籠という名の。
騎士団本部の探検をしていたるうでしたが、お昼に差し掛かったあたりでるうのお腹がきゅるりと鳴り、今日のところは引き上げようということになりました。
報告が残っているから先に帰っていてほしいというカイと隣りに佇む死んだ魚のような目をしてげっそりしているジルと別れて、リクにだっこされたるうはカイと手を振り別れると、騎士団の門を抜けました。
騎士団を後にしたるうは、門の前に止まっているものに目を丸くします。
「りくさん。これ、なんですか?」
「ん?ああ。るうは初めてなんだったな。これは移動用の籠だ。これに乗って目的地まで移動するんだが。大きさはこの2人用のサイズから数十人乗れるものまで様々だな。」
リクの説明してくれた籠を見て、車みたいなものなのだろうと判断したるうでしたが、この世界では馬車のようなものがあるのかと思っていたるうにとっては驚きでした。
『籠』と呼ばれるにはあまりにも不似合いな未来的な乗り物で、止まっている今でも、その物体は20cmほど空中に浮いていて、微妙にふよふよと上下しています。
見た目はモーターボートのような感じで、その上には膜を張るように透明なしゃぼん玉のようなものに覆われていました。
リクが近づくと、その『籠』は、シャボン玉の部分が某アニメの猫の乗り物が入り口を広げるように、みょんという可愛らしい音と共にしゃぼんの部分が広がります。
元々るうがいた世界よりも、こういう技術は進んでいるのかもしれませんが、それは科学によるものなのか、魔法的な部分なのかは、今のるうには分かりませんでした。
口が開いたままのるうを面白そうに見ていたリクは、その入り口から入ると柔らかそうなソファーのような椅子に腰を沈ませて座り、操縦席?にいる前に座っている騎士に声をかけると、滑るように動き出します。
リクの膝の上から、ハイハイでもするかのようにソファーに移動したるうは、そのしゃぼんに興味を惹かれました。
「さわっても、われない、ですか?」
「ん?ああ。るうの力なら全力で殴っても割れないと思うぞ。」
その言葉を聞いてほっとしたるうは、透明で艶のあるしゃぼんを指で恐る恐るつついてみましたが、ぽよんと弾力のあるしゃぼんは柔らかいのに割れる気配はありませんでした。
飽きずにぽよぽよと弾力を楽しんでいるるうの後頭部をリクは面白そうに観察していましたが、ふとるうがこちらに振り返って、大きな零れそうな瞳でリクを見上げると、コテリと首を傾げます。
「どうした?飽きたのか?」
「のりもの、ばしゃだと、おもって、ました。」
るうの言葉にリクはぱちぱちと瞬くと、ふっと口元を緩めて納得しました。
「馬はいる。騎士は大体馬を使うが、るうはルナーだろう?怪我をするかもしれない不確かなものに乗せられない。国の王族や上流の貴族は、ほとんどは籠を使うな。馬車などの移動手段は中級、下級貴族や、平民などがよく使う。」
「わたし、きぞく、ちがうです、よ?」
今度はるうが、パチパチと瞬きをして、コテリと首を傾げますが、リクはるうの小さな頭を撫でながら言います。
「ルナーというのは、王族と同等、否、それ以上の地位を持っている。つまりるうは神の娘、誰にも頭を下げることはないし、この世界で神の次に偉いということだ。」
「ええ・・・。」
るうは自分の存在がまさかそんなにも大きいものだと思っていませんでしたから、るうの口から出たのは情けない声でした。
「今までのルナーで意思疎通が出来た者は、遺された書にも大昔にいたとされているだけだが、本来ならルナーは神に近い存在として王の上に立てる立場だからな。そう身構えなくていい。るうは普通に、好きなことをすればいいんだ。」
「す、すきなこと・・・、ですか?」
るうは、この世界での自分の存在する意味を、リクの言葉から探し出そうとしましたが、ただ幸せに生きることでは納得したくないという、もやもやした気持ちが残ったのでした。