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4.もう少し、この至福の時を。と、その青年は言った。

 僕は骨が好きだ。

 大腿骨や鎖骨といった有名どころはもちろん、距骨や蝶形骨といった一般人には「どこの骨?」という骨の名称も、僕は把握している。


 ちなみに人間でも動物でも骨盤が大好きで、特に人間の場合、仙骨から尾骨にかけての湾曲がいいと思う――



「ツトム、起きたのね?」

 彼女はそう声をかける。骨人(スケルトン)は睡眠を必要とせず、休憩することなく活動することができる。しかし、人間である僕はうとうとと眠気に襲われ、眠ってしまったようなのだ。

 そして、起きたら、目の前に素敵な骨盤がありました。


「……骨だ」


 リサの膝枕――ならぬ、骨盤枕に抱かれて眠っていた。少し固いけれど、頭がすっぽりとはまる骨盤は最高だった。


「もうすこし、この至福の時を……」

 僕はリサの細い腰に抱きつき押し倒す。そして、閉じようとする大腿骨を左右にを押し上げて、さらに深く骨盤に顔を埋める。彼女の骨に僕の熱い息が当たる。


「ゃ、ぁ」

 リサが押し殺したような声を漏らす。彼女の手が僕の頭に触れて、小さな抵抗の意思を伝える。しかし、僕は止まらない。戸惑いながら、震えながら、強い拒絶をするでもなくーーそんな反応をされてしまったら止まれない。


「ゃ、やめて。そんな、ところに、顔を……ぁ、そこは。ちょ、やっ! あぁっ!」

 彼女は僕を引きはがし、頬を打つ。僕は勢いよく荷台から落ちた。骨人は常人よりも力があるのだ。


「ご、ごめんなさい。そんなに強く叩いたつもりはなくて……」

「いやいや、リサは悪くない。ごめん。悪いのは僕だ。寝ぼけていたとはいえ、無防備な女性になんてことを」

 しかも、コレクションにしていたように、骨の感触を味わっていたなんて許されるはずはない。しかも、反応が返ってくるので、普段以上に興奮し、激ってしまった。


 僕は頬の痛みに耐えながらも、平誤りをする。


「……僕を軽蔑するかい?」

 彼女の大切な部分に顔を埋めて、味わってしまったのだ。完遂はしていないが、未遂では済まされない行為である。嫌われてしまっても仕方ない。


「いえ、ちょっと、びっくりして。骨になってから、こんな気持ち(こと)は初めてで」

 骨は生殖をしない。そのため普通ならば生物として沸き起こる衝動や行為は体験する機会は皆無に等しい。しかし、僕から流れ出た熱い感情に触れた結果、経験したことのない感覚に襲われ戸惑ってしまったらしい。


「おやおや、ずいぶんと立派なモノだねぇ。あたしも生きていれば、相手してあげれたのに、残念だねぇ」

 御者台にいたジャンヌは、遠い生前を思い出し、そう漏らした。

 服の上からもはっきりとわかる下半身の盛り上がりを見てしまったのだろう。


「ああ、見苦しいものを見せてしまった。重ね重ねすいません」

 僕は荷台の隅に置かせてもらっていた自分の鞄でそれを隠す。



「ねえ、ツトム……」

 リサは僕を見ていた。いや、僕の股間に視線が向いていた。そんなに見つめられると、収まるどころか、ますます硬いものになってしまうではないか。


「そのぶら下がっているもの、ちょっと見せて……」

 リサの白い指で、そこは示された。

「え? ぶら下がって?」

 指差す先にあるもので、ぶら下がっているものといえば。


「ちょ、ちょっと待って」

 ヤバイ、今度のはヤバイ。そのおねだりを叶えたら、ソレが服という戒めから解き放たれたら、今度こそ理性を保っていられる自信がない。



「えっと、どれ?」

 僕はごまかす。少しでも時間を稼ぐ。この悶々を押さえ込むのだ!


 僕の葛藤も知らない彼女は近づいてくる。

 僕の鼓動は強まるばかりだ。

 そして、彼女の細い手が僕の下半身に伸びる。なるようになれと、僕は息を飲んだ。


「これ、赤と青の綺麗な骨ね。宝石みたい」

 リサの指は、鞄にぶら下がるキーホルダーを指さしていた。

「あ、このキーホルダー?」

 あぶない、あぶない、とんだ勘違いをしていた。


「これは、金魚の骨格標本だよ」

 金魚を使って作った透明骨格標本だ。解剖して骨を取り出す方法では難しい小型の動物の骨格標本を作ることに向いている。

 小さな骨でも保存し愛でるために、僕は透明骨格標本の作り方を学びマスターした。もちろん、この金魚の標本は僕の作品だ。

 この透明骨格標本は普段使いしていても大丈夫な数少ない骨製品なので、日本でも安心して身につけていられた。



「そうだ、さっきのお詫びにこれをあげるよ」

「いいの? こんなに綺麗なものを……」

「うん。僕なんかよりも、リサが持っていたほうが断然似合う」

 綺麗な物はやはり綺麗な人にこそ似合う。それに自分の作った物を愛おしい人が受け取ってくれると思うと、喜びも大きい。

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 僕はさっそくキーホルダーを鞄から取り外す。

「あ、そうだ。ちょっと待って」

 僕は鞄の中から携帯を探し、ストラップを外す。焦茶のレザー製のストラップで、首から下げられるタイプのものを利用していたのだ。

 そして、次にキーホルダーのナスカンを外し、ストラップの紐を透明骨格標本についている丸カンへ通す。見た目は良くないがこれでネックレスになった。

 完成したネックレスを、リサの首へかける。透明骨格標本が彼女の白い胸元で輝く。やはりキーホルダーではなく、ネックレスにして正解だった。惜しむらくは、紐が安っぽい事ぐらいか。


「使い古した紐で申し訳ないけれど……」

 本当は金か銀の鎖があればよかったのだが。彼女の白い(はだ)には、革製品よりも貴金属製の鎖の方が映えるただろう。あいにくとそのような装飾品は持ち合わせていなかったのだ。

 地球では髑髏を模ったリアル思考の銀細工が数多存在したが、趣味に合わなくなってから久しい。本物を手に入れるようになってから、好んで身に着けることはしなくなったのだ。

 本物の骨と比べてしまうと、やはり見劣りしてしまうのだ。銀細工には銀細工の良さがあるのは分かっているが、本物が持つ造形美には到底敵わないのだ。

 そのような経緯があって装飾品の類は箱に入れてどこかに仕舞い込んでいたのだが、こんなことならばネックレスのひとつくらい身に着けておけばよかったと後悔する。


「そんなことはないわ。こんな素敵なネックレスをありがとう。青虹トカゲ(カクル)の骨みたいで素敵」

「カクルの骨?」

 聞き逃してはならない単語を聞いた。


「骨が虹色をしているトカゲよ。深い森の奥にしかいないから、市場にはまず出回らないの」

 所有しているのは、富豪か貴族かくらいなのだそうだ。

「そうなのか」

 虹色の骨、コレクションに是非とも欲しいと思ったが、伝手も金銭もない僕には入手は難しそうだ。


「青虹トカゲもいいけれど、この青と赤の骨を持っているキンギョの方が、宝石みたいで素敵。どんな魚なのかしら」

 リサは眼窩が黒く潤む。この世界でも、女性には光りものが好まれるのだろうか。


「鱗が真っ赤な魚なんだ」

 骨の色に関しては染色したのでその色になっているのだが、リサの思い描く憧れを壊すような無粋なことは言わないでおく。


「外見は地味なのね。青虹トカゲも緑で、すごく地味なのよ」

「赤や緑が地味……」

 この世界では、色の種類に関わらず単色は派手さに欠ける印象を持つらしい。ところ変われば、文化も変わる。この世界に来てから、僕はカルチャーショックを受けてばかりだった。

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