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1991バビロンの砂嵐  作者: F.Y
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73イースティングの戦い その6

 1991年 2月26日 1604時 イラク 砂漠


 イラク軍は大勢この地点に兵力を置いていたらしい。撃っても撃ってもまだ敵戦車が現れる。パワーズ中尉は空からの支援を呼ぶことを提案したが、クロードは敵味方の距離が余りにも近く、誤射される危険性を考えて却下した。おまけに、また天候が徐々に悪化し始めた。このままだと、例えA-10やアパッチが飛んできても、パイロットやガナーは『目視できない』と言って攻撃を諦めるだろう。いちいち後方に下がって補給しては埒が明かないので、タンクローリーや弾薬車は戦車の前進にあわせて前進する。司令部の方も大わらわだった。何せよ"イーグル"、"ゴースト"、"コブラ"の3個戦車中隊、"ウィーゼル"、"モール"の2個機械化歩兵中隊がどんどん追加の燃料と弾薬を要求してくるのだ。


 1991年 2月26日 1621時 サウジアラビア 多国籍軍司令部


「こいつはすごいことになっているな。状況は?」

 司令部の作戦室でテーブルに広げた地図を見ながらピーター・シメオン大佐は副官の大尉に聞いた。

「我々の機甲部隊と機械化歩兵師団、フランス機甲部隊、イギリス機甲部隊が西部から一気にイラク軍を叩いています。サウジアラビア軍とイエメン軍は現在、海兵隊と合流しており、翌朝にはクウェートシティに突入する予定のようです。また、第82空挺師団と第101空挺師団はイラク中部に侵入し、その後ろからフランス陸軍第6軽機甲師団が侵攻しています」

「我々の損耗は?」

「歩兵部隊の隊員3名、第19戦車大隊のM1A1を1両及び乗員4名を誤射で失いました。それからグリーンベレー隊員2名とイギリス陸軍第14軽機甲中隊の6名、サウジアラビア陸軍の第21歩兵大隊から3名です」

「ううむ、総司令官が聞いたらキレるだろうな。奴は自軍の犠牲者が出ることを最も恐れていたからな」

「しかし、我々は皆、わかっているはずです。こういう結果が出るのは。我々全員が、サウジに来た時から覚悟していました」

 お上は兵士が犠牲になることを最も恐れていたのだ。多分、ベトナムの悪夢がまだつきまとっているのだろう。最前線で戦う兵士たちは、いつ撃たれて死ぬか分からないといった状態で恐怖しつつも、ある程度の覚悟はしているはずだった。シメオンは9年前にレバノンで2度も死にかけたため━━━━1度めは砲撃に巻き込まれそうになり、2度めはスナイパーが放った弾丸がギリギリの所で側頭部を掠めて行った━━━━戦場での死の恐怖は未だに身に染みている。

 今、イラクで戦っている部下たちは無事だろうか。だが、今も部下に犠牲が出ているのではないか。そんな考えがシメオンの頭の大部分を支配していた。


 1991年 2月26日 1627時 イラク 砂漠


「敵、12時方向!」

 ローウェルがBMP-1に狙いを定めた。

「撃て!」

 BMPは爆発し、燃える金属の残骸となった。もう、何発撃って何両の戦車を破壊したのかわからなくなった。出撃前の時は若い兵士たちは『どの戦車が一番T-72を破壊したか競争しよう』だとか『1両破壊するごとに戦車や装甲車の絵を自分たちの戦車に描こう』だとか話していたが、皆、そんなことは忘れてしまっていた。戦場では生き残ることが最も重視される。だが、この傾きかけた日差しの中を進んでいた時、それは起こった。

「クロウ02がやられた!砲手死亡!」


 "チーム・コブラ"の東側で進軍していた"チーム・イーグル"のM2ブラッドレーがT-55の100mm砲で撃たれたのだ。砲弾はブラッドレーの砲塔左側を削ぎとった。エイブラムズの分厚く、鋼鉄やチタン、セラミックを何層にも重ねあわせられた装甲板であれば耐えることができたであろう。しかし、ブラッドレーのアルミ合金の薄い装甲板は12.7mm弾に耐えられる程度であり、大口径砲弾の直撃に耐えられるものでは無かった。


 砲弾は運悪く、"クロウ02"の砲手、ジェラルド・クーンツ軍曹が乗っていた場所を直撃した。弾着の直後に車長のロン・キャプラン軍曹が強烈な衝撃を感じてふと、隣の砲主席を見ると、装甲板の一部無くなり、砲手のクーンツ軍曹がいなくなっているではないか!その代わりみたいに、血と肉片が車内に飛び散っている。その直後、500m程先にいたBMPが爆発した。戦車が撃ったらしい。

「クロウ02よりイーグル・リーダーへ!砲手死亡!砲塔大破!」

「こちらイーグル01。クロウ02、状況を」

「砲塔が破壊されました。BMPの砲弾の直撃を喰らい、クーンツ軍曹が死亡しました」


 先ほどまで交信が途絶えなかった無線が静まり返った。自分たちは今まで無敵だった。無敵のはずだった。だが、全員が心のどこかでは思っていた。この戦いの中で、自分が、仲間が、犠牲になるかもしれない、と。軍の交戦法規では報復は禁じられている。だから、あくまでもただの標的として━━━━まだ稼働しているため、自分たちに対する脅威として"クロウ02"を撃ったBMPを"イーグル01"の砲手は撃った。だが、"イーグル01"の砲手に復讐心が無かったかと言われればそれは嘘になった。

「何としてもこの戦いを切り抜け、今残っている全員で生き残ろう」

"チーム・イーグル"のリーダーは全小隊周波数でそう鼓舞した。

後に"クロウ02"のブラッドレーの乗員は前哨基地へと戻され、装甲車は回収された。


 多国籍軍は多くの犠牲者を出したものの、この時点ですほぼ決着は付いていた。だが、まだイラク軍は粘っていた。

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