73イースティングの戦い その1
この小説最大の山場です。(作者談)
1991年 2月26日 0446時 イラク
未だに天候が回復する気配は無い。おまけに、司令部のアホ共の命令で今までノロノロ侵攻させられているお陰で、敵は防御陣地を整え終えているとの情報も入ってきた。
「くそったれめ。すぐあそこには敵がいるというのに・・・・・」
オットー・バーキン上等兵はガムをクチャクチャさせながら文句を垂れ流した。共和国防衛隊との距離はすでに10kmくらいなのだ。数時間後に遭遇戦になるのは必至である。
「今のうちに朝飯にしよう。準備はできているか?」
マシュー・アンダーソン中尉が食事の準備をしているリチャード・ケッジ軍曹とスタン・カウペンス上等兵の方を見て言った。
「コーヒーは全員分用意できますよ。あとはMREを食べて下さい」
ケッジは熱いコーヒーの入った大きなポットを5つ、固形燃料のストーブから下ろして、そのうちの1つをクロードの戦車の方へ持っていった。
「早くMREからおさらばしたいな。こんなのばかり食べていると、舌がおかしくなりそうだ」
ブラッドレー・マッコイ軍曹は戦車の上で"ビーフシチュー"と書かれたプラスチックバッグにスプーンを突っ込んでいる。
「早く終わらせて、美味いものでも食べに行こう。それに、サウジに戻れれば、多少はマシな飯が食えるさ」
ロバート・クレイトン軍曹もMREを食べている。
「今日はいよいよ撃ち合いかね?」
「だろうな。多分・・・・」
無線機の受話器を耳に当て、何事か聞いていたカート・ビューレン上等兵がいきなり立ち上がって、クロードの方に駆けて行った。それを見ていたクレイトンとマッコイは何事かとビューレンを目で追った。
「大尉!」
ビューレンは戦車の屋根でコーヒーを飲んでいたクロードに大声で話しかけた。
「おお、カート。どうしたんだ?」
「司令部からです!これより共和国防衛隊を見つけ出し、これを殲滅せよ、とのことです!」
「いよいよか。状況は?」
ビューレンは地図を広げた。
「すぐ先に共和国防衛隊タワカルナ師団がいます。我々が戦う事になるのはこいつらでしょう。防御陣地を築いて、我々を待ち受けているようです。戦車をバンカーに埋めているようです」
「ううむ。防御陣地か。T-72は?」
「恐らく、かなりの数かと・・・・」
「参ったな。素早く奴らを見つけてこっちから先手を打つしか無いな」
「しかも、最新情報によるとまた天候が悪くなるそうです」
「参ったね。こいつは素早く奴らを片付けないと」
「それにはこの村を通らないと・・・・多分、歩兵部隊が待ちぶせしていますね」
「だろうな」
「どうします?パイソンを斥候に出しますか?」
「ああ。だが、接敵したらブラッドレーは後ろに。我々は前に出る」
「どういうことです?」
「ブラッドレーは装甲が薄い。万が一、T-72と鉢合わせしたら勝ち目は無い。そこで、戦車を前に出して、ブラッドレーを護衛する。それに、この辺りに向かうのは我々だけじゃない。"チーム・イーグル"と"チーム・ゴースト"も向かっている」
「ほぼ総力戦ですね」
「ああ。おまけにこんな天気じゃ友軍誤射の危険性も高い。で、3小隊とも西から東に向かう方向に攻撃する。つまり、北か南に見える戦車は味方だということだ」
「了解です。ガソリンはどれだけ持ちますかね」
「状況にもよるが、5日間と言ったところだろう。手早く奴らを片付けないとな。弾薬はフル装填だから、全部命中させれば一個中隊くらいは撃破できるだろう」
「この村を超えると、次は谷になっていますね。上り坂の上から奴らを攻撃することになりますね」
「火力に物を言わせて、一気に叩こう。お情けは無用だ」
「了解です。すぐ出発しますか?」
「ああ。準備ができ次第な」
1991年 2月26日 0602時 イラク
M1A1とM2/3のエンジンの音が砂漠に響き渡った。排気口からは真っ黒な煙がモクモクと出てくる。
「こちらコブラ1、出撃準備完了!」
「2、完了です」
「3、いつでも行けます!」
「4、OKです」
「5、準備完了!やっちまいましょう!」
「コブラ6、準備完了!」
「7、出撃命令待機中」
「パイソン1、先導します!」
「2、攻撃準備完了」
「3、全システム正常。行けます!」
「4、システムオールグリーン!」
「全車両出撃!」
鋼鉄でできた怪物の群れが唸りを上げ、前進を開始した。陽気な戦車兵たちは、この時点で冷酷非情なハンターと化した。
戦車隊はトリケラトプスの群れのように猛烈な勢いで進軍を開始した。しかし、天候は前日にも増して悪化してきたため、途中でスピードを落とさざるを得なくなった。だが、赤外線カメラでしっかりと前方の様子は見えていた。
「こちらパイソン3。前方、敵装甲車。BTR-60が6両。斥候だろうか」
サイモン・レヴィン伍長はカメラでイラク軍車両を捉えた。
「やれ!ぶっ放せ!」アロウィシアス・バーガー軍曹は命令を出した。
2両のブラッドレーから凶悪な25ミリの劣化ウラン弾が矢継ぎ早に発射された。BTRの装甲に穴が空き、金属片が幾つも飛び散るのが見えた。4両のブラッドレーは横一列に並び、前進しながら機関砲を発射する。金属が擦れる嫌な音がして、砲弾と装甲やタイヤの破片が飛び散る。イラク軍の兵士は撃たれるまで全く気が付かなかったのか、慌てて装甲車を動かそうとした。しかし、運転席の窓に砲弾が飛び込み、操縦士を撃ち殺した。未明の突然の攻撃に、イラクの機甲部隊はパニックに陥った。5両のBTRが破壊され、1両は逃げようとバックした時に、地面に開いた大きな穴に擱座して動かなくなった。
「やったぜ!敵は全滅だ!」
リー・トラヴェン伍長は砲塔を右に左に回転させて敵を探したが、先程の残骸しか見当たらない。
「この調子で、どんどん進軍しましょう!」
アメリカ軍の戦車部隊はイラク領の後方に展開した共和国防衛隊目掛けて突進を開始した。一方、イラク軍は混乱に陥っていた。突如としてイラク領内の前方に展開していた部隊との連絡が取れなくなったのだ。
1991年 2月26日 0816時 イラク
多国籍軍の地上部隊は一斉侵攻を開始した。まず、後方にいるイラク軍の補給部隊に対してF-15EやA-10が空爆をして、前線の機甲部隊との補給線を寸断した。サウジ側とクウェート側の両方から、アメリカ、イギリス、フランスの戦車部隊や機械化歩兵部隊が雪崩れ込むように一気に侵攻を開始した。イラク軍の地上部隊はパニックと成り、完全に不意を突かれた。約50年前、かのハインツ・グデーリアンが発案して、東欧を襲ったドイツ陸軍の電撃戦が現代に蘇った瞬間だった。
1991年 2月26日 0823時 イラク
「信じられません!今までゆっくりと進軍していた連合軍が、凄まじい勢いで進軍を開始しました!聞こえますでしょうか!砲撃や銃撃の音が鳴り止みません!軍によると、現地時間2月26日午前7時頃、最初のイラク軍と連合軍との間で戦闘が開始されたようです。まず、アメリカ空軍により、イラクとクウェートの国境周辺に集まったイラク軍部隊に空爆が行われました。その後、交戦を開始したのは、アメリカ海兵隊の戦車部隊のようです!それから、イギリス陸軍、フランス陸軍の部隊が相次いでイラク軍部隊と交戦を開始。現在、多国籍軍の地上部隊は猛烈な勢いでイラク・クウェート両国内に向かっています!中央司令部によりますと、ここで一気にクウェートからイラク軍部隊を追い出す考えのようです!」
カメラに向かってまくし立てるレポーターの横をフランス陸軍のAMX-30やイギリス陸軍のチャレンジャー1が驀進して行く。兵士たちはカメラを見つけると、大声で歓声を上げながら手を降ったり、拳を突き上げたりした。
「中尉!前を見てください!」
ハワード・ファーマーは前方でドス黒い煙が上がっているのを見つけた。
「奴らめ、さては油井を燃やし始めたな。レンジャーと海兵隊に通報。消火作業をしてもらうか」
「目眩ましのつもりか。さては、赤外線カメラを知らないな」
ゴードン・パワーズはカメラ・モードを"OPTICAL"から"IR"に切り替えた。すると、油煙で真っ暗だった視界は白黒の映像に切り替わり、向こう側が見通せるようになった。すると、敵戦車の姿が白く浮かび上がった。
「まーあ、火を放ってそこから出る煙で敵の目を眩ませるのは古典的な手段ではあるな。だが、今はもう意味が無い」
これは、イラク軍の最大の敗因の1つとなった。現代戦において質は数で補えない場合があるのだ。確かに、イラクは中東最大規模の機甲部隊があった。しかし、それはアメリカ軍やイギリス軍の最新鋭のハイテク兵器と比較すると、2~3世代程かけ離れており、性能面で大きく水を開けられていた。
「前方、敵戦車!撃て!」
M1A1の砲撃でT-72やT-62が爆発する。"戦闘"というよりは、一方的な"虐殺"が始まった。イラク軍には撃ち返す暇も無く、"チーム・コブラ"に気づいた時に、砲塔を回転させるのが関の山だった。クロードたちが通り過ぎた後には、黒焦げのイラク兵の死体や屑鉄と化した戦車の残骸が残るだけだった。
多国籍軍の戦線の後方には大勢の弾薬車とタンクローリーがズラリと控えており、戦闘が一時的に終わった部隊への補給にてんてこ舞いしていた。次から次に無線で補給の要請を受けるため、あらゆる部隊から応援が駆けつけている。
1991年 2月26日 1011時 イラク
「もうガス欠前かよ。韋駄天の割には大食らいだな。これは」
"チーム・コブラ"も補給を要請し、弾薬と燃料を追加していた。戦車の中のみならず、ジェリカンにも予備のJP-8を入れておいたが、それもあっという間に無くなっていく。
「こっちはてんてこ舞いですよ。これから100km離れた部隊にも燃料と弾を届けるのですから」
補給小隊の休みはなく、広い砂漠を護衛されながら縦横無尽に駆け巡った。
「まあ。これで明日の午後までは燃料は持つだろう・・・・弾薬はわからんが」
「今までは進んでは止まり、進んでは止まりだったので、割りとのんびり出来たのですが、いざ大規模侵攻が始まったら、この有り様ですよ」
M978タンクローリーを運転している軍曹は目の下にクマを作っていた。どうやら、殆ど休んでいないらしい。
「これからはどこの部隊へ?」
パワーズが尋ねる。
「あなた方が最後ですよ。これでやっと基地に帰れる。そっちはどうんな調子ですか?」
「調子も何も、まだ始まったばかりだよ。これから、クソみたいなイラク軍の部隊に突っ込んでいくからな」
「大変ですね。戦果はどうです?」
「20両吹き飛ばした所で数えるのをやめたよ。もうどのくらい破壊したかわからん」
「そいつはなんと。私も戦車乗りになりたかったですよ」
「やめたほうがいいぞ。他の奴らに思われているほど、いい仕事とは言えないし、戦車乗りが英雄だったのは第二次世界大戦までだ」
「果たしてそうでしょうか?」
「第二次世界大戦から今まで、我々は歴史に残るような戦車戦をやっていないんだ。おまけに、最近では地上最強とも言えなくなってきているしな。例えば、イスラエルは・・・・」
「しかし、地上戦になれば戦車ほど頼りになるものも無いですよ。それではまた」
タンクローリーと弾薬運搬車は次の部隊への補給に向かい、"チーム・コブラ"はイラク軍部隊の掃討に向かった。戦いは、まだ始まったばかりだ。




