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1991バビロンの砂嵐  作者: F.Y
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中東の風

 1990年 11月30日 2345時 イラク バグダッド


 深夜の大統領宮殿に怒号が響き渡った。イラク共和国大統領は激怒した。

「ふざけやがって!アメリカはおろか、ソ連もシオニストの味方をするだと!あの裏切り者め!クウェートの侵攻に口を出さんと言ったのはアメリカの方ではないか!それを、土壇場で覆すとは何事だ!戦争をするなら受けて立つ!おい!軍の司令官を呼べ!」

 激怒した大統領は何をしでかすかわからない、危険な状態だった。秘書は恐れおののいた様子で司令官を呼びに退室した。数分後、軍司令官が入室したが、激怒する大統領を見て、たじろいだ。何かまずいことになったに違いない。自分か、それとも部下か。何か気に触るような事でもしたのだろうか。大統領が激高して、拳銃で人を突然撃ち殺す光景は宮殿の中で何度も見ている。

「な・・・・何でしょうか大統領・・・」彼は小さな震え声で訊ねた。

「いいか、絶対にシオニストの軍隊をクウェートとイラクに入れるんじゃないぞ!いいな!それから、市民の中から若者たちを徴用しろ!祖国をシオニストから守るのだと!夜が明け次第、すぐにだ!」


 翌日、イラク全土の小さな村から首都バグダッドの至るところで徴兵ポスターが掲示された。イラク国民の17歳以上の男性は徴兵対象となり、徴兵センターには人が溢れた。


1990年 12月1日 0513時 サウジアラビア プリンス・スルタン基地


 C-130H輸送機が滑走路にドシンという音を立てて着陸した。大きな灰色の輸送機は滑走路からマーシャラーの誘導でエプロンへタキシングして行き、管制塔が指定したスポットに駐機した。中からは主に工兵部隊用のグレーダー、ブルドーザー、ショベルカー等の様々な機材が出てきた。まだ辺りは真っ暗だというのに、もう数十名の多国籍軍の兵士が作業をしている。F-15やF-16、トーネードといった戦闘機が並び、パトリオットミサイルやゲパルト自走対空砲といった地対空兵器が防空用に24時間体制で稼働している。

 次に着陸したのはC-9Bだ。この海軍の輸送機は、見た目は旅客機だが、れっきとした軍用機だ。中から降りてきたのは、陸軍の兵士たちで、第101空挺師団第4中隊、第134戦車大隊第1小隊、第178砲兵中隊第6及び第9小隊の面々だった。


 オースティン・クロードはタラップの架けられたドアが空いた途端、砂漠の乾燥した熱気を感じた。すでに多国籍軍の大半は展開済みのようで、アメリカの他、フランス、ヨルダン、イギリス、イタリア、サウジアラビア、トルコといった様々な国の軍人を見かけた。彼は副官のパワーズ中尉に付いて来るよう言い、他の部下たちには宿舎で待機するように指示した。まだ空は暗く、日が昇るにはまだ時間がかかりそうだ。だが、ピーター・シメオン大佐は起きているはずだ。昔から、そういう人間のはずだ。


 クロードは司令部の一室のドアをノックした。すると、「入れ」と、10年前と変わらないしわがれ声が聞こえた。

「第134戦車大隊第1小隊隊長オースティン・クロード大尉及びゴードン・パワーズ中尉。本日付けで出頭致しました」

二人は鯱張った態度で敬礼した。

「おいおい。10年ぶりとは言え、そんなに固くならんでもいいだろう。座ってくれ。それから、コーヒーは飲むかね?朝飯は食ったか?」

シメオンはクロードが士官学校を出た後に入学した、戦車部隊訓練センターの教官だった。当時は少佐で、主に戦術面での授業を受け持っていた。

「先程、到着しました。機内では、夜食は出ましたが・・・・」

「じゃあ、手短に済まそう。部下たちは元気か?」

「ええ。我々に一つだけ問題があるとしたら、経験です。訓練センターの外で撃った試しが無いものでして・・・・・」

「『撃ちあう』だな。正確には。だが、M1A1とM60は全く違うものだ。俺もエイブラムズの中を見たが、まるでちんぷんかんぷんだ。あれは何だ・・・ええーと、日本人の子供が大好きな・・・」

「テレビゲームですか?」

「そう!それだ!まるで、テレビゲームそのものだったよ。中はモニターだらけで、いまいちよくわからん。それから、あのブラッドレー。何だって装甲車をアレまで重武装にしたのかがわからん。大尉、君はどう考えているのかね?」

「部下たちは、ヤキマのトレーニングセンターでは満足行く成績を残しました。教官の中佐も褒めてくれましたよ」

クロードが答える。

「だがな、クロード大尉。実戦と訓練はまるで違う。訓練では冷静でいられても、実戦になると必ず、誰もが混乱する。それがベトナムだった。しかも、これほどまでに戦車を投入する作戦は、陸軍にとっては第二次世界大戦以来だ。ジョージ・パットンとオットー・カリウスが戦っていた時以来の」

「ええ。それに、問題も幾つかあります。T-62までなら、我々の新型徹甲弾の発射実験で貫通し、破壊できることは証明済みですが、T-72となると全くわかりません。M2ブラッドレーのTOWが通用しないかもしれないですし、そうなると空軍に頼らざるを得ない状況になります」

「そうなったらお手上げだな。まあ、最初は空爆から始めることになっている。空軍がどれだけ敵を減らしてくれるかが問題だな。それはそうと、陸軍特殊部隊(グリーンベレー)海軍特殊部隊(ネイヴィーシールズ)英国陸軍特殊部隊(SAS)がすでにクウェートとイラクの領内に潜入しているそうだ。空爆目標を探しているらしい」

「彼らなら、うまくやってくれるでしょう。そういった能力は我々とは桁違いです」

「ヴェトナムでは、奴等に会う機会は無かったが、あまり良い噂を聞かなかったがな」

「それは海兵隊の方ですよ。評判が悪かったのは」

「だと良いのだが。さて、部下たちも待っているだろう。隊長抜きで飯を食べるだなんてできないからな。あまり待たせると、良い印象を与えないぞ。さあ、行ってこい」

クロードは敬礼すると、司令官室から食堂へと向かった。


1990年 12月1日 0557時 サウジアラビア プリンス・スルタン空軍基地


 クロードとパワーズが食堂に着くと、奥の長いテーブルに自分の部下たちが着席しているのを確認した。

「いやいや、申し訳ない。待たせてしまったな。さあ、好きなものを取りに行ってくれ」

腹を空かせた隊員たちは一斉に立ち上がり、料理を取りに向かった。"チーム・コブラ"の隊員は大食漢が多く、用意された食べ物はあっという間に無くなる。やがて、隊員たちは自分の食べ物を皿に盛って席に着くなりボスに話しかけた。

「どうでした?状況は?」

最初に口を開いたのはアダム・ウェネガー上等兵だ。彼はM2A3ブラッドレーに乗る機械化歩兵隊員で、M47ドラゴン対戦車ミサイル射手だ。

「あまりよろしくないようだ。イラクは強硬姿勢を崩していない。まーあ、我々にそれはあまり関係ないがな。むしろ、心配しなきゃならんのはT-72の方だ。アレは全くデータがないから・・・・」

「いざとなりゃ、ブラッドレーのTOWがありますよ。それに期限までは1ヶ月半ありますよね?その間、我々は何をするのですか?」

マシュー・アンダーソン中尉も会話に加わる。

「ひたすら、作戦立案と訓練、だな。飯を食ったら、今日と明日は一日中机上演習をやる。まだ玩具が届いていないからな。明後日には届く予定だから、実射をしない訓練をする。実射訓練はまだ未定だが近いうちに始めるだろう」

「了解です。いつに成るかはわかりませんが、奴等のケツを蹴っ飛ばす準備をしておきましょう!」

アンダーソンはフォークを分厚いステーキに突き刺して意気込んだ。

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