暁の進軍
1991年 2月24日 0503時 クウェート 砂漠
"チーム・コブラ"は4時過ぎまで進軍したが、敵の姿が見えなくなった所で一時休憩を取ることにした。装軌車両は連続した長時間の移動に向いていないため、しばしばこうした一時停止をする必要性がある。しかし、その間にも戦車の砲手と車長は車載機関銃に付き、ブラッドレーに乗る歩兵たちは武器を持ち警戒に当っている。
「周りに敵はいないな。おい、MREは何がある?朝飯を喰わないとな」
M16A2を持ったアンディ・マグワイヤ兵長が大声で言う。
「そうだな・・・・ターキーのバーベキューソースとミートボール・トマトソース。それと、ビーフのテリヤキとか」
ルーカス・グラント兵長はダンボールの中を探って、レトルト食品のパンクの内容を確かめた。
「なんだよ、シケてるな。これならカップ・ヌードルの方がマシだぜ」
「水は貴重品ですよ。いくら無線1つでチヌークやブラックホークで持ってきてくれるとは言え、節約しないと」
アダム・ウェネガー上等兵はM60A3を持ち、周囲を警戒している。辺りは未だに真っ暗で、暗視ゴーグルが必要だ。
「おい、何か来るぞ」
双眼鏡で辺りを警戒していたヘンリー・カジンスキーが声を上げた。戦車兵たちはすぐに戦闘態勢を取った。
「お、あれは味方ですね。ブラッドレーとタンクローリーですよ。砲弾運搬車もいます」
M3ブラッドレーのカメラでサイモン・レヴィン伍長はやって来る車列を確認した。
「どれどれ。本当だ。全部で18両か。おまけにアパッチが4機も援護している。随分大規模だな。おい、燃料と弾薬はどれくらいだ?」
アロウィシアス・ガーバー軍曹が言う。
「燃料は予備のジェリカンが10個中7個がカラです。燃料タンクにはあと半分ほど。助かりましたね。弾薬はTOWがあと2発で機関砲が310発です」
「そんなに減っていたのか。きっと戦車の方はもっとカツカツだな」
1991年 2月24日 0601時 クウェート 砂漠
"チーム・コブラ"は車両の燃料を満タンにして、弾薬庫一杯に砲弾やミサイル、機銃弾を積み込んだ。M977弾薬車とM978タンクローリーはM2ブラッドレーとイギリス陸軍のチャレンジャー1の援護を受けていた。轟音とともに、上空をF-15Eストライクイーグルの編隊が低空飛行で通り過ぎ、数秒後に爆発音が響いた。音からして、クラスター爆弾だな、とクロードは思った。更に西の方から南の方へ、幾つもの光の筋が伸びていく。MLRSだ。上空には相変わらずF-16やA-10、F/A-18が飛び回っている。F-15やF-14が飛んでいない所を考えると、制空権はこっちの物となったらしい。上空を飛び回るジェット機やヘリの音がする度に部隊には緊張が走るが、今まで見たのは味方のA-10やF-16、UH-60だけだ。
クロードは弾薬の補給を終えると、イギリス陸軍のカート・バトラー少佐と補給部隊の大尉に状況を説明し始めた。
「侵攻開始初日にT-72と出会いましたが、M1A1の徹甲弾ならば正面からでも難なく貫通できました。ただ、榴弾やブラッドレーの25mmは効果が無いでしょう。TOWでは撃っていないので、ミサイルがどれだけ効くかは不明です。上空に関して何か情報はありますか?」
「クウェート上空は完全にこっちのものだ。昨日、イラク空軍は8機程ミグをクウェート領空に侵入させたが、全部おたくの空軍のF-15に撃ち落とされたそうだ。件のF-15だが、3個飛行隊をローテーションで上空哨戒させている。おたくらのE-3がイラクから上がった戦闘機もヘリも全部見つけてくれるから、上空は抑えている。つまり、上からの攻撃に殆ど怯える必要は無いわけだ」
確かにそうだった。イラク空軍の航空機はミグはおろか、ヘリさえも見ていない。
「さっき、T-72を撃破したと言っていたな。戦果はどれくらいなのだ?」
「我々は全部で41両の車両を破壊しました。うち戦車は10両で、T-72は1両です」
「もうそんなにぶっ壊したのか。全く、信じられん」
「運が良かっただけですよ。それでは、我々はこれからの作戦を立ててきます」
「くれぐれも気をつけてくれよ、大尉。我々はこれで行くが、必要になったら呼んでくれ。また弾とガソリンを持ってきてやる」
「ありがとうございます、少佐。幸運を」
「またサウジで会おう、大尉」
しかし、これがクロードとバトラーが交わした最後の言葉となった。
1991年 2月24日 0643時 クウェート 砂漠
補給部隊が去った後、前方に再び戦車が見えた。
「11時方向、戦車8両!装甲車4両!」
ローウェルが大声で報告する。
「どれどれ・・・・全車両、撃ち方待て。アレは味方だ。M60とM113だな。恐らくは海兵隊だ」
向こうも気づいたようだ。M60のハッチから身を乗り出して警戒していた車長が手を振る。だが、すぐに隣からローウェルの大声が聞こえた。
「敵、12時方向!ん・・・戦車じゃない!対空陣地だ!SA-5とSA-6、ZSU-23だ!護衛にBMP-1とBMRD-2!」
「射撃用意!ぶっ放せ!」
M1A1の大砲が次々と火を吹いた。海兵隊の戦車隊も敵の存在に気がついたらしく、M60A3も砲撃に加わる。イラク兵は朝の礼拝を終え、朝食の準備をしてるところだったため、完全に不意を突かれた。最初に爆発したのはSA-5だ。榴弾の直撃を受け、バラバラになって破片が中を舞い、それに直撃された兵士の一人の首から上が無くなった。
「全車両、榴弾で撃て!徹甲弾は戦車に遭遇した時のために節約しろ!」
「了解!」
更なる砲撃がイラク兵を襲う。イラク陸軍の対空陣地があった場所は僅か3分で完全に瓦礫の山となっていた。
「生きているものがいるかどうか調べてこい」
クロードが命令すると、"パイソン3"のM3ブラッドレーが前方に進出し、中からM16A2を持ったリチャード・ケッジ軍曹とスタン・カウペンス伍長が調べに行った。戻ってきた二人は腕で大きく"バツ"の字を作って見せた。イラク兵は全員、死んだらしい。
「やれやれ、参ったね」
クロードは両手を上げた。
「さてさて、進軍しましょう。その前に海兵隊に挨拶しておきますか」
ケッジは先程まで海兵隊の戦車小隊がいた方向に目をやった。しかし、M60A3やM113はすでに前進を始めていた。
「道草を食う気は無いようだな。我々も進もう」
"チーム・コブラ"の戦車は更に北を目指した。
M3ブラッドレーを斥候として先頭に出し、その後ろを戦車が付いていく。"チーム・コブラ"は最初の戦闘をなんとか切り抜けた。だが、戦争はまだ始まったばかりだった。




