旅の1日目。
いよいよルナー様一行は王都へ向けて出発しました。
最初は期待と不安が心の中で同居していたるうでしたが、籠の中から見える絶え間無く流れる景色を珍しそうに眺めたり、あれは何?あれは?と瞳をキラキラとさせて質問したりしているるうに、周りは和んでいます。
途中お昼時になり、ナミが用意した薄切りの肉とレタスをサンドした食事をるうが始めると、何も知らない騎士たちは首を捻りましたが、アルがるうはエネルギーを蓄えられないから短時間ごとに食事が必要なのだという説明をすると、納得していました。
夕刻前に1日目に滞在するに村に着いた一行は宿の手配をしましたが、るうは籠の中でお昼寝をしていたため到着と同時に目覚めたので疲れもそれほどありません。
るうが宿屋の3階の窓から町の様子を眺めていると、4本足で獣人の子供が走り回っているのが見えました。
どうやら犬か狼かの子供のようで、リクとカイから聞いていた通り、成人していない獣人は獣型と人型の中間の見た目です。
じっと見ていると、獣人の少年はふと上を見上げてるうの視線に気づいたようで、こちらに手を振ってきました。
すると後ろを追いかけていた少女もるうのいる窓へ視線を向けています。
遠目でよく分かりませんが、どうやらるうを自分たちよりも小さな子供と認識した彼らは、るうを遊びに誘っているようで手招きしていました。
るうはパタパタとしっぽを振りながら手を振っている子供たちが可愛く思えて、るうも小さく手を振り返しました。
「どうしたんだ?るう。窓の外に何かあるのか?」
「こども、ふたり、いるです。おいでって。」
リクは窓下を覗き込むと、一本眉間の皺を増やして渋い顔をしましたが、カイが何やら魔術を使ったようでクスクス笑いながら言いました。
「ふふ。悪意はないようですし、この町は騎士の駐在所があるので治安はいいですから、護衛を付けるのであれば遊んで来てもいいのでは?」
「いや、だが。子供だとはいえ、るうは生まれたての赤子よりも肌が柔らかいのだぞ?この世界の獣人の子供とは力も全然違う。るうは転んだだけで血が出るくらい繊細なんだ。もし怪我でもしたら……。」
「はいはい。お父さんは心配し過ぎです。」
「誰がお父さんだ!」
まだ部屋に入りたてで開けっぱなしになっていた扉からは、るうの護衛のルイ、ログ、バルが呆然と2人のやり取りを見ていました。
その視線に気づいたカイは、3人の中で一番冷静に対処できるだろうと判断してバルを呼びます。
「ああ。丁度よかった。バル。るうがこれから町の子供たちのところへ行きます。護衛をお願い出来ますか?」
「はい。承知しました。」
カイはるうを抱き上げると、リクの前を素通りしてバルへるうを抱き渡しましたが、バルはこんなに小さな幼子を抱いたことはありませんでしたので、恐る恐るだっこしました。
「それでは、行って参ります。」
「いって、きましゅ。きま、す。」
るうは笑顔で手を振るカイと、不機嫌そうに手だけ上げたリクに挨拶します。
バルはそのまま扉を出て行こうとすると、カイが引き止めました。
「ああ。そうです。バル。」
「?はい。何でしょう?」
バルが振り向いて返事を返すと、カイはこれでもかというくらい素敵な笑顔をバルに向けました。
「るうの髪の毛一本でも傷つけたら……。分かっていますね?ああ私ったら。優秀な護衛のバルに限ってそんなことあるはずないのに。嫌ですね。ふふ。引き止めてすみません。いってらっしゃい。るう。楽しんでくるのですよ。」
「……。は、はは。」
「いって、きま、す。」
バルは口元を引き攣らせていましたが、るうはそれに気づく事もなく、ふりふりとバルの肩越しから手を振ったのでした。