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3.僕はあなたに一目惚れなんです。と、その青年は言った。

 僕は骨が好きだ。

 どれくらい骨が好きかというと、犬や猫と言った小動物はもちろん、熊や鹿のような大きな動物、そしてたとえ人間だったとしても、皮や肉をはぎ骨の標本にできるほどだ。

 僕は骨が好きだ。

 それだけは、どこにいても変わらない。骨が好きであることが僕が僕であることなのだから。


 ところで君たちは巷を賑わせている『骨抜き殺人鬼(ジャック)』という、異常者を知っているだろうか。その手口は残忍で、ゴミ捨て場に遺棄された死骸は、見るも無残に解体されており、ことごとく骨だけが抜き取られていたという。

 ちなみにそれらの死骸は、僕が人体骨格の標本を作った時に出た単なる不要物(ゴミ)である――



 にぎやかに瞬く星の空を見上げながら僕は歩いている。都会では灰色の(ビル)に空は覆われて、星などほとんど見えることがなかった。

 心が洗われるようだ、と、僕は思った。これほど彩り鮮やかであれば、僕が内包する赤黒く淀んだ色も、仲よく馴染んで見えなくなってしまいそうだ。


 夜空の下を歩く僕、その横を通り抜けるように、そうっと風が吹く。

 その風が運んできたのは、喧騒。それも、この美しい空に不釣り合いな、争う音。何かが壊される音や金属音、男たちの大声だ。


(夜だというのに、元気なことだ)

 おおよそ表で生活する人間には関わりのない路地裏の、そんな匂い(けはい)。死の泥臭い(よい)香り。風が運んできた、その馴染み深い騒ぎ(かおり)は罪深く非常に心地良い。


 僕は赤く繁む藪をかきわけて、こっそりと様子をうかがう。

 武装した人間が数人いた。彼らは荷台を襲っているようだ。彼らは賊か何かだろうか、あそこまで武装して集団で襲うとは、物騒なことこのうえない。

 僕は複数人が殺り合うような危険ごとに関わる気はさらさらないので、気づかれないうちに去ろうと思った。が、しかし、彼らが襲っているモノをみて、僕の気は変わった。

 女性が二人、正確にはお嬢さんと婦人が襲われていたのだ。

 僕はお嬢さんの容姿を見て、心臓がとくんと跳ねてしまった。すらりと伸びた白く細い肢体、首から鎖骨そして肩までのなだらかな曲線、丸みを帯びた腰の形――暗くて細かいところはわからないが、歪みのない整った形をしている体――つまり僕の好みド真ん中の骨格を持つ女性だった。


 僕は荷物の中から愛用の刃物を取った。今まで何人も解体してきた相棒、使うたびに手入れをしてきたので、切れ味は新品も同様だ。

 相手は5人。奇襲すれば、一人か二人くらいはやれるだろうか。僕が一人で戦ったところで好転するとは思えないが、彼女らが安全な場所まで逃げることができる程度の時間稼ぎはできるだろう。

 どうせ僕はろくな死に方をしないだろうと、常々思っていた。しかし、あのお嬢さんを守って死ねるのならば、今ここで死んでも悔いはないかもしれない。

 誰も知る人のないこの世界で、誰にも見取られず一人果てるくらいならば。それならばと僕は、たとえ見ず知らずの女とはいえ、惚れた彼女のために、この命を今ここで使おうと決意した。


 僕は意を決し、草むらから飛び出した。そして、一番襲いやすい位置にいた人間の背後から首元を狙い、刃物で突き刺した。


 ――ごろり、とその男の首が地に落ちた。


「なに?」

 そう言葉を発したのは僕だ。

 体が軽いのだ。それでいて、地を蹴る脚力が、刃物を振るう腕力が、身体すべての力が強くなっていたのだ。

 僕の体に何が起きたのか、どうなってしまったのか。しかし、それを戸惑っている暇はない。身体能力の向上、これはすばらしいことだ。

 そうとわかれば一撃必殺のもと、賊の人間たちを斬り裂き、次々に屠った。一呼吸に一人、本当に一瞬のうちに、賊をすべて片づけることができた。

 シャンパンのコルク栓のように頭が勢いよくふっとび、血が噴きこぼれる様子には、正直びびったが、人を殺すこと自体には罪悪感も嫌悪感もない身。もうすでに何人もの人間を殺してきたのだ、今更思うことは何もなかった。


 僕は首なしの死体となった人間の男たちを見下す。

「こんな寄ってたかって女性を襲うなんて、男の風上にも置けん」

 そして、僕は彼女たちに近づいた。


「大丈夫でしたか?」

 襲われていた者たちはあっけにとられている。何が起きたのかわからない様子だ。それは、僕が賊の首をふっ飛ばしたからだけではない。


「……怖がるのは仕方ないですね。僕は彼らと同じ人間の男なのですから。でも、僕はあなたたちの敵ではありません」

 僕は刃物を地面に置き、害はないことをしめす。そして、彼女たちの前で膝をついた。

 僕は、彼女のつま先から頭まで視線をゆっくりあげていく。


「あぁ、やっぱり、なんて美しい骨だ……正真正銘の骨、生きた骨……本当に美しいお嬢さんだ」

 そう、人間に襲われていたのは二人の骨だったのだ。僕が愛してやまない骨が、しかも、意思(いのち)のある骨が、人間に襲われていたのだ。これは、助けなくてはならないだろう。


(特にお嬢さんの方は、いい骨盤だ。いい子を産むだろうなぁ)

 骨に生殖能力があるかはさておき。


「あ、もしかして言葉が通じない? いや、しゃべれないのか」

 骨に命はあるが、所詮は骨。意思の疎通はできないのかもしれないと残念に思い始めたその矢先、お嬢さんではなく婦人の骨の方が声を発した。


「に、人間の癖にあたしらを助けて、どういうつもりだい? それに、人間の癖に性別を見分けるなんて……いったい何者?」

 戸惑う骨の婦人に僕は告げる。

「僕はそれほどまでに骨が好きなのですよ、お美しいご婦人(マダム)。僕は骨のためならば、特にあなた方のような美しい骨のためならば、この命をささげても良いというほどに」

 僕は骨を見れば、性別はおろか、年齢もおおよそならば分かるのだ。常に骨を観察し、愛でていたから、成せる技であった。


「……あぁ、もう我慢できない。お嬢さん、僕と結婚してください。彼女のような美しい(ひと)は見たことがありません。一目惚れなんです」

 骨が、美しく整った骨が、僕の目の前で生きている。夢にまで見た現象、それが今、紛れもない現実となっている。

 僕は想いにまかせて告白をしてしまう。もう後には引けない。


「あぁ、あいさつが遅れました。僕は軽矢 務(かるや つとむ)と言います。お義母さん(マダム)、あなたの娘さんを僕に下さい。大切にします」

 僕は自己紹介と、家族へのあいさつを一緒に執り行った。


「な、何を言っているんだい?」

 突然のプロポーズに二体の骨は二の句が継げないでいる。

「あぁ、突然現れた、どこの馬の骨ともわからない、しかも人間に大切な娘さんはさすがに無理でしたよね」

 僕は意気消沈する。

 そうだ、彼女らは人間に襲われていた。よくよく考えてみれば、生きた骨は人間にとって恐怖の対象でしかない。僕が特殊なのだ、僕だけが異質なのだ。それを僕は理解している。


「あなたは、本当に人間? 悪魔が人間に化けているのではなくて?」

 美しいお嬢さんはそう尋ねる。

「僕は間違いなく人間です。かなり異常であると自覚はしていますが」

 地球では「悪魔」と呼ばれていたが、骨が動くような場所だ。悪魔と呼ばれる存在もいるのだろう。

「……あなたは童話にある悪魔の騎士さまのような美しい黒い髪と瞳をしているから」

 その悪魔の騎士は、夜な夜な人間の首を狩るらしい。やっていることは、えらく仰々しいが、彼女たちにとっては強く美しい者の象徴であり、白馬にまたがった王子さまのような憧れの存在でもあるらしい。

 人間の首を狩る黒髪黒眼、それだけ聞けば、なるほど確かに先ほど僕が賊たちにやったことと一致してしまう。彼女がその童話に出てくる悪魔を連想してしまうのは仕方ないことなのかもしれなかった。


「僕は人間ですが、でも、あなたのためならば、人間をやめてその悪魔になりましょう。僕は、あなたの(しもべ)です。僕はあなただけの騎士です」

 この妙な場所に来たせいで、やっぱり頭がオカシクなってしまったのだろうか、どこかイカレテしまったのだろうか、僕の口からは今まで言ったことのないようなセリフが飛び出している。


「……へんな人間」

 若い方の骨のお譲さんはそう言って、カラカラと音を立てる。

「あぁ、その笑顔。ステキだ」

 頭蓋の表情は変わることはないが、僕にはすばらしく満面に見えた。この笑顔を守れるのなら、僕は人間のすべてを敵に回しても良い。そう思える笑顔だった。





「いいじゃないか、リサ。この人間は、信用してもよさそうだよ」

 婦人の骨はそう言ってくれた。一応、警戒は解いてくれたようで、僕はうれしかった。人間にあまり良い感情を持っていないであろう(ほね)から信頼を得、お近づきになれたことは大きいことだ。


「お嬢さんはリサ、というのですね。あなたは?」

 僕は婦人に名を尋ねる。

「あたしは、ジャンヌさ。ちなみにあたしは、この子の母親ではないよ」

「え、親子ではなかったのですか……すいません。ちょっと浮かれてとんでもない勘違いを」

 お嬢さんと婦人の組み合わせだったので、僕は彼女らを家族であると勝手に思い込んでいたようだ。

「いやいや、謝ることはないさ。人間は骨人(スケルトン)について何も知らないだろう?」

「そうですね……そのスケルトンというのはどのような種族なのですか? さしつかえがなければ、簡単に教えて下さい」

 骨が好きな僕が、もっと彼女ら骨人のことを知りたいと思うのは当然だった。


「私たちは不死者(アンデッド)の一種で、見ての通り意思を宿した骨のことさ」

 骨人は生物の骨に魔法によって命が宿った存在(アンデッド)。骨に魔法をかけて命を吹き込んで生まれるらしいので、「一家まとめて」とかそういうことがない限り、基本的に骨同士に血のつながりというものはないのだそうだ。

 あと、魔力の強い生物、たとえば龍の歯をまくなどすると生まれてくる事もあるらしい。


「魔法で骨がねぇ……」

 ここは、やはり地球ではないのだなと思う。しかし、様々な骨が命を持って括歩するなんて、最高の世界ではないか。



「ツトムは旅人なの? それにしては軽装だけれど」

「いやぁ……その、恥ずかしながら迷子なんです。気がついたらここにいて」

 街にいたはずなのに、このような幻想の国へ来てしまったのだ。地球とは異なる環境に不安がないと言ったら嘘になるが、ここは故郷よりも興味深いことも事実だった。僕はすでにこの場所が気に入っていた。

「気がついたら、ここに……。何かよくない良くない魔法にでも引っ掛かったのかしら? ここは私たち魔の者が住む土地、人間には少し生き辛いかもしれないわ」

 魔物が多く住むこの土地は、普通の人間ならまず近寄らない。人が住めないことはないが、不思議なことにこの土地で人は子を成すことはできない。この土地では、子は生まれるまでに必ず死んでしまうのだ。そのため人が永住するには適さなかった。

 子孫が残せない、そういう呪いがこの土地にはかかっているという人もいるが、実際にはこの土地の属性(せいれい)に影響され起こることらしい。この地域を守護する精霊の力が強すぎて、未熟である生き物はその力に耐えられず死んでしまうというのだ。


「精霊、か……。とんでもないところに迷いこんだなぁ……」

 骨人と出会えたのはすばらしいことだが。


「この辺に人間の住んでいる場所はないし……私たちの村に来る? 恩人ですもの、歓迎するわ」

「でも僕は人間だよ? 村人(みんな)は、襲いかかってこない?」

 骨の住む村などに行ったら、人間(てき)である僕は排除されてしまうかもしれない。

「ツトムは人間だけれど大恩人ですもの、領主様に許可をもらえれば、ツトムも安心して私たちの村で過ごせると思うわ」

「領主様?」

「私たちのご主人さまであり、生みの親。私たち骨人は領主様の奴隷、領主様の決定は絶対。命令さえあれば死ぬことさえ厭わないの」

 この世界では骨人は奴隷である。彼女らはその領主がいなければ生きていけない。生きるも朽ちるもその領主次第というのだ。

「奴隷……」

 奴隷というものに馴染みはないが、あまり良いイメージはない。しかし、リサの仕える主人は骨を消耗品(どうぐ)扱いしない人らしい。骨を愛する身としては、奴隷であるリサがひどい扱いを受けていないことが救いだった。会ったこともない領主であったが、僕の中では良い人であるという認識ができていた。骨を大切にする者は良い者に間違いないのだ。


「それにツトムは私たちと敵対する意志がない。それどころか私たちを冒険者から助けてくれたわ」

「冒険者?」

「これのことよ」

 リサは死体を指さす。

 僕が殺したのは、どうやら賊ではなく、冒険者という類のものらしい。まぁ、僕にとっては、彼らが何ものであろうと、どうでもいい事だが。


「私たちは人間に殺されるの。無差別に……。私たちは何もしていない、静かに暮らしていただけなのに」

 リサは細く白い指を握りしめてうつむいた。どうやら人間たちは、まったく関係のない者たちでも、魔の者というだけで襲っているらしい。


「最近、この土地に入り込む冒険者が増えて、死体もちらほら見かけるようになったから、簡単に仲間を増やせるようにはなって、ちょっと複雑な気持ちだけれどね」

 骨人を含めた多くの不死者には生殖の能力がない。自分たちの種族を増やそうと思うなら、生きている者を殺め、その体を利用するしかないのだ。


「死体で仲間を……なら、この男たちは持っていくのかい?」

 動かぬ首なし死体を僕は指示す。


「そうね、領主様に献上しましょう。ツトムが退治したと伝えれば、領主様の印象も良いと思うわ。そして、きっとツトムを受け入れてくださるわ」

 リサとジャンヌは彼らの頭と胴体を次々に荷台に積み上げる。彼女ら不死者は、種族の特性として力が強いらしい。


「領主様か……」

 人間である僕を受け入れてくれるかは不安だが、何よりも。


「……領主さま(お義父さん)にあいさつ、か」

 美しい(ひと)「リサ」の主人(おや)に会う、緊張しないわけがなかった。

主人公の名前の由来は、カルシウム。

(かる)()()

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