18.骨は全部僕のものだ! と、その青年は言った。
僕は骨が好きだ。
骨たちよ、いとおしい骨たちよ。君らの主人は、君ら骨を愛さない。愛していない。単なる道具としか思っていない。君らは破壊され、朽ち果て、その存在すら最初からないことになる。
骨よ、君たちはそれでいいのか――
魔王軍に入ったとはいうものの、重要な戦には参戦できないでいた。武勲を立てられないような、しかし、危険の多い前線という絶妙な位置に配属され、苦戦することも多かった。しかし、僕には骨たちがいた。僕がここまで戦えたのは骨たちがいたからだ。
骨人を使った戦の拠点準備や死体の後処理といった雑用をしていた。魔王軍の中での地位は、かなり低かったが、最前線の拠点を築いたり、斥候を蹴散らすということをしていたこともあり、人間側での知名度は上がるばかりだった。
拠点つくり。
骨人たちは皆、土の入った籠や水の入った桶、木材などの資材を運んでいる。子供から年寄りまで、老若男女関係なく働いている。
彼らは軍の奴隷だ。食糧や武具といった物資を運ぶ以外に、掘りや柵、拠点を作成したり、壊れた拠点の補修作業をしているのだ。
休みなく労働できる彼らは、重宝される。
僕の骨もこの作業に参加している。僕が軍に入ってから、骨を使った作業の半分は僕に回された。
彼らは嫌がらせのつもりだったのかもしれない。だが、僕は名誉だとか出世だとか興味がない。むしろ、死体の後処理などは、喜んでで引き受けた。骨が、仲間が、増やせるからだ。
「みんな、今回もお疲れさま」
僕は拠点を作り終えた骨人たちを労う。作業で疲労したであろう骨人たちに骨を磨く魔法を施す。これで土汚れた彼らの骨は美しい輝きを取り戻す。
ついでに他の部隊の骨人たちにも同じ魔法使う。もの言えぬ骨人ではあったが、感謝の意を感じたような気がした。完全に僕の自己満足の行動であったが、自分の手の届く範囲で骨たちには幸せにあってほしかった。
「この拠点は大体完成した。君は見張りを、君は周辺の見回りを」
拠点を作った骨人はそのまま拠点を守る兵となる。戦場でも彼らに休息はないのだ。
僕がこの世界に来た頃は、冒険者と呼ばれる者たちが数人程度の集団で入り込んできた程度であったが、最近ではいくつかの国と共同での進軍も増えてきた。団結した人間は手ごわい。送り込まれる人間たちの連携は目を見張るものがあった。
魔の者はどうしても個が強いのである。団結の力は人間よりも劣るのだ。戦況は一進一退、ほぼ互角といったところだ。
今回参加した戦は、最悪と言ってもいい状況だった。
「……また骨を無駄に投入だと」
ただただ、突撃させるだけ。戦略も何もなく、物量で押し切る。骨はただただ破壊されていく。そんな現実だった。
「おまえ、そこそこな骨を作れるんだろ? オレのところの骨がそろそろ切れそうなんだ。そこら辺の壊れた骨を直して、オレにくれ」
「あとよ、チマチマしてないで、おまえのところの骨も、行かせろよ。骨を出し惜しみしても、良いことないぜ」
彼らにとって、骨は敵に突撃し、破壊されるだけの単なる道具。変えのきく無尽蔵の道具、それが骨人なのだ。
「……」
大量生産の意思のない骨とはいえ骨に対する酷い扱いに、とうとう僕は切れた。
人間と戦って破壊されたり、仲間を守るためその身を犠牲にするのは、まぁ、仕方がない。戦いとはそのようなものだからだ。しかし、無為に突撃させたり、壊されること前提にした囮にしたり、骨を体の良い消耗品としてしか見ていない者たちが、そこにはいた。
魔の者たちも、人間たちも無残に破壊していくのだ。
骨を破壊する者は、たとえ魔の者であっても、僕は許さない。死を持って償ってもらうことにする。
まずは多くの骨に突撃命令を出し無駄に破壊した、お前からだ。
僕は生前は神官だった骨に、彼が得意であった魔を滅する魔法をお願いする。敵を攻撃すると見せかければ、うまく暗殺できるに違いない。
「 」
彼は祈りをささげ、天に乞う。
――願いは届き、光が満ちた。これを受けた魔の者の魂は消え去るのだ。
「こ、これは、滅魔法術」
突如現れた脅威に、現場は騒然とする。すでに四人ほど、この魔法の餌食になっていた。
「どこだ、どこに侵入した」
いくら探しても怪しい者は見当たらない。前線とはいえ、誰にも気づかれず敵が入り込めるような場所ではないのである。
「おかしい。この魔力は人間のものではない」
あたりに漂う魔力の残滓を鑑定したのだろう、魔力の流れは簡単にはごまかせないのだ。
(そろそろ潮時か)
味方を討ったのが僕と知れるのもすぐだろう。だが、僕は後悔していない。むしろすがすがしい気持ちだ。胸を張って誇れることをしたと、自我自賛してもいいだろう。
「貴様は、貴様が!」
その魔法の出所が、知れ渡ると魔の者たちは口々に言う。
「裏切るのか!」
「いや、元よりこれが狙いだったのか?」
魔の者たちは、僕を取り囲む。
「裏切るも何も、僕は最初に言ったよね。骨のために戦いますって。僕は、骨を道具扱いする君たちが、嫌いになった。ただそれだけだ」
僕は決して悪びれることなく、自分の正しさを貫く。
僕は魔王に肩入れする気もない。僕は誰がなんと言おうと骨たちの味方なのだ。
「それを裏切りというなら、僕は喜んで受け入れよう」
しかし、魔の者と敵対するとは言っても、今更、人間の味方になるつもりもなかった。骨を壊す人間も嫌いなのだ。
「今から僕は、僕が愛する者のために戦う」
決心した僕は駆けだした。僕は一番強力な骨の一族を仲間に引き入れようと考えていた。現在の位置からもよく見えるほど巨大で威圧感のある骨が数体いるのだ。
僕は魔の者を押しのけ、進んでいく。自身の骨に強化の魔法をかけ、戦場を駆ける。僕の本気に対抗できる者はこの世界に多くはない。おそらく、魔王が僕と張れるくらいであろうか。しかし、その魔王は遠く離れた城にいる。この戦場はもう僕の独壇場、思うがままだ。
巨大な骨たちが群れるその場所へ辿り着くと、僕は骨にそうっと触れた。
「竜の骨よ、かつては空を支配し、誇り高くあった竜の骨たちよ。答えてほしい。僕の愛に、愛する気持ちに」
そして僕は、骨の主導権を奪った。
「まずは、ドラゴンの骨。ゲット!」
竜の骨を従えた僕は自身の骨竜を呼び寄せた。骨竜の背骨にまたがり、次なる目標を定める。戦場に骨はたくさんいる。それを仲間に引き入れるのだ。
「骨は全部僕のものだ! 骨たちよ! 僕の元に集ってくれ!」
傍らには常に骨。それだけで、いい。
僕は骨を、僕は愛す。愛し続ける。
骨は我が身を写すもの。愛は恐れれば恐れるほどに恐ろしく、愛おしく思えば思うほどに愛おしい。
愛すれば愛するほどに、僕は強くなる。
愛とは偉大だ。
愛していたからといえば、裏切りも許される理由にもなりうる。僕は骨のために、骨以外のすべてを裏切ろう。
「大変です! スケルトンが! スカルドラゴンが! 骨という骨が言うことを聞きません!」
僕は魔の者の配下にある『骨』を次々自分の支配下に置いた。僕は特に骨に関しては世界最強なのだ。
前線のほとんどを任せていた骨たちが戦闘活動をやめてしまった。滅魔法術の比ではない脅威が、魔の軍に襲いかかったのだ。
僕は骨を奪い続け、その結果、それは大きなひとつの集団となった。
「骨たちよ! 僕の元に集ってくれてありがとう」
僕は集った骨たちを前に告げる。
「骨よ、よろこべ。君たちはもう自由だ。争いを好まぬものは武器を捨て戦が終わるまで身を潜めているといい。そして、戦う意志のある骨たちよ! 今まで同胞を無為に破壊された恨みをはらしたい骨たちよ! 奴らの血肉を引き裂いてしまえ。そして、僕に貢げ、骨を! 骨を!」
骨たちに歓声が沸き起こる。僕の支配下に入ったことにより、今まで許されてこなかった、自我や感情を得ることができたのだ。
その声を聞きながら、僕は次なる魔法を唱えた。
戦場に僕の魔法が満ち、前線で戦う人と魔、双方の兵士に働きかける。
「か、体が動きません!」
正確には彼らの骨格に、死体を操る魔術をかけた。本来、この魔法は生者には効果がない。血肉と骨は魂によって強い絆で結ばれており、魔法の力ごときでは断ち切ることができないからだ。
しかし、僕の骨への愛は、魂を揺さぶる。生きている生物の骨でさえも、僕にとっては愛すべき対象なのだ。僕の魔法により、骨と血肉の絆は一時的に弱まり、骨が外に出ようとしてしまうのだ。だが、絆は完全に断ち切れたわけではない。骨の外出は血肉に阻まれてしまう。
魂がある限り骨は自らの血肉とは切り離せない。その現象によって、まるで体が動かなくなったかのようになるというわけだ。
「あぁ、生きとし生ける骨も、死せる骨も、すべての骨たちよ、僕の愛に答えてくれてありがとう」
僕の魔法は、奪い与える魔法。
骨を奪う、自由を奪う。そして、命を奪う。
命を与え、自由を与え、そして、愛を与える。
僕のもとに集った大量の骨たちは様子を伺うように、魔と人の前に立つ。今、ここに骨たちの反逆が始まったのだ。