毛皮の危機。
食堂を後にしたリクとカイ、そしてリクにだっこされているるうですが、どこに行きたいかと問われたるうが1番最初に思いついたのは、医務室で出会った心優しい大きな灰銀色の狼族、ジルのことでした。
確か2番隊の隊長だと言っていたと思い出したるうがお願いして連れてきてもらったのは、2番隊の訓練所です。
もう平気だとおろしてもらおうとしたるうでしたが、ここはるうより遥かに大きな人たちが動き回る場所だから危ないと言われておろしてもらえませんでした。
周りをキョロキョロと観察してみると、騎士たちが朝の鍛錬に取り組んでいたり、タオルを首からかけ、汗を拭きながら話していたり、まだ入って間もないのだろう、ぐったりと壁に背を預けて座り込み、息を整えている騎士もいます。
るうはそんなちらほら見える騎士たちの姿を見て、目的の人物を探してみたのですが見当たりませんでした。
いないなぁと思ってもう一度訓練場に視線を向けたとき、頭にタオルを被せガシガシと乱暴に拭きながら奥の扉から出てきた人物に、るうははちみつ色の瞳を輝かせました。
るうの嬉しそうな視線に気づいてタオルの隙間から顔を上げ、るうたちの方へ視線を向けたのはジルでしたが、るうの、いえ、正確にはるうの傍に立つカイと、るうをだっこしているリクに気づくと、ギクリとした表情になりました。
今出てきた扉にクルリと体を戻そうとしたジルは、『どこに行くんです?』と冷たい声が近くで聞こえたことに飛び上がります。
「な、な、な・・・。なんで副団長と1番隊の隊長がここにいるんだ・・・ですかっ!?」
「さあ?私たちもさっぱりです。るうの行きたいところに来たはずなのですが、どうしてここにたどり着いてしまったのでしょう?ねぇ?」
カイはにこやかに会話を続けましたが、その瞳は決して笑っていないのだとジルは気づいていました。
シャワーを浴びてすっきりしたはずなのに、冷たい汗が背中を流れていった気がしました。
ですが、そんな空気などまったく分からない小さな声の主が、ジルに声をかけることで、この場の冷たい雰囲気が和んで生きます。
「じる、さん。」
「え?ああ、嬢ちゃん。・・・じゃなかった。ルナー様。で、いいんだよな?・・・じゃなくて、いいんですよね?」
『嬢ちゃん』と呼んだことでカイの冷たい視線を受けて、『ルナー様』と呼び変え、『いいんだよな』という言葉にリクの眉間の皺が増えたことで敬語になってしまったジルでしたが・・・。
『ルナー様』と呼ばれたるうが、少し驚いた顔をした後、悲しそうな表情になったのを見逃さなかったジルは、どうすりゃええねん的な気持ちになって頭を抱えたくなりました。
ですが、しゅんとしてしまったるうに気づいたカイは、浅いため息をついた後、諦めたように言います。
「るうがそう望んでいるんです。好きにお話なさい。」
「へ?は、はあ。じゃあ・・・。まあ、なんだ。る、るう。でいいんだな?」
「っ!は、はい。ありがとう、ですっ。」
何度もコクコクと頷いて、華が咲いたようにふわりと笑顔になったるうに、ジルはうろたえながらも和みました。
「しかし、どうしてるうは、ジルをそんなに気に入ったのです?こんな野性味溢れる野蛮な男がいいだなんて・・・。」
「う・・・。カイ隊長、何気にひどくないですか・・・?」
「まあ、確かに。だが野性味溢れる男がいいなら俺も負けてないと思うのだがな。」
「ふ、副団長までそんな・・・。」
リクとカイにチクリチクリと責められて、ジルはピクピクと動いていた耳が情けなくへにゃりと寝てしまいます。
「ふあふあ。じるさん。ぽかぽか、です。」
えへへと笑ったるうに、へにゃりとした耳はぴんと立ち上がり、ジルは目を見開いてしまいますが、リクとカイは眉を寄せました。
「るうは、ジルのふわふわの毛皮が好きなんですか?」
「毛がないとやはりだめなのか・・・。いっそのこと、ジルの毛皮を剥ぎ取ってやっても構わないが・・・。」
「っ!!??勘弁してくれっっっ!」
ジルが青くなったり赤くなったり忙しくしている様子を、るうはコテリと首を傾げて不思議に思うしかできないのでした。




