「も、もしだ。存在が消えたら俺はどうしたらいい」
「うちの店にやとう。人員不足だからな」
雇われるのか…。まぁ、こういう事実を知っているのはこの店ぐらいだからな…。
「……」
黙る。今までの記憶を辿っていた。
「一晩考えるといいさ。時間はあるからな」
「あ、ありがとうございます」
時刻は6時を回っていた。そろそろ暗くなるころだろう。
「いつでも待ってる」
「はい」
俺は店を出た。
まだ外は明るかった。
文体めちゃくちゃだぁーーー!
夜中に書いてるからかな…