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1991バビロンの砂嵐  作者: F.Y
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73イースティングの戦い その5

 1991年 2月26日 1546時 イラク 砂漠

 

 どちらも予想だにしていなかった遭遇戦となった。先に反応できたのはアメリカ軍の方だ。"チーム・コブラ"の戦車長たちは一斉に「装填しろ!何でもいい!」と叫んだ。M1A1の砲塔は砲手のハンドルを左右に動かすことによって、電気モーターで回転する。一方、T-72の砲塔は砲手がクランクを手でくるくる回すのに連動して動くので、反応速度はM1A1の方に軍配が上がった。T-72の砲塔は、砲身を敵に向ける前に爆発した。おまけに、センサーの性能でも負けているという状態だ。

 考えている余裕は殆ど無かった。しかし、味方を撃たないように注意する事は皆、怠らなかった。

 銃剣先を揃えた歩兵列線のようにM1A1は正確な行進を開始した。その後ろをM2A3/M3が付いていく。

 「撃て!撃て!」

 砲弾がT-72に命中すると、鋼鉄の破片が飛び散るのが見えた。しかし、長い戦いにより、残弾数が危なくなってきた。

「こちらコブラ5、残弾数11!補給許可願います!」

「コブラ1より、コブラ5へ。補給に下がれ!パイソン1、パイソン2、攻撃に加わってくれ!」


 "コブラ5"のM1A1は砲身を敵に向けたまま後退を開始した。砲弾供給車やタンクローリーは僅か7km後方にまで近づいた場所で待機していた。


「ようし、ようやく出番だ。TOWでやれ!ケネス、外すなよ!」

 マシュー・アンダーソン中尉が叫ぶ。ケネス・タナカ軍曹はペリスコープでT-72の姿を捉えた。今までトラックやタンクローリー等、支援車両ばかり撃っていたので、戦車が余計大きく、強大な存在に見える。

「発射!」

 TOWがブラッドレーの左側に取り付けられた箱型のランチャーから飛び出した。細い誘導用ワイヤーを曳きながら飛翔する。タナカ軍曹はブラッドレーのカメラを覗き込み、手元のリモコンでミサイルを操作した。これは、TOWの最大の欠点であった。ミサイルが命中するまで射手が誘導しなければならないため、その間は車体を動かすことができず、反撃される危険性があるのだ。しかし、そんな心配は杞憂に終わった。ミサイルはT-72に命中し、完璧に役割を果たした。

「もう一丁!くらえ!」

 2発目のミサイルが飛び出した。しかし、突然、ミサイルはコントロールを失い、地面に突っ込んだ。

「なんてこった!おい、どうしたんだ?」

 アンダーソンが叫んだ。

「故障のようです!機関砲でやります!」

タナカが返す。

「いや、下がってミサイルを積み込むんだ!アレとまともに撃ちあっては勝ち目は無い!コブラ7!パイソン2!暫く頼む!」


 "パイソン1"のM2はミサイルを補充するため、一端下がった。弾薬運搬車は僅か4km後方(つまり、戦車の有効射程のギリギリ外側)にまで近づいてきているため、短時間で補給することは可能だ。

「一体、何百両用意しているんだ!これじゃあキリがないですよ!」

 "パイソン2"のブラッドレーの車内でバック・シモンズ軍曹が大声でぼやく。

「いいから撃って撃って撃ちまくれ!」

 ショーン・バラックス兵曹長が命令を出す。

「Fuck`n Son-of-a-bitch(クソッタレのオカマ野郎め)!」

 シモンズは敵車両に狙いを付け、ひたすら撃ち続けた。BMPに穴が空き、BTRが爆発する。今度はT-72に狙いを付け、後退しながら撃った。砲塔に穴が空く。

「やったぞ!効いている!」

 しかし、そこまでだった。戦車の砲身が回転を始め、"パイソン2"の方に向き始める。

「くそっ!」

 シモンズは死を覚悟した。全神経が研ぎ澄まされ、全てのものがスローモーションで見える。真っ黒な砲口が見え始めた。T-72の砲身の中のツルツルした金属の輝きや、穴を開けられて砲塔から飛び散る金属片。更には、ブラッドレーの機関砲から発射される砲弾の1発1発まで見えるかのように彼には感じた。そして、凄まじい爆発音が響いた。


 シモンズは閉じていた目を開けた。そして、自分と仲間がまだ戦車に吹き飛ばされていない事に気づいた。さっきの爆発音がしてから何時間も経ったような気がしたが、実際には5秒と経っていなかった。横を向くと、バラックス兵曹長が玉のような汗をヘルメットからダラダラと流している。ふと、ペリスコープを覗くと、砲塔を吹き飛ばされて黒焦げになったT-72があった。そして、その右側には砲身から煙を上げる味方の戦車があった。

「"コブラ1"より"パイソン2"へ。無事か?」

しかし、誰もが呆然となって返事を返すことができない。

「こちら"コブラ1"。ショーン!バック!大丈夫か!?」

ようやくバラックスは無線機のマイクを手に取ることが出来た。

「こちら"パイソン2"、全員無事です」

割れんばかりの歓声が無線から聞こえた。

「さすがは少尉殿!」

「今日のヒーローはローウェル少尉で決まりです!」

「やったぜ!」

「ヒャッハー!」

「やっぱり俺たちは最強だ!」


 その数秒前のこと。クロードは2100メートル程離れたBMPに目を付け、『HEAT』と命令しようとした。しかし、視界の左端に何かが飛び込んだ。それは、至近距離でT-72を撃つブラッドレーの姿だった。クロードの頭は凄まじい速さで回転した。砲塔を車長用操作ハンドルでT-72の方向に向けて、「セイボー!」と叫んだ。ローウェルはすぐにボスの意図に気づき、T-72に照準をあわせ、バーキン上等兵の「装填完了」の声の0.01秒後に発射ボタンを押したのだ。


 "チーム・コブラ"は進軍を続けた。その後ろには敵車両の残骸と敵兵の死体だけが残される。正に、彼らは死神と化していた。

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