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夏海  作者: 英 亜莉子
2/2

私の夢は?

 親戚の家に着いたら、祖母が出迎えてくれた。

「葵ちゃん、大きくなったね。」

 毎年そう言って歓迎してくれる祖母。でも、私の身長は去年から変わらない。

年寄りというものは、孫を見ると会うたびに大きくなったように思うみたいだと、母が言っていた。

「身長は変わらないよ~。」

と私が言うと、

「大人っぽくなったよ。」

と言いながら、祖母はニコニコしていた。


 毎年使う部屋に荷物を置きに行った。

2階にある部屋に行くと、おばさんが掃除してくれたらしく、とても綺麗になっていて、窓も全開に開いていた。

 部屋いっぱいに、潮風が入ってくる。

 窓から外を見ると、夏の太陽でキラキラ光っている海が見えた。

「あれ?今年はこないと思っていたけど。」

 反対側の窓から声がしたので振り返ると、隣の家の窓から隼人はやとがのぞいていた。

 彼は、親戚の家の隣に住む私と同じ年の男の子…。だと思ったら男性になっていた。

去年と比べると背もすごく伸びている。いつの間にか私を追い越していた。そして声。いつの間にか男性独特の低い声になっている。

 変わらないのは、肌が日に焼けて黒いぐらい。

 そして今回驚いたのが、今まで坊主頭だったのが、坊主頭じゃなくなっていた。そのせいか、急にかっこよくなったような感じがする。

 妙にドキドキしてしまった。

「家にいても暇だし。」

「でも、受験生だろう。だから来ないかと思ったよ。」

 そう、私は高校3年生。大学を受験する受験生なのだ。

「そういうあんたも受験生でしょ。それとも、就職するの?」

 私は、反対側の窓の方に行きながら言った。

「いや、受験するよ。葵は?」

「私?一応受験生かな。」

「一応って…。行く大学とか決まってんじゃないのか?」

 そんなこと、全然決めていない。大学受験もただなんとなく決めた。

まだ10代だし、就職はちょっと早いかな。なら、大学行こうか。そういう感じで決めた。

だから、まだ、どこの大学のどの学部に行こうとか、全然決まっていない。

「そういうあんたはどうなの?」

決めていないと言いにくかったので、逆に聞いてみた。

「俺?俺は、決まってるよ。」

「どこの大学よ。」

「一応、医学部に行こうかなぁって。」

えっ…。こいつ、頭良かったの?医学部って、頭がよくて医者になりたい人が行くところだと思っていたけど。

「医者になるの?」

頭いいの?と聞きたかったけど、それはいくらなんでも失礼だろうと思って、質問した。

「うん。実はさ、この街、医者がいないんだよ。」

そりゃそうだよね。小さい小さい街だもの。

「ちょっと行けば大きな病院はあるけど、救急の時なんか遠くの病院まで行くの大変だろう。だから、俺がなってやろうって。」

「そんな簡単になれるものなの?医者って。医学部だって、そんな簡単に入れるものじゃないと思うけど。」

「期限はないだろう。何年かかってもいい。やってみたいんだ。」

 そう言った隼人の顔は輝いていた。

「葵は?」

 えっ私?

「大学行くって決めているなら、将来のこととか考えてんだろ。」

「えっ?大学行ってから決めようかなぁって。」

「えっ、やりたいこととかがあって、それをやるために大学行くんじゃないのか?」

やりたいこと…。そんなものはない。

「とりあえず大学に行って、就職して…。」

 就職して…。どうする?

「何となく大学に行って、そしてなんとなく就職して。葵、そうやって何となくで過ごしていたら、なんとなくのまま人生終わっちまうぞ!」

 隼人に言われて、ちょっとムッとした。何となくのまま人生終わるって、失礼じゃないの?

「夢とか、やりたいこととかないのかよ。そんなことだと本当に流れるままに流されて人生終わるぞ。」

 人生終わるぞって、私の人生よ。ほっといてよ。

「私のことは、私が決めるの。あんたにとやかく言われたくないわよっ!」

 怒鳴っていったあと、勢い良く、隼人の家の方にある窓をピッシャン!と閉めた。

 私は、あんたみたいに素晴らしい夢はないわよ。医学部なんて難しいんだから。一生浪人してろっ!


 しかし、しばらくしてから、窓を閉めたことを後悔した。

怒鳴ったことを後悔したわけではなく、この暑い夏に窓を閉めるなんて…。

暑いのよ。

 海に近いこの街は、風がなくなる夕方のぎ以外風がなくなることはない。窓さえ開けていれば夏はエアコンが無くても快適に過ごせる。だから、エアコンなんていう代物はない。

 窓を閉めたら、ひとつ窓が空いているけど、ひとつだけだと風の抜け道がなくなって、暑い。

 悔しいけど、窓開けないと、暑くてたまらないわ。

 私は、勢いよく閉めた窓をそろっとゆっくり開けてみた。隼人は居なかった。 潮風が勢いよく入ってきた。すこしホッとした。


 次の日から、海の家のアルバイトが始まった。

 私は、売り物係りになった。海の家の前でビーチパラソル広げてジュースとかを売る。

 準備していると、隼人がやってきた。昨日のこともあり、顔を合わせたくなかったけど、隼人もアルバイトに来たらしい。

 私の横に来て、一緒に準備し始めた。

「昨日は、言いすぎた。ごめん。」

 準備が終わり、売り物のジュースが冷蔵庫の前に立つと、隼人が申し訳なさそうに言った。

「いいよ、別に。」

 私も、いつまでも怒っているの嫌だし、それに、一緒に仕事するのに気まずいのも嫌なので、許した。

「よかった。」

 隼人はニコッと笑った。あまりに爽やかな笑顔に再びドキッとした。いつのまに、こんな爽やかな顔するようになったんだろう。

「そんなことより、医学部受ける人がアルバイトなんてしてていいの?」

 ドキドキをごまかすために質問した。

「ずうっと勉強してたら、息が詰まるだろう。気晴らしも必要だ。」

 隼人は遠い目をして、キラキラ光る海を見ていた。

 今日も太平洋高気圧におおわれて、いい天気で暑い。海水浴にはもってこいの気候だ。


 まもなく、私たちは忙しくなった。浮き輪が欲しい親子連れが来て、上の方のぶら下がっている浮き輪がどうしても取れなくて、棒でも持ってくるかと思っていたら、隼人が軽々と浮き輪を取った。

 こいつ、いつのまにこんなに大きくなったのだろう。


 海水浴客が多くなると、増えるのが迷子だ。

 私たちの目の前に、3~4才ぐらいの男の子が、目に涙をためて赤い顔して立っていた。頭は海の水ではなく、汗で濡れていた。

「どうしたの?」

 私が、男の子の目線まで座って声をかけた。一生懸命泣くのを我慢していた。

 とにかく、日陰に入れて何か飲ませないと。海の近くとはいえ、砂浜は暑い。

 男の子の手を引いて、私たちが入っていたビーチパラソルに入れた。そして売り物のジュースをあげた。

「パパやママとはぐれちゃったのかな?」

 ジュースをあげながら話をすると、こくん、と頷いた。頷いたと同時に目にたまっていた涙が溢れ出た。

「そうなんだ。お姉ちゃんが一緒に探してあげるから、大丈夫。ジュース飲みな。」

 男の子の頭を撫でながらジュースをあげると、男の子はゴクゴクと音を立ててのんだ。

 のどが渇いていたんだ。こんな暑い中、親を必死で探していたのだろう。

 迷子なら、センターに連絡したほうがいいかも。

 海水浴シーズンは何かと事故が多いので、海水浴場の中央にプレハブで立てた建物があり、迷子とか事故とかに対処してくれる人がいる。

 迷子の放送もそこからしてくれる。

「おい、名前は?」

 隼人が男の子に聞いたけど、男の子は下むいて黙っていた。

「あんたさぁ、子供に話しかけるときは上からだと駄目なの。子供と同じ目線まで降りてこないと。お兄ちゃん怖いよねぇ。」

 再び頭をなでると、下むいたままコクンと頷いた。

「でも、名前きかないと、連絡もできないだろう。」

「私が聞き出すから、大丈夫。」

 じつは、なぜかわからないけど、小さい子にはもてる私。もてるのは嬉しいけど、ちょっと複雑な気分。同じもてるなら、かっこいい人が…なんて思ったりする。

「よし、手遊びしよう。」

 小さいときに遊んでいた手遊びを披露してみたりする。最初はうつむいていたけど、だんだん表情が出てきて笑顔になってきた。

 さりげなく名前を聞き、隼人にセンターに連絡してもらった。

 放送後、まもなく男の子の母親が現れた。母親の方も必死で探していたみたいで、男の子を見ると硬い表情に笑顔が出た。男の子も、「ママ!」と叫んで走っていった。

「よかったね。もうはぐれちゃダメだよ。また遊びにおいで。」

 そう言って、バイバイと手を振ると、笑顔で手を振ってくれた。母親も

「ありがとうございます」

とおじぎをして、男の子の手を引いて去っていった。

「よかったな。葵って、昔からガキにはもてたよな。」

 「には」って何よ!そうよ、どうせ、小さい子だけよ、もてるの。

 ムッとしつつ、親子が去っていった方を見ると、女の子が一人、砂浜に座って海を見ていた。

 そんな光景は海水浴のシーズン珍しいものではない。視線が止まったのは、その女の子の色の白さ。真っ白な肌をして、真っ白なワンピースを着ている。髪の毛は真っ黒で長い。日本人形みたい。その白い肌を惜しげもなく太陽にさらしていた。

 それが視線に止まったのだ。同じ女性として、あの白い肌が日に焼けて赤くなるのはどうなんだろう。帽子とか傘とかないの?

 強力な日焼けどめを塗っても、この日差しの下なら頻繁に塗らないと意味がない。彼女には、そういう動作がない。ただずうっと海を見ていた。

 ああ、気になる。しかも彼女には何かが足りないような感じがする。なんだろう…。

 でも、あの白い肌がやけるのは耐えられない。

 私はビーチパラソルを持った。でも、ビーチパラソル重い。このパラソルの下に4人ぐらい入れるから、大きいし、風で飛ばされないように頑丈に鉄状の物で骨組みが出来ているので、本当に重い。

 持ったはいいけど、重くて前に進めずフラフラしていると、隼人がさっと私の横に来て、軽々とビーチパラソルをもった。

「急にどうしたんだよ。」

 あそこ!と彼女の方を指さした。

「あんなところに座っていたら、日に焼けちゃう。」

「こんな暑い中に座っていて大丈夫なのか?よし、行くぞ。」

 隼人も、私のしたいことが分かってくれたらしく、ビーチパラソルとスコップを持って一緒に来てくれた。

 彼女の横にビーチパラソルを立てた。

「余計なお世話かもしれないけど、日に焼けると大変だから。」

 私が言うと、彼女はびっくりした顔していた。

 いきなりビーチパラソル持っていったらびっくりするわよね。

「あの、お金ないの。」

「いいよ、私が耐えられなかったから。サービス。あ、ほかの人たちにはないしょね。」

 私が人差し指を口にあててシーッという動作をすると、彼女もニコッと笑った。

 その笑顔がとっても綺麗だった。

 そして私たちはもとの場所へ。

 何かが足りなかった彼女を見ると、ビーチパラソルの下におさまっていて、物足りなさがなくなった。

 ビーチパラソルが足りなかったんだ。そう納得した。

 

 

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