国境へ その1
1991年 2月27日 0421時 イラク 砂漠
また天候が悪くなってきた。雲が空を覆い、霧雨がうっすらと降る。再び進撃速度を遅めた各戦車隊は、水分を含んで粘着する砂でできた地面をキャタピラで踏み固めながら進む。第3機甲師団がタワカルナ師団をほぼ壊滅させたとの情報が入った。もうすぐタワカルナ師団の支配地域を抜け、クウェート国境に差し掛かる。だが、その前には共和国防衛隊メディナ師団が立ちふさがっている。タワカルナ師団の主力と交戦しているのは第3機甲師団のようだ。相変わらず燃料や弾薬、その他物資は不足していて、補給待ちをせざるを得ない状況だ。その間にも、イラク軍はどんどん後方へと下がって行っているようだ。だが、クウェート領内に留まっているイラク軍部隊がいる限りは戦って追い出さなければならない。
2時間前から休息を取っていた"チーム・コブラ"が戦車のエンジンに火を入れた。だが、戦うべきイラク軍はまだ見えない。クウェート南部と中部はすでにイラク軍の支配からほぼ解放されており、海兵隊がクウェートシティに突入した時は大歓迎されたそうだ。だが、北部と国境付近には未だに多くのイラク軍部隊が残っている。まずは、こいつらを追い出すか撃滅しなければならない。そうしなければ、イラクは再びクウェートを手に入れようとするだろう。
「こちらコブラ1、これより進軍を再開する。全車両、状況を報告せよ」
クロードがガタガタと騒がしい戦車の車内からインカムで言う。やがて、全ての車両の仲間たちから出撃準備完了の報告が来た。
「了解、チーム・コブラ、進軍開始!」
7両の戦車と4両のブラッドレーが重たい音を立てて、再び狩りに出かけた。戦車狩りに。しかし、彼らがこれを楽しむことができたのは今日までだった。
1991年 2月27日 0511時 イラク 砂漠
何もない、広大な砂漠が広がっているだけだった。しかし、砂の上にキャタピラとタイヤの跡があった。どうやらここに展開していたイラク軍が撤退した後らしい。薄暗い空が広がっているだけで、戦うべき敵は見当たらない。クロードはキューポラから身を乗り出し、自分の目で周りを確かめることにした。予定では、そろそろメディナ師団の支配地域に突入する頃である。雨は上がっていたものの、またもや風が強くなってきた。また砂嵐だな、とクロードは思った。クウェートまであと少し。恐らく、今日明日中には到達するだろう。そうなれば、前方にいるイラク軍部隊を撃滅さえすれば、クウェートは解放できるだろう。どこまでイラク軍が抵抗するかが見ものだ。このまま突っ込めば、明日中にはクウェート国境に突入できる。あとは、前方に残ったイラク軍を撃滅するか、あるいは降伏させれば良いだけだ。すでに第1機械化歩兵連隊が、先程突破してきたタワカルナ師団の掃討作戦を展開しているらしい。
「空が随分静かですね。もう、戦闘機を殆ど飛ばす必要が無いのでしょうか?」
オットー・バーキン上等兵がボソリと言った。確かに、飛行機が飛んでいない。ここ数時間で見かけた航空機といえば、輸送のために飛ぶチヌークやブラックホークと、近接航空支援に向かうアパッチやコブラ、ハリアーくらいのものだ。クウェート国境に近くなるにつれてイラク軍の戦闘機は完全に排除されているようで、もう制空権はこっちの物のようだ。だが、目の前にはまだ敵がいる。メディナ師団はイラクの機械化師団で、戦車、装甲車、自走砲等で構成されている精鋭部隊だ。この部隊がイラク軍前線部隊のクウェートからの撤退を援護しているらしい。おまけに、残っているのはこの内の1個旅団に過ぎず、主力は撤退してしまっているとの情報もある。
「敵です。BTRが3両、BMPが4両」
先行していた"パイソン1"のマシュー・アンダーソン中尉が報告した。
「全車両、射撃自由。撃て!」




