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僕は骨が好きだ。大好きだ。【旧版】  作者: まいまいഊ
4章 僕は骨折り損で儲けもの
17/22

17.僕は骨のために戦います、と、その青年は言った。


 僕は骨が好きだ。

 僕は地球にいた頃、骨を売る仕事をしていた。動物の全身骨格を売っていたのだ。それは理科や美術の授業に使われたり、どこかの研究施設で使われていたりであったが、時々、個人的な取引もあった。

 さすがに人の骨は販売できなかったが、骨の需要はそこそこあった――




 そこは骨の部屋であった。

 烏の、猫の、犬の、魚の、トカゲの、コウモリの、人の、全身骨格。それらが理路整然と棚に並べられている。それらはすべて本物だ。

 地球に存在する骨は動かない。それは覆らない法則だ。しかし、異なる世界ではその法則は当てはまらないことを僕は知った。


 僕はぼんやりと辺りを見渡す。

 この空間に違和感がある。なぜ、僕は仕事場の貸倉庫にいるのか。いつ日本に戻ってきたのか。思考がうまくまとまらない。

 僕が立ちつくしていると、人骨のひとつが突然動き出した。見る人が見ればそれは悪夢であるが、僕にとっては喜ばしい現象である。


「あぁ、やっぱり夢じゃないんだ」

 風景は地球にある貸倉庫。しかし、骨は動き出した。景色と法則が一致しなかった。しかし、それは些細なことだ。


 (ほね)は誘うように、白い肌をさらして、ゆっくりと歩いてくる。

 僕はそれに答えなくてはならない。その体に触れなくてはならない。僕の思いをぶつけなくてはならない。

 女に吸い寄せられるように、僕は女の手を取り、引き寄せた。


 霞がかかった頭で考える。

 ここはどこなのか。

 骨はこんなに柔らかかっただろうか。

 そして、僕はいつの間に全裸になったのか。

 いくつか、疑問が浮かぶが、それは重要なことだろうか。


 女の体温を感じ、僕の体は本能的のままに熱を帯びる。意識のすべては、もうその女のことしか考えられなくなっていた。


 僕は、女の肋骨に指を這わせる。

「?」

 僕は違和を覚えた。あるはずのものがないのだ。第二肋骨と第三肋骨の隙間に指が入らない。何か肉の塊でもあるように、僕の指を阻むのだ。同じように骨盤の心地もおかしい。クニクニとした感触が指先にあるのだ。


「そう、そこ。優しく、入れて、ね?」

 女の手が僕の指先を誘導する。ぬめりとした温かいものがが僕の中指を覆う。

 まるでリアリティのない骨の感触。僕は動きを止める。


「細かいことは気にしないで。このまま身をゆだねて?」

 動ごかない僕を見て、(おんな)は言う。


 しかし、僕は気がついてしまった。目の前にいるのは、愛しい骨ではないと。肉体をまとった生身の者であることを。

 僕がはっきりとそう認識したことで、その作られた世界は崩れていく。


「ちっ、あと少しのところを」

 僕にまたがり、今まさに先端めがけ腰を落とそうとしている裸の女と目があった。艶めかしい肢体を持つ女は、確か淫魔(スクブス)という種族だったか。


「……僕に何か用ですか。淫魔のお姉さん?」

 淫魔が就寝中の男の部屋にいる、といったらヤることは、ただひとつだけである。


「伝言ついでに、少し頂こうと思っただけよ。この前は失敗したから」

「この前?」

 彼女は僕のことを知っているようだったが、僕の記憶には全くない。


「……あら、覚えていないって顔しているわね。ショックだわぁ。路地裏であんなに熱く愛を語ったじゃな、い、の」

 淫魔は腕を組みたわわな房を持ち上げる。包み隠さない肉体は、それだけで欲情をそそる。

 褐色の肌に隠れる鎖骨、たわわな乳をささえる腕の骨、乳の下にうっすらと浮かぶ肋骨、骨盤のなだらかな丸み、恥骨の丘。彼女の皮膚の下に眠る骨はどんなものだろうと、想像が沸き立つ。


(この骨の感じ。なんか知っている……かも?)

 うろ覚えではあるが、どこかで彼女の骨格は見たことがあるかもしれないという記憶が蘇ってきた。しかし、目の前にいる淫魔があの時の者であるという確信が未だに持てずにいた。それほどまでに、彼女の姿は記憶に残っていなかったのである。

 僕はとにかく人の顔を覚えるのは得意ではないのだ。印象に残るほど美しい骨の持ち主であったなら、決して忘れることはないのだけれど。


「廃人にしない程度にちょっと頂こうと思ったのに……なんで骨なのよ、まったく」

 手をひらひらさせながら、忌々しそうに僕を見る。

 淫魔は、夢の中で相手に理想の異性を見せることができる。あくまで見せるだけなので、感触はごまかせない。その男性の思う理想が淫魔の姿とあまりにもかけ離れていた場合、幻覚との差異によって、うまく惑わせなくなることもあるのだ。


「廃人って。……それはそうと、僕に何か用ですか?」

 何はともあれ、用件を聞きださなくては。


「そうね。まずは……」

 淫魔は赤い石を投げてよこした。複雑な紋章が刻まれた石は、うっすらと魔力を帯びている。

「これは?」


「魔王様が、あなたの登城を望んでいるわ。その石は入城許可証よ」

「魔王……さまが?」

 何度も対人間戦に参加し、優秀な戦果をあげたということで魔王の目に止まったらしい。


「光栄に思いなさい。人間ごときが魔王様に謁見できるのだから。確かに伝えたわよ……、というよりも、一緒に来なさい」

 どうやら僕には拒否権はないようだ。かくして僕は魔王の元へ行くこととなった。



 



 赤い絨毯の終着点には豪華な椅子、それに座った迫力ある幼女(やみ)がいた。それが魔王だ。


「ほう、主がツトムか」

 紅玉のような赤い目が、僕をとらえている。闇のような不気味な魔力は、領主様の比ではない。さすが魔王といったところだろうか、そのあふれんばかりの存在感が半端ない。見た目が幼女、ということもあり、そのギャップも半端ない。

 しかし、幼い外見に騙されたらダメだと、僕の勘が警告を告げる。


「はい、魔王様。お会いできて光栄です」

 僕は無難に挨拶をする。


「人間の男は若い女の姿だと油断すると聞いていたが、しかし、主にはあまり効果がないようだな」

 幼女の姿をした魔王はけらけらと笑う。これは魔王の単なる戯れなのだろうと、僕は思った。


「見た目がどうであろうと、あふれんばかりの闇をまとう以上、只者ではないと感じています」

「くくく、主は人間にしては、惑わされぬのだな。そんなに固くならずとも良いぞ」


「あ……はい」

 実は僕はさほど緊張はしていなかった。確かに威圧はすごいが、それ以上に魔王が姿を変える時に起こるであろう骨の変化について、非常に興味が沸いており、そのうずうずを我慢するので精いっぱいだったのだ。


「ツトムよ。今後も我々のために戦ってくれるな」

 魔王はそう確認を取るが、僕は彼らのために戦うつもりは最初からなかった。


「魔の者というよりも……正直に言うと、骨は魔の者に属しているので、その延長線で人間の敵になっただけです。僕は骨のために戦ってきました。そして、それは今後も変わらないと思います」

 僕はそう断言する。


「我らよりも骨か」

 魔王という者は、器がでかい。というよりも、珍しいモノを見るようなそんな笑みで僕を見ていた。


「申し訳ないですが、僕は魔王様よりも骨を優先します」

 この魔王になら、僕の気持ちを正直に言っても大丈夫だという確信があった。



「魔に寝返った人間が、偉そうに」

「魔王様より、骨とは。何を言うか」

 ひそひそと声が聞こえる。僕の宣言が気に食わないらしい。

 彼らから見れば僕は普通の人間。ただそれだけで一部の魔の者から、あまりよく思われていない。そのうえ、彼らの崇める魔王のためには働かないと言うのだ。彼らの心中は穏やかではないだろう。


 しかし、彼らは人間を裏切ったと言うが、そもそもの話、僕にはそういった意識はない。ここの人間とは姿が似ているだけで、それ以外には本当に何の縁もないと思っている。

 何か友好的な出会いがひとつでもあれば、違っていたのかもしれないが、そのような事はなかったのだ。


 この世界に来て最初に出会った人間は、骨人を襲っていた。その後も、出会う人間すべて、僕が骨人を連れているのを見るや否や襲ってくる。姿が似ているだけの種族から、そういう仕打ちを受け、それでも同じ人間だと思えるほど僕は聖人ではない。

 さらに言えば、これが地球で日本であったのなら、僕が骨人を連れて歩いていても、問答無用で襲ってくる者はないと言える自信はある。それどころか、つぶやくネットワークなどで、動く骨に出会えた感動を拡散される可能性が高い。骨のすばらしさを共有できるかもしれないのだ。

 奇異と好奇のまなざしで見られるのは、それはそれで迷惑だが、殺伐とした敵対関係になるよりは、はるかに良い関係だと言えよう。

 姿こそ地球の人間とよく似ているが、こういった意味でも、地球人とこの世界の人間は、やはり別のもの。到底、仲よくできるはずもなかった。



「僕は骨のために生きています。骨を敵とみなすこの世界の人間たちは、仲間ではありません。そう思ったこともありません。僕の敵です。それだけは誓えます」

 僕は強い意思を持ってそう宣言する。


「くくく、それは何よりだ。これからも、骨のために戦うが良い。活躍を期待しているぞ」

 魔王はそういうと、退出した。



 魔王との謁見後、僕は魔王軍の一角を任されることになった。僕の意向で骨のみで構成された部隊だ。僕を妬む者からは、最弱と言われていたが、僕はそれでも良かった。

 骨ではないものの言うことなどいちいち気にしていたら、きりがないからだ。


 これからは、骨以外の種族と合同で人間たちと戦うことになる。現場には無論、僕以外の部隊もあり、骨も雑兵として多くいた。


「がんばろうね」

 たまたま見かけた別部隊の骨人に語りかけるが、返事はない。彼らには生気がない。

 骨は単なる道具でしかない、彼もそのひとつなのである。

 それが僕には少しだけ悲しかった。

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