16.5・あの悪魔には一生遊んで暮らせるほどの懸賞金がかけられている。と、人間たちは言った。
白い空の下、赤い草々を踏みしめて、不毛の大地を男女四人が歩いていた。彼らは冒険者、魔物を狩って生活する者たちである。
襲いくる魔物を退治しながら、彼らが目的とする討伐対象者がよく現れるという土地へやってきた。
「対象の黒髪は骨馬に乗っていたわ」
斥候から戻ってきた金髪の女が報告する。
「骨馬か。やっかいだな」
骨とはいえ馬であることにかわりはなく、その機動力は馬鹿にはできない。
「でも、乗りこなしていないみたいよ」
黒髪の男は確かに骨馬に乗ってはいたのだが、いまいち様になっていなかったのだ。手綱を骨人に持たせてゆっくり歩いているというのに、上体がふらふらしている状態。鞍にまたがっているだけで精いっぱいの様子だったのだ。
「馬にも乗れないような、あんなひょろいのが、噂の奴なのかしら?」
馬に乗れてやっと半人前、という言葉があるほど、乗馬は生活に根差している。下手をすれば年端も行かない子供でも操れる馬、それができないともなると、非常に未熟者である印象がぬぐえない。
「見た目で判断してはいけない。奴は邪悪な力を得て、何人もの人を殺している。油断は禁物だ」
最近では、どこぞの国の兵団が、そのたったひとりに逃げ帰ったという話だ。
「俺たちは寄せ集めの兵とは違う、上級冒険者だ。強大な魔の力を得ようとも相手はひとりの人間に過ぎない」
最強の生物であるドラゴンでさえも仕留めたことがあるのだ。その実力が、自信が、そして、か弱き者を守るという正義の心が、討伐の成功を確信へと変える。
「死霊使いが、死霊を何体出してこようとも、俺たちにかかれば敵ではない」
この世ならざる者を相手にする時の対策は万全なのだ。
四人の冒険者は手はず通りに黒髪の男と接触した。姿の見えないものを見る魔法を、悪霊にとりつかれ体の自由を奪われることのない装身具を、実体のないものを切る武器を、彼らは身にまとい戦いを挑んだのだ。
しかし――
「くっ。この骨、強すぎる」
次々現れる骨人に苦戦する冒険者たち。
足や骨盤を破壊し動けなくするが、その程度では、彼らの動きは止まらない。すぐに再生してしまうのだ。
多くの場合、戦えなくなった骨は、術者からの魔力の供給が絶たれる。戦いの役に立たないからという理由があるのはもちろん、骨を修復するよりも別の死霊を召喚した方が効率が良いからだ。
使えるパーツが残っていれば戦闘後回収して再利用するといったことをする者もいるが、手間を考えれば捨て置くほうが効率がいい。あくまでも骨というのは使い捨て、壊れたらそこまでの道具なのだ。
魔の者が使役する骨は消耗品であり、大量生産品だ。たいして強くもない骨に、強化や回復の魔法をかける者など、ほとんどないと言ってもよい。
さらに言えば、一度に大量に召喚できる骨は攻撃の主体というよりも、より強力な者を召喚するための時間稼ぎの盾に過ぎない。
「どれだけ骨を持っているんだ」
いつまで経っても、骨よりも能力的に優れた悪霊や幽霊、上位死霊が召喚される気配はない。現れるのは骨、骨、骨。骨のみである。
高額の賞金首になるほどの実力を持つ者ならば、骨を繰るという見習いの死霊使いでも扱える基本の魔法だけでは済まないはずだった。しかし、黒髪の男が召喚するのは、骨のみ。しかも、ありえないほど強化された骨軍団であったのだ。
「骨ごときに苦戦するなんて」
実体のない不死者との戦いを想定していたが、蓋をあけてみれば敵が骨のみというその事実が、冒険者たちの命運を決定づけた。
実体を持たないこの世ならざる者に有用と思われた対策のほぼすべてが何の役にも立たないという事態に襲われた。死霊使いと戦う時の常識が通用しない相手だったのだ。
「また骨の召喚……どうして骨だけなの」
ひときわ大きな召喚陣が現れ、やっと本命が出てきたかと思いきや、そこから現れたのはまたしても骨であった。
「しかも、今度はドラゴン種の骨かよ」
骨とはいえ最強生物のドラゴン。生半可な攻撃は通らない。対竜の準備がある時ならばいざ知らず、今ある武具では倒しきれるか分からなかった。
「だが骨なのが救いだな」
幸い、竜の骨の動きは思いのほか鈍い。これならば、距離をとっていれば、力まかせの攻撃が届くことはないだろう。
肺や心臓などの器官を持たない骨は、一般的には生前の特殊能力を使えないことが多い。
距離にさえ気をつけておけば、倒すことに問題はなさそうだ、という油断が生まれた。
「いまだ!」
不意に黒髪の男が叫んだ。
その言葉を待っていたとばかりに、骨の竜が口を大きく開くと、そこに魔力が引き寄せられていく。魔力を魔法に変換したのち、口を起点とし直線上にそれは放たれた。
竜の息。
息、という名から勘違いをする者も多いが、正確には魔法の部類である。
呼吸するとは思えない骨の竜が生前と同じようにブレスをはいた。その事実を前にして、彼らは信じられないといった表情のまま、「生けとし生ける者の鼓動を止める猛毒」をあびて、人としての生を終えた。
戦闘後――
「え? この人間たちって、指名手配されていたの?」
戦闘後、怪我をした骨の治療をしていると、骨人がそう申し出た。彼女は肋骨の空間に収納している袋から冊子を取り出し、黒髪の男に見せる。
罪状は、魔の者や希少動物を虐殺する凶悪犯ということだ。
「どおりで手ごわかったわけだ」
手配書に載るような熟練の冒険者たちの連携は、時に千の集団よりも手ごわいのだ。
「それなら討伐の証拠の首は持っていったほうがいいよね」
ツトムは死体に近寄った。手を振りかざせば体内から魔力があふれ、四人の死体を包み込む。
肉を裂き中から骨が現れた。しかし、骨となったのは首から下。頭のすべては、そのまま残っていた。体だけ骨にして操り、自分の首を運んでもらおうという魂胆だ。
非常にシュールな魔の者が生まれた瞬間だ。
「討伐済の認証をしてもらったら、すぐに頭も骨にして完全な姿にしてあげるからね。少しの辛抱だよ」
四人の骨たちは、無言でがくんと、うなづいた。
骨になった冒険者たちは、理解した。
骨の身となった今なら理解できた。
なぜ骨なのか、なぜ骨が強いのかを。
当たり前なのだ、強くて。強くなって当たり前なのだ。
骨となったことに不安があったが、そんなことを気にしていたことが馬鹿馬鹿しくなるほど――彼のそのやさしい言葉が、愛にあふれたその情熱が、麻薬のように心地よく、骨に染みいる。骨になって良かったのだと、そう心から思えるのだった。
彼のためだったら、戦って死んでも良いと、元人間たちの心は、彼の愛に汚染されていく。
こうして、彼らは「最強の生物である古の竜の骨を従えた、実力も自信も、か弱い骨を守るという信念をも携えた者」に、敗北し――この不毛の大地で、血と肉を失い、骨になったのだった。