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1991バビロンの砂嵐  作者: F.Y
12/36

カウントダウン

 1991年 1月10日 1221時 サウジアラビア


 国連が提示したイラク軍の『撤退期限』まであと5日となった。未だにイラク軍は引く気配は無い。クロードは最近、F-16やF-15E、トーネードGR.4の飛行訓練が以前にも増して頻繁になっているのに気づいた。しかも、爆弾や対地攻撃ミサイルを搭載している。今まではスパローとサイドワインダーの組み合わせで哨戒飛行をしている程度だったが、状況は激変したらしい。基地を離発着する輸送機にはF-15Cの護衛が付き、P-3Cの飛行も頻繁になってきている。5日前には、空母戦闘団に接近したイラク軍機が撃墜されたばかりだ。米軍だけではない。サウジ空軍もF-15Cを常に哨戒飛行(CAP)に飛ばしているようだ。


 クロードは毎日、訓練のシナリオが変わっているのにすぐに気づいた。しかも、全て最悪の状況を想定したものだ。戦車が全て破壊された。敵に完全に包囲された。イラク軍の攻撃機の編隊に狙われた。Mi-24(ハインド)に見つかった、などなど。最近になって、フランス陸軍とイギリス陸軍の戦車部隊もブリーフィングや訓練に加わるようになってきた。フランス陸軍はAMX-30、イギリス陸軍はチャレンジャーやウォーリアを持ち込んでいる。違う国の戦車兵との訓練は有意義だ。お互いに戦車の特性が違う中で生まれた戦術を教えあうことで、効果的な運用ができる。それに、戦争が始まれば確実に共同で戦うことになる。そこで、歩兵大隊の大佐に掛けあって、MIM-92スティンガーを10セット、こちらに融通してもらった。これならば、ヘリに見つかっても一歩的にやられることはない。もう空爆は近いのだろうか?いざ戦争になったら、自分たちは果たして生き残れるのだろうか?部下を無事、アメリカへ連れて帰ることができるのだろうか?それが彼の心配事であった。


 今日も基地の外の砂漠で訓練が行われた。廃車になったサウジ陸軍の戦車を敵に見立てて、ソ連式の"バックフロント"陣地で配置させ、突破する訓練だ。

「ボス、2次方向にT-72です。距離2300!」

 砲手のピーター・ローウェル少尉が叫ぶ。

「装填完了!セイボー!」

 装填手のオットー・バーキン上等兵が宣言した。ここ3日間で、中隊の装填手の装填時間はまた2秒ほど縮まった。

「撃て!」

 クロードが指示を出す。

ドーン!

「命中!」

 ローウェルが次の標的を探し始める。

「こんなもんかな。だが、相手は撃ってくる。それを忘れるな。」

「了解です、隊長殿」

「3時の方向!敵トラック!距離700!」

 ローウェルは標的を確認した。

「パイソン1にやらせろ!」


「敵確認!25mm発射!」

 車長のマシュー・アンダーソン中尉が叫ぶ。その指示でM2ブラッドレーの砲塔が回る。

「ファイヤー!」

 砲手のケネス・タナカ軍曹が引金を引く。25mmの劣化ウラン弾が飛び出した。

「命中!」

 トラックは瞬く間に炎上した。

「敵は確認できず!繰り返す、これ以上の敵は確認できず!」

「斥候を出せ!コブラ6とコブラ7を護衛に付けろ!」

「了解!パイソン3、パイソン4及びコブラ6、コブラ7、前へ!」


 M3ブラッドレー2両が前に出た。隣には護衛のコブラ6のM1A1が並走する。M2/3ブラッドレーはメーカーによれば"戦車に対抗可能"と宣伝されていたが、厳密に言えば"万が一戦車と出くわしても、状況によっては勝てる"という程度で、まともにT-72と正面から撃ちあっては勝ち目など無いはずだ。事実、ブラッドレーの装甲はエイブラムズのそれと比べると、とても薄く、T-72は勿論、T-55の砲弾にすら耐えられるかどうかは疑問だ。そう、T-72。これが一番の問題だった。125mm砲の破壊力は言うに及ばす、強固な複合装甲をM829装弾筒翼付安定徹甲弾(APFSDS)で果たして貫通できるものなのだろうか。しかし、やってみなければわからない。戦争とはそんなものである。事実、ベトナムでは命中率100%と豪語されていたスパローやサイドワインダーは殆ど命中しなかったではないか。それは戦車にも言えることだ。空爆開始まであと1週間だ。その前にあのサダム・フセインが軍を引かせるとは到底思えない。


 バシュッ!TOWがブラッドレーの左側に取り付けられたランチャーから飛び出した。これは正式名称をBGM-71と言い、AH-1やM113、M998HMMWV(ハンヴィー)にも搭載でき、ヴェトナム戦争後期から使われている古い兵器だ。威力は抜群で、正面から命中させてもM1A1を破壊することもできる。しかし、問題が1つだけある。命中するまで射手がリモコンで誘導しなければならないのだ。その間に敵に反撃されて、やられる可能性がある。よって、TOWを使えるのは一回限り、それも先制攻撃を仕掛ける必要がある。なので、先頭を行く戦車がどれだけ多くの敵を排除できるかにブラッドレーの安全はかかっている。よって、T-62やT-72はエイブラムズが相手をして、ブラッドレーは基本的にはBMPやBTRを排除する。この手順が何度も繰り返され、そして戦法は何度も練り直され、洗練されていった。


 1991年 1月12日 2312時 サウジアラビア


 訓練は深夜も行われた。昼間とは打って変わって、何も見えない真っ暗な場所で戦うことになる。しかし、戦闘は普通は夜間に行われるものだ。相手もこちらも注意力が散漫になりやすい分、双方とも高い緊張感を強いられる。だが、彼らはテクノロジーに助けられた。まずは、暗視ゴーグル(NVG)。これを通して見ると、緑色がかかった視界になるが、昼間と同じ状態とまでは言えないが状態で夜間でも物を見ることができる。続いて赤外線画像(サーマルヴィジョン)。敵の戦車、その他車両、ヘリのエンジンの熱源を捉えることで、白黒の外界を見ることができる。更に、M60には無かったのがこの火器管制装置(FCS)だ。コンピューターが正確に目標からの距離、風向きと風の強さ、湿度、気温、砲身の温度を計算してくれることにより、より正確に砲弾を敵に命中させることができる。


「目標発見。T-62。距離2450、方位030」

 "コブラ3"の車長、フランク・ミュラー曹長が敵を『発見』した。

「目標確認。セイボー、装填せよ」

 砲手のジョン・ブッチャー軍曹が指示を出す。

「セイボー!装填完了!」

 新米のウィリアム・トーラス上等兵が高らかに宣言する。

「撃て!」

 ドーン!

「次の目標、SA-10が4基!HEAT(ヒート)!」

「装填よろしい!」

 ドーン!

「敵のヘリを発見!ハインドだ!」

「対空ミサイル用意!」


 やって来たのはMi-24Dハインドではなく、UH-60Aブラックホークだ。しかし、攻撃ヘリに狙われたとの想定をしていたため、訓練に駆りだされたのだ。

 ブラッドレーの後部扉が開き、MIM-92"スティンガー"のシミュレーション・モデルを持ったヘンリー・カジンスキー上等兵が飛び出した。カジンスキーは2秒で発射体制を整えた。

「スティンガー発射!」

カジンスキーが宣言した。すぐにブラックホークは反転して去っていく。

「ヘリを排除!」

「よくやった!作戦は成功だ。今日はみんな休んでくれ」

 クロードは今夜の訓練の様子に満足したようだ。これならばきっと、全員を連れて帰れるはずだ。


 1991年 1月15日 1445時 サウジアラビア 


 第134戦車大隊第1小隊のメンバーは深夜の訓練が立て込んでいたため、午前中から午後にかけて睡眠をとるという変則的なスケジュールとなっていた。変な時間に食事をしたり訓練を行ったりするせいか、段々全員の体内時計は一般人とのズレが激しくなっているようだ。だが、戦争になればそうも言ってられない。特に海軍の連中は現地時間でも東部標準時でもなく、Z(ズールー)というグリニッジ標準時で行動するのだ。時差ボケ状態で戦うのは全員、共通している。そして、開戦の時はすぐにやって来た。

次回はいよいよ開戦です!

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