9.僕を骨にしてください。と、その青年は言った。
僕は骨が好きだ。
屍骸から骨を取ってしまうほどに。
僕は皮を剥ぎ、肉を削ぐ。単なる肉塊から骨をきれいに取り出し、骨格標本のようなものを組み立てる。僕は骨の形・位置に至るまで構造を把握しているので、それはとても簡単なこと。
パズルのように骨を組み立てるのは、楽しいことだった――
「ねこ、ねこ、こねこ、ねこの骨」
そう今、僕が解体しているのは子供の猫。
かわいい動物を神のごとく愛護する団体のいないこの世界。子猫を殺したところで、咎めるものはいない。
まぁ、子供の猫といっても、大きさは大型犬と同じくらいありますけれどね。これは、魔物の骨なのだ。
最近では、使う骨は自分で取ってくる。この周辺にいる魔物ならば、僕の力量でも簡単に倒せるのだ。
「きれいに骨と肉を引き剥がすのぅ」
領主さまは僕の技術に驚いている。僕は魔法など使わずとも、肉から骨を取り出すことだけはできるのだ。
「魔法もいいですけれど、自分の力で骨にするのも、なかなか良いものですよ」
骨を取ろうとする時、初心者がやりがちなのは、骨を土に埋めてしまうことだ。確かに土に埋めれば、微生物が肉などを分解してくれるのでいい方法と思うだろうが、実は小さな骨も失われてしまうのだ。
骨を取りたいのならば、骨を煮て、丁寧に肉や脂を取り、入歯洗浄剤のような物につけて細かい汚れを落とし、骨を取るのだ。ちなみに、この世界に入歯洗浄剤がないので、骨細工を作るときに使っているという薬草を煮出して使っている。
「そして、この骨に魔法をかけて……動いた!」
「だいぶ上達したな、骨を繰る魔法に関しては、私以上かもしれぬ」
僕はいつものように領主様に稽古をつけてもらっている。
「死体を繰る魔法も慣れてきたようだな。そのくらい上達すれば、魔法使用時に起こる副作用も起きにくくなるだろう」
領主さまは、僕の魔法の質を見て、そう言った。
小動物とはいえ、たくさんの骨を従えたことで、僕は魔の気配を帯びるようになった。この状態であれば、よほどの人間嫌いでない限り魔の者に襲われることはないらしい。
「まさに至れり尽せりですね」
魔の者の街へ行っても襲われることがなくなる。僕は市井に出てみたいと常々思っていたのだ。しかし、生粋の人間である僕はトラブルに巻き込まれてしまう危険が高かった。人と魔の者は仲がよろしくないのだ。それが魔法を手に入れたことによって、解決されようとは。それは非常に喜ばしいことであった。
人間というには身体能力が少し離れてはいたが、僕は心身ともにこの世界の生物として馴染んだといえよう。
「僕はこの土地に骨を埋める決意をしました。なので、領主様、僕が人間としての生を終えたとき、骨にして下さい」
「は? それは私の奴隷になるということか」
領主さまは、僕の予想外の言葉に驚きを隠せないでいた。
「今すぐなりたいわけじゃないんです。今、骨になったら、この楽園を謳歌できなくなるので」
脳の残っているゾンビならとにかく、骨になったら、生前の記憶と言うか、コダワリや情熱といったものが薄くなってしまうらしいのだ。
「くくくく、おもしろい。よかろう、そなたが死した時、骨にしてやろう」
「やった、これで死後も安泰だ!」
死後も骨として生活できるので、この願いを承諾してもらい僕は喜ぶのだった。