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5.お義父さん、あなたの娘を僕に下さい。と、その青年は言った。

 僕は骨が好きだ。

 世界が変わってもそれだけは変わらない。対象が魔物(主にスケルトン)になっただけである。たとえ何が起ころうとも、僕は骨のことだけを考える。骨が好きであることが僕が僕であることなのだから。


 迷いこんだこの世界は、僕にとっては夢の国。

 人の骨、獣の骨、魔物の骨、そのすべてが意思を持ち生活を営んでいる。ここは天国のような場所だと、僕は思う――





 旅は順調に続いた。僕は、すっかり夜行性人間になってしまった。なぜなら、この世界の昼間は、めまいがするほどまぶしすぎるのだ。

 鮮やかすぎる昼は寝て過ごし、夜はリサとジャンヌと語らった。

 食糧は冒険者たちが持っていた食糧を頂いた。干した肉やぱさぱさのクッキーであったが、腹だけは膨れたのでそれなりに栄養価は高いのだろう。


 途中、何人かの人間に遭遇したが難なく撃退した。リサたちも戦いの心得があり、一緒に戦おうとしてくれたが、僕は断る。他人の命を奪うという汚れ役は、愛しいリサには似合わない。させたくない。彼女らを襲う不届き者からは僕が守るのだ!


 そして、3日目の朝、目的の村に着いた。木造の家々が密集し、いかにも農村といった感じの雰囲気が漂う。集落の周りには水の張ってある堀があり、それが侵入者や獣から村を守っている。ただひとつ、普通の農村と異なるのは、ひとつも田畑が見当たらないことだろう。ここは骨が暮らす村、食糧の生産は必要ないのである。


「あれが私たちの村。領主さまのいる館へ行くから、館に入るまではこの死体の陰に紛れていて」

 村の中央に建っている立派な建築物、それに領主様はいるらしい。くすんだ白の壁には血のように真っ赤な蔦がからまり、カサリ、カサリと、あざ笑うかのように不気味に揺れている。窓は覗いても何も見えないのではないかというほどに真っ暗で、大きな館だというのに、明かり一つ点灯していない。さすが、骨を統べる者の館、まるで幽霊が住んでいるかのような廃館感(かんろく)が漂っている。

 館に着くとリサとジャンヌは領主様に報告すると言って、一度別れた。

「早く戻ってこないかなぁ」

 慣れているとはいえ、死体と一緒に過ごすのはあまり心地いいものではない。この動かぬ肉の塊は、とてもとても不気味だった。




 少しして、領主の許可を得たと戻ってきたリサに、館を案内される。

 暗闇の中、洋灯(ランプ)に照らされ艶めかしく染まったリサの肢体に欲情して飛びつきたくなったが、もちろん自重する。脳内で繰り広げられる妄想の世界では、我慢できなかったが。

 あの白くておいしそうな大腿骨に、噛みついたら彼女はどんな声をあげるだろう?


「この部屋に領主様はいるわ。良い方だから、緊張はしなくて大丈夫よ」

 僕の心の内を知らない、純真な彼女は僕の心配をしてくれる。本当にいい子だ。

「領主様、連れてまいりました」

 リサは扉を開け、僕を明るい部屋へと促した。


 発光する人魂のような青白い光が浮かんでおり、部屋を満遍なく照らしている。部屋の中央には、客用の椅子と低めのテーブルが置いてあった。

 部屋を飾る絵画や壺といった調度品は、部屋の雰囲気を壊さぬよう控えめな色彩、造形をしている。芸術品の良し悪しの分からない僕でも、品の漂うそれがそれなりのものだというのを感じることができた。部屋は豪華で人魂が浮かんでいること以外は妙なところはなかった。

 いや、もうひとつ気になるものが部屋にはあった。部屋の一部が白いカーテンで仕切られているのだ。その奥から何かの気配がする。布越しだというのに、そこから溢れるものが塊となって伝わり、背筋にゾクリと来る。本能に訴えかけるような純粋な恐怖、僕が感じたのは、まさしくそれだった。

「カーテンの奥にいるのが、領主様です」

 リサが僕に座るよう促すとそう言った。僕が感じた、この威圧感はやはり領主様のものだったか。

「りょ、領主様。はじめまして。僕は軽矢 務と言います。突然の訪問にもかかわらず、ありがとうございます」

 僕は失礼のないように、言葉を選ぶ。

「うむ。主はツトムと言うのか。私は、コミ・ド・ツツ。皆からは単に『領主』と呼ばれておる。私の姿は、普通の人間が目にするには刺激が強すぎるでな。このような形での対面を許してほしい」

「お、お気遣い、ありがとうございます」

 確かに素のままで面と向かったら、冷静でいられる自信がない。あの布の向うには、それほどまでに危険で、本能的に忌避してしまう、強力な『死』がいる。


「私はこの者と二人きりで話がしたい。下がっていいぞ」

 リサは一礼して、部屋を出ていった。僕はこの得体の知れない者と二人きりになった。

「そんなに固くなる必要はない。取って食いはせぬよ。私の配下の者(ほね)を助けたそうだな」

「はい。なりゆきというか……助けました」

 固くなるなといわれても、無理なものは無理である。本来、小心者で小悪党なのだ。大きすぎる力の前には、小さくなるしかない。

 しかし、僕はその恐怖の壁を、大きすぎる存在を乗り越えなくてはならない。僕は、なけなしの勇気を降り絞り、行動に出た。

「り、領主様。ぼ、僕にリサをください!」

 僕は古来から日本に伝わる形式に則り、床に手をつき頭を深くさげた。


「は?」

 きょとん、という表現が似合うそんな声がするが、そんなのはおかまいなしだ。僕はさらに言葉を続けた。

「あ、あんな美しい(ほね)、見たことがないのです。領主様、僕にリサを下さい」

 僕は言った、言い切った。言い放ったところで、ふと、我に返る。

 人間は彼女らにとっては、恐怖の対象でしかない。彼女の知らぬところで勝手に決めて、嫌われでもしたら、僕はもう生きていけないかもしれない。

「……あぁ、でも、彼女が嫌だというのであれば、無理強いはしません。所詮、僕は人間ですし……。それに彼女は領主様の奴隷と伺っています。僕は一文無しですし、あんな美しい骨を、なんの見返りもなく手放すのは難しいかもしれませんが……」

 奴隷。現代社会に奴隷という存在はいない。それがどういうものなのか僕には想像もつかない。しかし、奴隷は所有者の財産であり、優秀なものであればそれなりの値段がするということは知っていた。リサは非常に美しく、しかも村の外へ行って言いつけられた仕事をこなせるほどの実力がある。この領主にとって貴重な奴隷であろう。リサを貰うことは難しいかもしれないと、感じていた。僕は、領主様の顔を伺う。


「くくく、世の中には酔狂な人間もいたものだな。よかろう、許可する。何、心配するな、先ほどリサにおまえの世話を頼んでおいたのだ。彼女は喜んで引き受けてくれたぞ。相思相愛ではないか」

 領主は、愉快そうにカラリカラリと音を立てて笑う。もしかすると、領主様も骨なのかもしれない、と僕は感じた。そう思うと、先ほどまでの恐怖もほんの少しだけ収まったように思う。骨に悪い者はいないのだ。

「本当ですか? あぁ、リサ……」

 僕は、怖い領主さま(お義父さま)に認められて、リサと一緒にいることを許されたのだ。それにしてもお義父さんのあいさつというものは、どこの世界へ行っても怖いものなのだ、と僕は感じた。


「うむ。主にも魔力があるようだし、所有権を主に書き換えてやろう」

「えええ、そ、そんなことまで。でも、本当にいいのですか?」

「冒険者の死骸を持ってきた褒美でもある。遠慮なく受け取るが良い」

 あの死骸が結納品の代わりにでもなったのだろうか。何にせよ、僕はリサを貰うことに成功したのだ。



「今から、お主に移すぞ」

 領主様が、なにやら難しい呪文(ことば)を唱え終えると、どこからともなく現れた黒くぼんやりした塊が、僕の中へと入ってくる。

 僕の中でそれは小さな生命が宿ったように脈を打つ。この鼓動は骨人(スケルトン)の命の火。骨人が破壊された(しんだ)時、その小さな音は消えてしまう。これはその骨人との繋がりを示す証なのだ。

「これが、リサ? 力強く温かい……」

「そうだ、おまえの魔力を糧に、今からリサは生きるのだ。これでリサはおまえのモノだ、好きにするがよい」

「領主様……僕は、軽矢 務は、責任を持ってリサを養います」

 僕が思わずそう言うと、領主は大笑いした。いままで領主が僕のために抑えていた覇気も漏れだしていて、その時、僕は気絶しそうだったのは秘密です。

領主の名前の由来

骨密度コツミツドを並び替え。

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