期待に満ちた眼差し。
数分前まで大爆笑していたアルは、今度はふるふると震えて引き攣る腹筋の痛みと、更なる笑いの波に耐えていました。
その原因は・・・。
ぴくり・・・。
なでなで。
ぴくぴく。
なでなで。
「あー・・・。嬢ちゃんや。そろそろ俺の耳に触るのに飽きてくれないか?」
「じるさん。おみみ、ふあふあぁ。」
「ぷ・・・はっ。と、とうぶ、ん。飽きなさそうですね・・・ふふふ。」
るうはジルが犬だと思っていたわけですが、狼族だと説明されて更に嬉しくなったのです。
るうは前世の記憶として、しっかりと日本人だった自分のことを覚えているので、狼をかっこいいとか、可愛いと思っていても、テレビでしか見たことありませんでした。
ましてや触れば噛み付かれてしまうだろうということを一般常識として知っていたため、意思疎通が出来て、更に触っても噛まれないということにテンションが上がってしまったのでしょう。
思わずといった感じで伸ばされたるうの小さな手に、ジルは反応出来なくもなかったのですが、るうを自分の腕に抱いているという今の状態で早い動きをすれば、るうが驚いてしまうかもしれないと思い、大人しくその小さな手の餌食となることを選んだのです。
そして冒頭のぴくぴくなでなでに戻るわけですが・・・。
るうは不思議に思っていました。
ただの動物ではなく獣人で、しっぽがあるのはまだ確認出来ていないのですが、耳さえなければ見た目はただの大きな人間です。
「ある、さん。なんとか、ぞくのひとたち、どうぶつ、なれる、ですか?」
「え?ああ。るうは知らなかったんですね。ええ、なれますよ。僕は兎に、ジルくんは狼に。獣人である僕たちは、獣の姿と人の姿、どちらにもなれます。まあ、成人するまではその間の姿にしかなれません。」
アルの言葉を聞いたるうは、更に瞳を輝かせました。
それに気づいたアルは、苦笑いをした後、ジルに視線を向けたのですが、ジルは混乱した顔で考えている様子でした。
この世界に生まれた時点で、誰でも本能として、誰からも教わることなくそれを理解出来ている一般常識をるうが知らなかったことにジルは混乱しています。
「ジルくん。るうに見せてあげてはいかがです?」
「は・・・?アルが見せてやればいいだろう?」
ジルがすぐに首を振ると、アルはまたもやにっこりと笑顔になってワゴンの上に並んでいる救急セットに視線を落としました。
「僕はるうの足の怪我を治療しなければいけないのですが・・・。」
そう言ってピンセットと消毒薬らしき瓶を手に取って振り向いてから、ジルにもう1度視線を向けたアルは、更に笑顔で言いました。
「ジル。るうを見てみなさい。」
アルの言葉にジルは腕の中のるうに視線を落とすと、少し動揺しました。
ジルの腕の中で先ほどまで嬉しそうににこにこしていたるうは、今はアルの持っているピンセットと消毒薬の瓶に釘付けになっていて体もぴしりと固まって、ジルの胸元の服をその小さな手できゅっと握っています。
「るうは医者で治療や診察をされるのが大嫌いなんですよ。ですが、僕はるうの足を治療しなければいけません。となれば、幼い子が治療される時、1番効果的なあやし方は?」
「・・・あー。要するに、俺が狼の姿で嬢ちゃんの気を反らせろと・・・?」
ジルはにこにこと笑顔のアルに、諦めたように脱力しました。
「はい。ジルくん。ご名答ー。ばい菌が入るといけませんからね。とっとと変身しちゃってくださいね。」
「はぁ・・・。はいはい。分かったよ。あー・・・もう。」
ジルは浅くため息をつくと、ベッド上に腰をかけ、るうを膝の上に乗せると、あっという間に狼の姿になりました。
るうは突然支えられていた腕がなくなったことで、後ろに転がりそうになったのですが、そうはならずに『ぽふん』と少し硬くて滑らかな毛皮にダイブしたのです。
毛皮に埋もれながらるうが顔を上げると、そこには大きな大きなグレイの毛皮に胸からお腹までが真っ白の狼がベッドに寝そべっていました。
るうは思わずその2.5mはありそうな大きな狼のふわふわの真っ白なお腹へとダイブしたのでした。
ふあふあ狼のおなかっ。
飛び込みたいです(笑




