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1991バビロンの砂嵐  作者: F.Y
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注文の品

 1990年 12月10日 1121時 サウジアラビア 砂漠


 とにかく、することが限られている。グリーンベレーや海兵隊強襲偵察隊(フォースリーコン)の連中は、すでにクウェート領内に入り込み、偵察任務に付いているようだ。だが、機甲部隊と砲兵部隊はただひたすら訓練と、それがない状態ではひたすら砂漠の基地で暇を潰すしかなかった。ただ、自分たちの出番となった時に、暴れる準備だけは怠らなかった。砲弾を撃つ訓練、戦術的な動きを確認する訓練、戦車が破壊された時に、下車して戦闘をする訓練。だが、そのおかげで更に綿密な作戦を立てることができた。


 訓練が終わった後の夕食時に見るCNNの内容は、いつもと全く変わらない。クウェートのゴタゴタばかりだ。だが、他の場所でも厄介事も起きているようだ。ルーマニアでは民衆が蜂起し、ガタついたチャウシェスク政権が崩壊したようだ。暴虐の限りを尽くした独裁者はソ連にも見限られており、遂に逃亡したようだ。ユーゴスラビアでは独立運動が激化し、小さな民族組織が散発的に交戦しているようだ。いよいよ本格的な内戦になるのではないかと報道されている。中東の厄介事が片付いたとしても、今度はヨーロッパのようだ。NATOは失業せずに済みそうだが、それはそれで頭が痛い。

 去年は中国で民主化運動を抑えこむために、人民解放軍が戦車で一般市民を轢き潰して殺傷している。ヤルタ会談の後、世界は段々変わりつつあるようだ。ソ連の方も急速な改革によって、国内が段々、混沌としてきているらしい。だが、ソ連は今でも強い国力がある。そこまで大きな混乱はしないはずだ、とクロードは考えた。1年後、それは大きな間違いであったと彼は気づくのだが。


 1990年 12月10日 1834時 サウジアラビア プリンス・スルタン空軍基地


 夕食を終え、夜間の当直に付かない兵士たちは皆思い思いに時間を過ごしていた。テレビやラジオで情報を仕入れる者、家族に手紙を書く者、読書に勤しむ者。

 クロードは"チーム・コブラ"の隊員がいるテントを見た回った。古参のショーン・バラックス兵曹長とエメット・ハーレー軍曹は相変わらずチェス・ボードを挟んで座っている。サウジにやってきて、この二人は一体何試合したのだろうか?隣のテントではルイス・フィッツジェラルド伍長以下6人のチームメンバーがカードをやっている。今日はビル・ストーン上等兵が一人勝ちしているようだ。

「おい、今日はやけにツイているな。帰ったら一杯奢ってもらわんとな」

「今、ツキを使い果たしたらマズイぞ。そのツキは敵の弾が当たらない事にとっておけ」

 仲間たちが大きな笑い声でストーンを冷やかす。だが、その時間が最も重要だとクロードは考えた。死の恐怖をほんの僅かな時間であれ忘れさせる、リラックスした時間が。こうして明るく振舞っているが、部下たちは死ぬほど恐ろしいと感じているはずだ。

 相手は現在のところ、世界第4位の機甲戦力を持った国だ。しかも、相手はあのT-72ときている。いくら最新鋭とは言え、M1A1で勝てるという保証はどこにもない。更に恐ろしいのは誤爆、友軍狙撃。エイブラムズやブラッドレーの天井には、一応、IFFも搭載されているが、それでも同士討ちを防げる保証はどこにもない。実際、中東戦争でイスラエル軍は何度か誤爆を経験している。上空のA-10やF-16から見たら、戦車なんてどれも同じに見えるだろう。やがて、クロードの頭にある考えが浮かび、補給科の窓口へ向かった。


「えっ?そんなもの必要ですか?ここに来て色々な注文を受けましたが、これが欲しいと言ったのはあなたが初めてですよ、大尉」

 補給科の軍曹は注文書を見て面食らった。何だってこんなものが必要なんだ?

「とにかく必要なんだ。こいつを33枚、大至急だ。出来る限り大きい物を頼む。それから、他の部隊の連中にも買うように薦めてくれ」

「一体、何に使うんです?」

「味方に殺されないためだよ。追加のIFFみたいなものだよ」

「上官の指示ですし、禁止されているものでは無いので要望は通るかと思いますが・・・・・」

「まあ、よろしく頼むよ」

 軍曹は注文書を見た。そこには『手に入る中で一番大きな星条旗 33枚 届け先 サウジアラビア プリンススルタン空軍基地 第134戦車大隊第1小隊 オースティン・クロード大尉』と書かれてあった。


 夕暮れの滑走路にC-5A輸送機が8機、連続して着陸した。この巨大な輸送機には約120トンもの貨物を搭載できるため、M1A1を1両乗せてもまだたくさんの荷物を積み込むことができる。中から出てきたのは梱包されたM829装弾筒翼付安定徹甲弾(APSFDS)やM830対戦車榴弾(HEAT)だ。さらに35mmのM791/M792機関砲弾やBGM-71"TOW"のチューブ、155mm砲弾のM107、M26ロケット弾が梱包されたキャニスターも降ろされて、大きく赤文字で『危険:弾薬庫 火気厳禁』と扉に描かれた建物へと運ばれていった。


 中東に部隊を派遣している軍の本国の補給科の兵士たちは、サウジアラビアに展開している部隊からの注文にてんてこ舞いだった。兵装を生産している会社の工場は軍からの大量発注でフル稼働の状態になり、生産ラインから次々と砲弾、ロケット弾、ミサイルが出荷された。兵器メーカーは戦争特需とも言える状態となり、開戦すればもっと自分たちに金が転がり込んでくると期待していた。昔から、武器屋とは儲かる商売と決まっている。


 1990年 12月14日 0933時 サウジアラビア プリンス・スルタン空軍基地


 大きな星条旗が33枚、ダンボールに積み込まれて第134戦車大隊第1小隊隊長、オースティン・クロード大尉宛に届いた。やがて、この事を『部隊の士気高揚のため』と捉えた他の小隊も次々と大量の星条旗を発注した。しかし、このような行動に及んだクロード大尉の本当の意図を理解している兵士はいなかった。

 今回のクロード大尉の行動の意味、勘のよろしい方ならきっとわかると思います。 

 因みに、湾岸戦争でこのような事をした機甲部隊/機械化歩兵部隊がいたという話は知りませんが、アフガニスタンやイラクでピックアップトラック等で行動していた特殊部隊の隊員は同じようなことをしていたようです。

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