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僕は骨が好きだ。大好きだ。【旧版】  作者: まいまいഊ
4章 僕は骨折り損で儲けもの
16/22

16.骨たちが危機に晒されるというのなら、たとえ相手が神だったとしても排除します。と、その青年は言った。

 僕は骨が好きだ。

 標本以外にも、骨で作った机に椅子に、ベットに……様々な骨製品。日本にある家(ぼくのいえ)に飾られていた骨の数々。骨に囲まれ、それはそれで幸せだった。

 そして、今。数こそは劣るがこの世界でも、僕は骨を増やしつつある。しかも、魔法により意思を持つことができるという、おまけつきで。

 いつか、たくさんの骨を集め、どこか平穏な場所に家でも買って、骨たちとのんびり暮らしたいものだ。僕はそう夢を見る――





 街へ行ったり、骨を集めたり、魔法の修業をしたりと、僕は充実した日々を送っていた。そんなある日、僕は領主様に呼ばれた。


「領主様、用事とは何でしょう?」

「大したことではない。一人前の骨使いになった祝いを渡そうと思ってな。師から弟子への贈り物だ。お主は、死んだら骨になりたいと言っておっただろう。これはそれを叶えるものだ。生命はいつどこで果てるとも知れぬからな。今から渡すは、主がその生を終えた時、骨として生まれかわる魔法の道具だ。これをいつも身につけているのだ」

 象牙色に輝く指輪がそこにはあった。

「おおおお! ありがとうございます」

 僕は感激し疑いもせず、それを受け取った。

「私はもう長くはない。あと数年もしないうち、私は朽ち、無に帰すだろう」

「そ、そんな」

 領主様が弱ってきているのは僕も感じてはいた。しかし、面と向かって改めて言われると、見ないようにしてきた現実を突き付けられたようで、衝撃を隠せなかった。

 かつては布越しでさえ、圧倒される気配にめまいがしていたが、今では領主様を直視できるのだ。僕の力がついてきたこともあるだろうが、それでも、確実に領主様の気配は弱まりつつあった。

「悲しむでない……私亡き後、お主に私の骨たち(スケルトン)の所有権を委ねようと思う。私が消えた後、私から所有権(すべて)が主へと宿るような術式を彼らに施した。私が消えても、骨は残りお主の元に集うだろう」 

 領主は遠い(近い)未来()の思いにふけっているようだった。

「この領主様の心遣い、大切にします」

 実は、先ほど僕が頂いた指輪には、領主様が言った骨に関すること以外にも、もう一つ組み込まれていた。僕がそれに気がつくのは相当先のことだったが、この時の僕は気が付くことはなかった。



「……一つ、頼みがある」

 すべてを託した領主は改まる。

「何でしょう」

「近いうち、魔の者と人間たちとの大きな争いが起こる。この地も、おそらくその戦火に巻き込まれるだろう」

 魔と人の戦いについては、リサから聞いている。戦争とは無縁な国にいたので、大規模な争いが起きていると言われてもあまり実感はなかったが。

「人間の主に言うのも何だが……この地を守るため、我が骨の軍団と共に戦ってはもらえないだろうか」

 それは、魔の者のため人間たちを相手に戦うことを意味する。

「……正直、僕は、魔とか人とか、彼らの争いには興味がないのですが……」

 僕は思考する。人間とこの地の骨たちが争うその日が来ることは感じていた。しかし、現実感のない戦争の気配、未だにどこか遠い世界で起こっている他人事のように感じてならなかった。

「しかし、骨たちが、彼らの住む領主様の領地が危機に晒されるというのなら、たとえ相手が神だったとしても排除しますよ」

 人間の命を奪うこと自体は躊躇はない。殺人鬼だった僕は地球では何人か人を殺してきたし、外国で行われていた戦争はいつだって人間対人間であるのを見てきた。敵勢力の人間との殺し合い、何を今さら悩むことがあるのか、という感じである。

 それに魔王や人間、彼らがどうなろうと知ったことではない。積極的に手を貸すつもりも、排除するつもりもない。ただ、僕の大切なものに手をかける者がいるのなら、それらは等しく平等に僕の敵になるだけである。

 結果としては僕は「人間の敵」側になることを宣言したわけだ。(ほね)を守るために戦うとは、そういうことだ。


「……頼もしいことだ」

「もとより、人間には愛着がありませんしね……」

 特にこの世界の人間とは、まともに会話をしたことがない。骨人(スケルトン)にする材料として以外に係わり合いになったことがない。そんな希薄な人間関係では、同族とはいえ彼らを仲間とは思えない。むしろ、今まで寝食を共にした良き友人である骨人たちのために戦おうと思えるのだ。

「なぜ、お主は人間として生まれてきたのだろうな」

 大きなため息と共に、領主様の本音が漏れる。

「それは、僕も同感です」

 どうして人間のまま、この世界へ来てしまったのだろう。こればかりは、いくら嘆いたところで、どうにもならないことだった。




 領主様との謁見を終え、僕はこれからのことを考える。

「僕も少し鍛えようかな。そうだ、領主様の骨兵士たちがやっている訓練に混ぜてもらおう」

 この世界に来て力は得たが、基本がまったく分からない。平和な日本に住んでいたので、たくさんの命が奪われる戦争はどんなものか知らない。

 大軍相手に、ただ純粋な力を振い、狂戦士のごとく戦うも良いが、やはり戦い方というか、心構えを少し学んだ方がいいと思ったのだ。


 僕はその日から、骨に混じって基礎体力つくりや模擬戦をこなした。ひと月ほどで大分ましな動作ができるようになった。あとは、実践の中で経験を積んでいく段階に移行した。

 その頃からだろうか、この地で以前よりも人間をよく見かけるようになった。そして、領主の言っていたことが、現実となる。領内で人間たちによる大規模な襲撃があったのだ。


 僕は、骨たちと共に人間たちの前に立ちはだかる。ぷるぷるな骨が敵を拘束する。リンはその身軽さを生かし敵の動きを偵察する。僕は骨たちに混じって、人間たちを倒していった。僕の力を持ってすれば剣のひと振りで、ほとんどの人間は紙を引き裂くように簡単にばらばらになっていく。

 


「この地に悪魔がいるなんて、聞いてないぞ」

 一人で何人もの人間を蹴散らしている僕を見て、叫ぶ人間がいる。なんだか、悪魔呼ばわりされるのも久しぶりの反応だ。殺戮の最中だというのに、僕は笑みを浮かべてしまう。


「うわぁ、笑っていやがる。悪魔だ、やっぱり悪魔だ。人の皮をかぶった悪魔だ」

 僕の姿に恐怖し、戦意を喪失する者も現れだしたようだ。

「お、落ち着け、大丈夫だ。こちらには神官様がついている。お願いします。あの悪魔を退治してください」

 神官と呼ばれる者は頷き、不思議な唄と共に天に祈りをささげた。

「         」

 その祈りが通じ、天からそそぐ。


(あれは、やばい魔法だ)

 集う魔力の大きさは、魔力感知に疎い僕でも分かってしまうほどに、はっきりと見えた。全力で避ければ、避けることができるだろうか。僕は集中する。


 ついに、完成した魔法(ひかり)は僕めがけ降り注いだ。僕は避けようと努力したが、光速には叶わない。

「うわ、まぶしいっ」

 僕は大量の光にひるんで、勢いを失ってしまった。





「またひとつ、大きな魔を滅した」

 いましがた発動したのは、魔に効果絶大な魔法。それが直撃したのだ、術者は悪魔の消滅を確信していた。




 光が収まると、そこには先ほどと何も変わらぬ風景が残っていた。それは僕を含めての話だ。

「……びっくりした」

 強烈な光は僕を通り抜けただけであった。一瞬、目は眩んだが、僕の身に起こった事はそれだけで、無傷でその場に在った。



「魔を滅する聖なる祈りが……効かない。ということは、まさかあれは人間なのか!?」

 どうやらあの光は、人間には効かない類の魔法であったらしい。

「あんな化け物みたいな、人間がいるなんて。その力を得るために悪魔に魂を売ったのか? 裏切り者め!」

 どこかから罵声と石が飛んできた。集団に紛れて決行すれば分からないとでも思ったのだろうか。

 しかし、僕にはまるわかりだった。当たった石はちょっとだけ痛かったので、仕返しをしようと決意する。石を投げた者を殺気(まりょく)を込めた視線でさした。

「ぎゃぁぁぁ」

 彼は利き腕を抑え、うずくまる。

「あ、うまくいった」

 彼には魔法の実験台になってもらった。まだまだレベルが低いので今は骨にヒビが入る程度だが、熟練すれば骨を折れるほどの威力になる。

(この魔法、どうしても骨人(スケルトン)相手に練習できなかったんだよね)

 骨人は骨そのものである。骨を折る魔法が効いたかも分かりやすく、すぐ修復するので、練習相手には良い人材なのだが、とはいえ愛しい骨人たちの骨は傷つけることができなかったのだ。


「な、何をした」

 腕を抑えつつうめく兵は、不可解な現象に怯えていた。

「骨を粉々にする魔法の弱いやつをかけただけだよ。大丈夫、今すぐには死にはしない」

 彼はその怪我が治るまで、剣を持つことはできないだろうが。


「恐るべき邪悪な魔法だ。やはりその身は、魔に冒されている。しかし、それならなぜ、聖なる光が効かないのだ。悪魔と契約した人間の魂は歪み、魔と同等の本質となる。それなら、祈りは奴の魂を貫いたはず」


 確かに僕の扱う魔法は、その性質上、魔の側に属する。この世界の常識では、闇や死を司る魔法を扱う人間は契約により無理やり(ほんしつ)を歪めて魔と同質となり、その力をねじ込んだ者のみ。僕のように最初からその属性を宿しているわけではないのだ。

 悪魔との契約により、人間であるという本質を歪めるといった過程は行っていない僕の魂は魔に染まっていない。故に、使う魔法が魔に属していても、本質が人間のままなので、魔を滅する聖なる祈りは効果がなかったのだ。

 それに加えて、僕がその魔法を使えるようになったのは領主様の指導のおかげ。悪魔による力の譲渡ではなく、僕の努力によるもの。契約の類で楽をして手に入れた力ではない。

(もしも、この魔法が悪魔と契約をして手に入れたものなら、僕は危なかったわけだ)


「僕は人間をやめたつもりはないよ」

 この世界に来て、人間離れした力は得たが、自分の本質は未だ人間のまま、変わってはいないのだ。


「さてと、雑談はそこまでだよ。さっきはそっちの光の攻撃を僕は受けたから、今度はこっちの番からでいいよね?」

 ゲームのようなターン制ではないのだが、やられたからにはやり返したい。

「まずは、僕を消し去ろうとした君から!」

 僕は地を蹴ると、神官の頭を両手でつかみ力任せにつぶす。派手にしぶきが飛び、赤い小雨が降る。くだけ、血にまみれた骨の一部が露わになる。朱に染まった肉塊は鈍い音をたて、地に落ちた。


「あぁ、もうちょっと加減するんだった。頭蓋骨をこんなにするつもりはなかったのに」

 ここにきて、悪い癖が顔を出す。僕は自分のしてしまったことに、悲しみを覚える。

「こんなぐちゃぐちゃな状態では、さすがにかわいそうだ。僕が綺麗にしてあげるから、許してね」

 僕は魔力を丁寧に込める。うまくいけば生前の能力もある程度は骨に乗せることができるようになった。「魔を滅する祈りを使う」骨人になるというのは、なかなか面白い存在になりそうだ。そう思いながら僕は練りあがった魔法を死体へ向けた。


 肉塊を割り、中から完全に修復された骨人が生まれ出た。

「成功、成功。生前のスキルも、うまく骨にのったみたいだ」

 生まれた骨の状態を確認し、僕は満足し笑む。神官は骨人として、生まれ変わることができたのだ。

「さっきまでは敵だったけれど、これからはよろしくね」

「はい、この身はあなたのものです」

 今までは神に仕えていたであろう神官は、これからは僕に仕えることになるのだ。


「ひぃ」

 人間たちは目の前で起こった悪夢のような現実に恐怖した。人を簡単に殺すだけではなく、死体から(ほね)を生み出したのだ。


「助けてくれ」

 兵士とはいえ、元々はこの遠征のために集められ、数と勢いだけでここまでやってきた、ろくに訓練もしていない集団。太刀打ちできない強大な力の前に戦意は失われ、彼らの中には逃走を図るものも出た。


「助けてくれって……嫌だね」

 命ごいで助かるなら、戦争で命が失われることはないだろう。僕が骨の兵士たちとの訓練で学んだことはこれだ。この世界の戦場では一瞬のやさしさが命取りになる。

 残酷なようだが、自分に向けられた殺意はなんとしても排除しなくては、戦場では生き残れないのだ。

 そして何よりも、彼らは骨人(なかま)を壊しすぎた。僕は彼らを許すつもりはない。


「同じ人間ではないか」

「同じ人間、ではないよ」

 先ほどは魔の者(てき)扱いをしておきながら、何を今更と、僕は即答する。姿形だけは人間だが、生憎と僕はこの世界の人間ではないのだ。



「なんか面倒だなぁ……そうだ!」

 神官を骨にし、味方にした僕はふと閃いた。この時、僕の浮かべた笑みは、嬉々としていたにちがいない。

 戦場には無造作に死体が並んでいる。程よい量だ。人間たちを撤退させるまで、もうひといき。僕はありったけの魔力を放出した。

 死体という死体から骨が生まれ、僕の元に集う。


 戦場にて新たに生まれた骨人の集団に、人間たちは絶望を見たにちがいない。懸命に戦い「名誉の死」を遂げても、そこに安息はなくなった。骨として蘇えり人間を襲うことになるのだ。しかも、壊れるまで戦わされる「使い捨ての奴隷」と悪名高い骨人として、だ。


 奴隷としての印象が強い骨人になることを恐れる人間たちの気持ちは痛いほど分かる。

 僕は友人である骨たちを意志なき奴隷として生み出さないが、多くの者はただ主の命を聞くだけも同然の人形として、骨人を作り出すのだ。僕にはそれが悲しかった。




「僕らも戻ろうか」

 撤退していく人間たちを目で追いながら、僕は今回の戦を指揮していた骨人に言う。

「はい、もう決着はつきました。我々の勝利といって良いでしょう。仲間も、今回の戦いで増えました。ツトムさまのおかげで被害も最小限でした」

「そう言ってもらえると、うれしいよ」

 僕らは壊され動けないでいる骨たちを集めた。僕は彼らを見捨てはしない。半分ほど骨が残っていれば再生できる。十分な魔力を注いであげれば、すぐに元通りになるのだ。

 しかし、破壊が酷い(ほね)たちは、どんな魔法を施しても治らない、チリとなり大地に溶けるのを待つだけだ。彼らの二度目の死は、何も残らない。

 ほんの数時間前までは、一緒に笑いあっていた仲間たち。それが奪われる。

(これが戦争……)

 勝っても負けても、そこに残るのは奪い奪われた者(へいし)たちの現実(かなしみ)。しかし、彼らの屍を越えて生きていかなくてはならない。


「……あぁ、ものすごくリサに逢いたい」

 今はとにかく、難しいことは何も考えずに、やさしい抱擁がほしい。そして、戦の高揚でほてった体を鎮めたかった。

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