伏せられた耳。
騎士はもう1人いた方がいいだろうということで、バルと一緒に宿を後にしたのは熊族のログで、この町に到着してから周辺の治安調査などをしていたログは困惑気味でバルの隣りを歩いています。
「第3区っていやぁ、かなり貧困地域で治安もあまり良くねえ場所だよな。別に地区で差別するわけじゃねえが、るう様に危害がなければいいがなぁ。」
「・・・ええ。俺・・・いや、私もそう感じております。子供たちに罪はないのですが・・・。」
ログにとって、ルイは可愛い弟分ですが、バルのことも弱音を言えない天邪鬼な可愛い弟だと思っているので、バルがいつもの『俺』ではなく、『私』と言い直したことで、なんとか騎士モードを継続させているバルを微笑ましく思いました。
「あの子供たちは純粋にるう様ともっと親しくなりたいと考えているようでした。るう様もそうお考えのご様子でしたので私は副団長と1番隊の隊長に指示を仰ぐ事にしたのです。」
「そうかそうか。ははは。お前もるう様にぞっこんだな。」
「なっっ!?何を仰るんですっ!寝言は寝てから仰ってください!」
「あ~はいはい。俺が悪かったよっと。ここだな。」
バルとログは裏通りにある古ぼけたレンガ造りの家の前で立ち止まると、ひび割れたガラス戸に映った2つの影が消えて扉が勢いよく開き、大きく尻尾を振った狼族の双子の子供たちが飛び出してきました。
「待ってたよ!るうのお父さんっ。」
「るうのお父さんっ!待ってた!夜ごはんのお返事はっ?」
「・・・いえ、私はるう様の父親では・・・。」
「ぶっ、ククク。お、お父さん・・・。バルが、るう様の・・・。」
バルがるうの父親だと勘違いしていたレンとランは、一歩後ろで控えている大きな男が肩を震わせて笑いを堪えていることに首をコテンと傾げて、バルに視線を戻すと『え?違うの?』と言いました。
そんな雰囲気の中、大通りを曲がって買い物籠を腕に引っ掛けた女性が裏通りに入ってきたのをレンが見つけると、大きく手をパタパタと振ります。
「あっ。お母さーーんっ!お客さん、来たよー!」
「おかえりなさいっ。お出かけ前に話したお返事しにきたんだよーっ!」
どうやら女性はレンとランの母親のようで、双子にふわりと柔らかく微笑んでからバルとログに視線を向けて、その姿にギョっとしたように驚き早足でこちらへ歩いてきました。
「も、もしや、あなた様方は騎士様ですか?」
「ああ。俺たちはルナー様一行の護衛騎士だ。ふれは出ていたと思うが。これが騎士証だ。」
「初めまして。本日はルナー様であるるう様と、こちらのお子達が共に夕食を召し上がるということで招待に参りました。」
双子の母親は、幾分が大きな耳をペタリと伏せて驚きに目を見開いて『お生まれに、ルナー様が・・・』と感激したように呟くと、レンとランに視線を落として、もう一度バルとログを交互に見つめてから、ガバリと腰を折ります。
それに驚いたのはレンとランだけではなく、ログとバルも困惑しました。
「も、申し訳ございませんっ。新しくお友達になった子がいて夕食をご一緒にするかもしれないとは聞いていたのですが、ま、まさか、ルナー様だとは・・・。本当に申し訳ございませんっ。恐れ多い事を・・・。どうか子供たちだけは・・・っ。」
「お、お母さんっ!?」
「どうしちゃったの!?」
驚いたように声を上げてオロオロするレンとラン、そして深々と頭を下げる母親に、バルとログは顔を見合わせてやれやれとため息をつくと、1つ咳払いをしました。
「俺たちはご婦人や、そこの子供たちを捕らえに来たわけではない。先ほども言ったが夕食に招きに来たのだ。」
「・・・・・え?」
弾かれたように頭を上げた母親は、未だに伏せた耳をそのままに何を言われたのか分からないといった様子で騎士2人を見上げたのでした。