雨のメソポタミア
今回は戦闘シーン休憩です・・・・・が、次回以降は湾岸戦争最大の戦車戦を描きます。
1991年 2月25日 1211時 イラク
おかしい。もう6時間も進軍しているのに、全くイラク軍部隊の姿を見ない。また燃料が無くなってきた。この戦車はリッター400mくらいしか進まないので、とにかく大量の燃料が必要だ。クロードは司令部にやや東に変針して、補給地点に向かうと連絡した。
戦車が燃料をがぶ飲みするのと同じくらい"チーム・コブラ"の兵士たちは水をがぶ飲みした。もう、最後の補給地点で積み込んだ水の半分は無くなっていた。戦車の中はエアコンがあるとはいえ、30℃を超えている。しかし、50℃を超える砂漠の外気温に比べたら格段にマシだ。水タンクは補給地点で入れても入れてもあっという間に中身が無くなっていく。だから、補給地点から遠い位置にいる部隊はヘリで直接水を運んでもらっていた。やがて、向こうに海兵隊のLAV-25の部隊が見えてきた。どうやら偵察をやっているらしい。
「こちらコブラ1、12時方向に味方。海兵隊だ。一時合流しよう。撃つなよ」
陸軍の戦車部隊は海兵隊の部隊へと向かっていった。
海兵隊は水と食料の配給を受ける連絡をしていた。クロードは小隊の少尉にこちらにも水だけを追加で配給をしてもらえないかと頼むと、快く引き受けてくれた。
「ロン・ハワード・ブキャナン少尉です。こっちはもうカラカラでして・・・・・」
「こっちもミイラになりそうだったよ。水筒が手放せなくてね」
「越境してきたのはいつです?」
「昨日の夕方だ。その前にイラクの戦車や装甲車をいくつか鉄屑にしてきたよ」
「我々はなるべく敵の歩兵以外との接敵を避けるように言われておりまして・・・昨日、歩兵部隊と交戦しただけです」
「他に動きは?」
「我らがハリアーが敵の砲兵陣地を空爆していきました。跡地を調べてみると、消炭しか残っていませんでしたよ。バーベキューは暫くおあずけしないと・・・・」
「俺の部隊の連中も、暫くハンバーガーは食べたくないと言っているよ。あんなものを見たんじゃ・・・・」
155mm砲の砲撃音が響いた。東の方ではA-10の編隊が飛んでいる。
「ですね。そうそう、クウェート上空とイラク南部の辺りの空は完全にこっちのものです。イラク側南約200kmの辺りは連合軍司令官により、ヘリも含めてイラク軍機飛行禁止令が出ました。クウェート空爆防止のためです。飛んでいる所を見つかった場合、即座に撃墜となります」
「そいつはまた驚いたな。イラク領空なのにイラク機が飛べないとは」
「これで心置きなく戦える訳です。一応、空軍が哨戒をしていますけどね。頭上の心配をしなくて済むので。M163自走対空砲はお役御免になって、後方陣地へみんな下げられました」
「あれよりはスティンガーの方が役に立つさ。射程距離がぜんぜん違う」
「こっちは結局、今のところスティンガーは使っていないですね。そっちはどうです?」
「持ってきた分、全部残っているよ。まーあ、今の所、使うことは無さそうだが」
「こっちも同じです・・・・あ、やって来ましたね」
ヘリのバタバタという大きな音が少しずつ、大きくなってきた。
1991年 2月25日 1226時 イラク
6機のCH-46Dは物資を積み降ろして離陸した。護衛にはAH-1Wコブラが付いている。海兵隊の輸送部隊も、とにかく他国籍軍からの、特に水の輸送の注文がどんどん舞い込んできて、休む暇が無いようだった。サウジには空軍のC-5やC-130がどんどん物資を運び込んでいるので、物資不足にはならないから安心しろとヘリに乗っていた海兵隊員は請け合った。
やって来た海兵隊員はいくつか情報も持ってきた。F/A-18が偵察した所、どうやら共和国防衛隊はクウェートとの国境付近に5個機甲師団と1個自動車化師団を集結させているようだ。そこで、この部隊を側面と背後から奇襲して一気に壊滅させる、というのが司令部の考えらしい。すでに、その作戦にそなえて完全武装の"ウォートホッグ"つまり、A-10サンダーボルトⅡの飛行隊が準備しているとのことだった。
「A-10がいるのはありがたい。こっちを間違って撃って来た場合は、その限りではないが・・・・」
クロードはブキャナンに話しかける。海兵隊はというと、基本的に偵察を行い、直接的な戦闘は避けているようだ。
「あ、あともう一つ。空軍によると、天候が急速に悪化しているようです。今日の夕方辺りからは、でかい低気圧がこの辺を覆うそうで、凄まじい嵐になるそうです」
確かに、空を覆う雲の割合がだんだんと増えているようだ。さっきまでは真っ青だった空に、灰色の雲が立ち込めてきている。
「わかった。気をつけよう」
すると、海兵隊のジェリー・フレイザー軍曹が無線を持って駆けつけた。
「少尉!司令部から新たな命令です!」
「ん?何だ?もしもし・・・・え?なんですって?わかりました。交信終了・・・・大尉、我々は新たな命令を受けました。すぐに南下してクウェートシティへ向かうようにと」
「我々の代わりかな?」
「そうかもしれません。では行きます。大尉、幸運を」
「アメリカに帰ったら、一杯奢ろう!」
1991年 2月25日 1633時 イラク
天気が芳しく無くなってきた。さっきまでは灰色だった空を覆う雲が、どす黒くなり、更には雨が降り始め、風も強烈になってきた。おまけに砂嵐も巻き起こってきた。視界は最悪となり、もはや肉眼は役に立たず、戦車の前方赤外線監視装置に頼らざるを得なくなってきた。良い点といえば、さっきまで40度近かった、焼けつくような熱気が和らいだくらいだ。時折、A-10やF-16の轟音が聞こえる。タワカルナ師団への航空攻撃を行っているらしい。だが、暫くするとそれも段々と止んでいった。天候が悪化したため、味方を撃つ危険性があるのか撤退していったようだ。
「砂漠なのに雨が降っている」
"パイソン2"のブラッドレーの車内でガンポートから外の様子を覗いたカート・ビューレン上等兵がボソリと言った。
「砂漠だからって、雨が降らない訳じゃない。年にほんの僅かであるが、雨は降る。お前、知らないのか?」
バリー・ワン軍曹が指摘する。
「初耳ですよ。おまけに、俺は入隊するまであのクソッタレのアラスカから出たことが無いのですよ」
「じゃあ、外国はこれが初か?」
「ですよ。それもヨーロッパじゃないで、何もない、酒も飲めないクソッタレの砂漠と来ています」
「だったら、次はドイツ勤務辺りを希望してみろ」
「海軍の連中は入港の度に色々な所に行っているらしいですよ。羨ましい」
ポール・ピンクニー上等兵が口を挟む。
「海兵隊の航空部隊と空軍の人気勤務地ナンバー1は日本らしいぜ。行ってみたいよな」
やがて、"パイソン2"のブラッドレーの車内では海外でどこに行きたいだの、何を食べたいだのという話で盛り上がり始めた。
天候悪化のため、肉眼での視界確保が困難になってきた。砂嵐と雨が一緒になると、ここまで周りが見えなくなるとはクロードは思ってもいなかった。
「こいつは酷いな。全車両の装填手及び砲手に通達。視界不良。不意な遭遇戦に備え、いつでも撃てるようにしておけ」
クロードは命令を下した。
『装填はしておきますか?』
ニック・クラーク軍曹は無線で訊ねた。
「いや、即応弾を手に持ってくれているだけでいい。きついだろうが、頑張っくれるよう言ってくれ。ただ、あまり無理はさせるな」
『了解です』
「オットー、どうしてる?」
クロードは自分の戦車の装填手に訊ねた。
「セイボーを準備しています。弾の三分の一程を薬室に突っ込んでいます」
「耐えられそうか?」
「この状態で長時間は難しいです。20分ごとくらいに下ろして手を休める必要がありそうです」
「わかった。あまりにもきついと思ったら休んでもよい。敵と遭遇した時に、腕がイカれて弾を持ちあげられなくなるのが一番まずいからな。くれぐれも無理はするなよ」
「わかりました」
1991年 2月25日 1934時 イラク
MREの夕食を車内で取り、途中で燃料補給と休憩を繰り返しながら"チーム・コブラ"は進んだ。雨は未だに降り続いている。湿った砂が風に飛ばされてFLIRのカメラにくっつくため、度々落とす必要があった。やがて、アメリカ軍の戦車部隊は嵐の中へと消えて行った。




