73イースティングの戦い その4
1991年 1月26日 1423時 イラク 砂漠
"チーム・コブラ"の後方70kmから進軍していたアメリカ陸軍第1機械化歩兵師団第135小隊"チーム・シャーク"の部隊は呆然となった。6両のM2ブラッドレーと4両のHMMWV、30名の歩兵からなるこの部隊は全く交戦することが無かった。その代わりみたいに、砲塔が吹き飛んだT-72やまだ炎上しているBMPが擱坐し、黒焦げの死体が転がっているのを見た。先頭を行く軍曹の頭に嫌な予感がよぎった。もしかしたら、M1A1やブラッドレーの残骸を見ることになるのではないか。ところが、友軍の残骸も遺体も全く見かけなかった。
1991年 1月26日 1534時 イラク 砂漠
"チーム・コブラ"はイラク軍の機械化小隊に遭遇した。だが、ブラッドレーが一発撃っただけで降伏し、攻撃をやめた。クロードが双眼鏡で辺りを見渡すと、BTRやBMPが北の方に移動しているのが見えた。一部の部隊は後方まで撤退しているようだ。クロードは捕虜をヘリ部隊に引き渡すと、進軍を再開した。だが、イラク軍の抵抗はまだ終わったわけではない。おまけにまだ砂嵐が酷い。辺りが全く見えない。IRカメラも使いたいが、バッテリーをかなり食らうので、頻繁な使用は避けたかった。だが、そうも行かなかった。目の前で石油が燃やされているらしく、地面で火の手が上がり、真っ黒な油煙が視界を塞いでいる。イラク軍は古タイヤや石油を入れたドラム缶を燃やし、アメリカ軍戦車隊の視界を塞ぐ戦術を取ったようだ。
「奴らめ。やっぱりまた油田に火を付けたな。IRに切り替え」
クロードが指示を出す。すると、黒煙の向こうに戦車のシルエットが見えた。T-72とT-64が待ち伏せしているのだ。
「馬鹿め。赤外線カメラを知らんとは。運が悪かったと思ってあきらめるんだな。やりますか?」
ローウェルはすでに標的を選び出していた。
「セイボー装填準備完了です。いつでも命令をどうぞ」
バーキンは徹甲弾の前3分の1程を薬室に突っ込んでいた。
「コブラ・リーダーより全コブラチームへ。各個、戦車を優先して標的を選び、射撃準備せよ。完了した車両は知らせてくれ」
イラク軍の部隊は装填を完了し、敵の姿を探していた。光学カメラのペリスコープでイラク兵の砲手は外の様子を見ていた。しかし、真っ黒な煙が視界を塞ぎ、何も見えない。どうやら、多国籍軍の戦車隊から自分たちの姿を隠す作戦が裏目に出たらしい。一方で、アメリカ軍の戦車隊は前方赤外線監視装置でどんなに目視での視界が悪くても、敵の姿を捉える。M1A1は射程内に入ると、油煙の中から弾丸を放った。イラク軍の方はというと、そんな事は予想などしていなかったため、味方の戦車が爆発して初めて自分たちが攻撃されていることに気づいた。しかし、アメリカ軍の"トリック"がわかった者はイラク軍部隊には誰一人としていなかった。
「どうだ!ざっまあ見ろってんだ!このままバグダッドに進行して、奴らをボコボコにしてやろうぜ!」
ブラッドレーの中からその様子を見ていたマシュー・アンダーソン中尉は拳を上げて叫んだ。中にいる部下たちは口笛を吹いたり、手を叩いたりしてはやし立てた。だが、年かさのコーベン・マックタイラー軍曹だけは冷静な態度を取り続けていた。
クロードは他の味方の状況を掴もうと、無線機を操作した。
「ゴーストリーダー、ゴーストリーダー。こちら、コブラリーダー。状況を知りたい」
暫くして、返事が返ってきた。
「こちらゴーストリーダー。損耗ゼロ。イラク軍戦車を30両ばかり破壊した。そっちは?」
「了解。こっちも損耗ゼロ。現在地は?」
「74東方線のポイント・チャーリー辺りだ。そっちから見ると、南西方向約40km」
「了解だ。我々は73イースティング。ポイント・デルタだ。誤射に注意する」
「了解、通信終了」
「通信終了」
クロードは無線機を使って、いくつかの味方の中隊の位置を把握し、部下たちに撃ってはいけない方向を知らせ、他の味方部隊に自分たちのいる位置を撃たないように注意した。
「万が一、何かが見えてもすぐに撃たないでくれ。ソ連戦車なのか、M1A1なのかをよーく見極めてから撃つんだ。また天候も悪化している」
しかし、他の部隊ではそうも行かなかった。
1991年 1月26日 1545時 イラク 砂漠
"チーム・コブラ"は10分前に燃料と弾薬の補給を終えた。出撃からかなり時間が経ち、少しずつ日が傾いてきたのが微かにわかる。だが、まだ視界が悪く、FLIR無しでは視界が確保できない。しかし、不意に視界が晴れた。クロードは前方を見てみた。すると、イラク軍の戦車部隊がバンカーを掘って待ち伏せしているではないか。
「全車両へ。敵戦車12時方向。撃破せよ」
戦いの火蓋が切って落とされた。




