攻撃準備
1990年 12月7日 0731時 サウジアラビア プリンス・スルタン空軍基地
M1A1とM2A3が巨大なトレーラーに乗せられていく。このトレーラーはM1070と呼ばれる巨大な運搬車だ。M1A1やM2の輸送用に開発されたもので、これと同じものが何十両も並んでいる。これから地上部隊を前線であるキング・ハリド軍事都市へと輸送するのだ。戦車が自走しないのかと思う人間もいるが、戦車は燃費が非常に悪く、長距離移動に向いていないのでこうしたトレーラーで移動させるのだ。護衛にはM2重機関銃やMk19自動擲弾銃を装着したHMMWV数台が護衛し、更に上空からはAH-64Aアパッチが援護する。攻撃されることは無いだろうが、戦地の近くまで輸送するため、万が一の事を考えてのことだった。これから前線近くまで運ばれるのはM60A3、M1A1、M2A3、M109、M270といった戦闘車両や弾薬だ。
基地のヘリパッドでは、6機のCH-47Dチヌークがすでにローターを回して待機していた。人員はキング・ハリドまではヘリで移動する。今回は第134戦車大隊から第1小隊と第4小隊、第75レンジャー連隊から第3、第4、第5小隊、第82空挺師団から第7中隊とかなりの人数を移動させる。
基地から出て行った装備もあるが、逆に基地に搬入されたものもあった。4つの細長いコンテナを束ねたようなものを載せたトレーラーだ。その正体はMIM-104パトリオット・ミサイルだ。これは改良型のPAC-2型と呼ばれるもので、イラクのスカッドミサイルを迎撃するために用意されたものだ。実戦投入は今回が初めてだが、開発者は迎撃率は90%以上だと豪語していた。
1990年 12月7日 0531時 イギリス レイクンヒース空軍基地
F-15CやF-15D、F-15Eといった戦闘機がサウジアラビアへ向けて飛び立った。これらの飛行機は地中海でKC-135と合流し、イスラエル上空を通って最終目的地であるサウジアラビアへと向かって行った。
イスラエル空軍のF-15はシリア軍のミグを撃墜した経歴があるが、米軍のイーグルはまだ戦果を上げたことがない上に、これが初陣であった。
1990年 12月7日 0603時 ドイツ シュパングダーレム基地
ここから飛び立ったのはF-16とA-10だ。これらの飛行機は主に対地攻撃を担うことになる。F-16は最近配備されたばかりのF-16CG-40/42と呼ばれるタイプで、初期のF-16A-5と比べて夜間対地攻撃能力を向上させ、コックピットは暗視ゴーグル対応型となっている。この小型、軽量、超音速の戦闘攻撃機はすでに改良型の生産も開始されていて、間違いなくこれからの米空軍の戦力の一端となっていく飛行機だ。
一方、A-10サンダーボルトⅡ攻撃機はシャープなF-16のデザインとは一線を画し、無骨で重く、ゴツゴツしており音速には程遠い速度で飛ぶ。A-10のパイロットは、クウェートでの戦争が終われば、自分たちはお役御免になるだろうと考えていた。だが、陸軍部隊が自分たちの援護を要請していて尚且つ司令部の命令となれば、いつでも出撃出来る体制を整えていた。
「まさか、我々にお呼びがかかるだなんて思っておいませんでしたよ。対地攻撃は我々の専売特許ですが、F/A-18やF-16で十分なんじゃないですかね?」
A-10のパイロットである軍曹は編隊長の中尉に話しかける。
「陸軍からのリクエストだ。連中はアパッチを持っているが、それでは不安だそうだ。まあ、ウォートホッグの部隊が解散するのも、そう遠くないらしい。まあ、最後の大仕事だ。がんばろうや」
1990年 12月7日 0814時 ペルシャ湾 空母セオドア・ルーズヴェルト艦上
甲高い音を立てて巨大で不格好な飛行機が空母に"着陸"した。飛行機は大きく翼を広げ、胴体の下にあるフックを空母の甲板に張られたワイヤーに引っ掛けて無理やり停止させた。
このF-14A戦闘機は大きな空対空ミサイルを6発も搭載し、さらに予備の燃料タンクを2本もエアインテイクの下にぶら下げている。F-14の役目は今のところ、空母に接近してくるイラクまたはイラン空軍の攻撃機の迎撃だ。
今のところ、毎日2つの艦上戦闘飛行隊と艦上戦闘攻撃飛行隊がそれぞれF-14トムキャットとF/A-18ホーネットに空対空ミサイルを搭載して、昼夜を問わず交代で空中哨戒に上がっている。しかし、いざ開戦となった場合は、F/A-18ともう一つの攻撃機であるA-6は爆弾を満載してイラク領内を爆撃し、F-14が迎撃に上がるだろう。現在は、空からの差し迫った脅威は無く、時折、イラン空軍のP-3Aが接近してきてF-14に追い返される程度だ。だが、もっと危険なものが海の下に潜んでいるのだ。
長い翼の下に大きなエンジンとMk46魚雷、AGM-84ハープーン対艦ミサイルをぶら下げた飛行機がカタパルトの方へと向かった。この飛行機はジェットエンジンを搭載したコミューター機のような見た目で、戦闘機と比べると重く、遅く、不格好だ。だが、このS-3Bヴァイキングは空母の天敵である潜水艦を撃破するという重要な役目を担っている。
S-3Bは黄色いジャージを来た誘導員の指示でカタパルトに乗ると、エンジンを全開にした。やがて、甲板の下の"バブル・ウィンドウ"にいるカタパルト・オフィサーの指示により、ヴァイキングは空へと飛び出した。カタパルトの力により、ほんの2、3秒で速度ゼロから時速190kmまで加速して一気に飛び出す。ヴァイキングはこれから潜水艦を警戒するために、約2時間のフライトを行うのだ。潜水艦は空母だけでなく、ヨーロッパや日本にカタールやサウジアラビアから石油を運ぶタンカーを狙う恐れがあった。よって、この任務は非常に重要である。
更に、ヴァイキングには機雷敷設艦の監視という役目も任されていた。ペルシャ湾は狭く、機雷を敷設すれば簡単に閉鎖することができる。そうなってしまうと、アメリカやイギリスの艦艇部隊だけでなく、そこを通る商船にも長期に亘って大きな打撃を与えることになる。それは長期的なものであるため、機雷の敷設防止は非常に重要であった。そして、機雷の敷設が確認された場合は強襲揚陸艦トリポリに搭載されているMH-53Eが掃海を行うことになっている。
政治家たちがテーブルの上で争っている間、各国の兵士たちは着々と戦争開始へ向けた準備を行っていた。しかし、政治家がゴーサインを出さなければ、どんな準備を完璧にしていようが、ただ待たされるだけになっていしまっている。やがて、飛行訓練や偵察任務を行うパイロットは仕事があったが、それすら無い地上部隊の兵士たちはやがて手持ち部沙汰となっていった。