12.僕は正真証明、生粋の人間ですよ。お嬢さん。と、その青年は言った。
僕は骨が好きだ。
僕はいつだって、骨を思っている。
地球の骨たちは動かない。骨は死んだ者の象徴とも言えるものだからだ。
しかし、この常識を覆すのは、異なる世界の理。死してもそこで終わりではなかったのだ。新たな意思を得、再び生活をすることができるのだ。歩くことができる、話すこともできる、笑うことも、悲しむことも、もちろん恋だって。
恋人の骨と絡み合い、熱い夜を過ごすことができる。それは地球では考えられないことであった――
「友人がやっている店はここよ」
何でもその友人とは生前からの付き合いだとか。今でも手紙をやりとりする仲らしい。
大通りの一角にその店はあった。雑貨を扱う店のようで、日用品が所狭しと並べられていた。奥の暗がりにはほんのりと淡い光をまとった女性がふわりと浮かんでいた。彼女は幽霊。半透明の体を持ち、闇に紛れて生物の命を奪う者。
彼女がリサの友人らしい。彼女の名はアリスと言う。
「ふぅん、この人がリサの手紙にあった、新しい主人なの? 魔の者かしら?」
値踏みするように、頭からつま先まで視線を動かしている。
「僕は正真証明、生粋の人間ですよ。お嬢さん」
僕はフードをとり、正体を明かす。
「あら、生きのいい男ね。おいしそう」
アリスのうつろな瞳の奥がゆらりと光る。幽霊は人間を呪い、生命力を食らう魔の者である。
本来、幽霊は人間と敵対するが、今の僕は普通の人間ではなく、魔の者寄りになっている。よっぽどのことがない限り、襲われることはない。
「ありがとう、世辞でもうれしいよ」
幽霊に「おいしそう」と言われて面食らうが、きっと彼女なりの褒め言葉なのだろうと、お礼を言っておく。
「リサの主人だけあって、食えないわねぇ……」
そうは言うが、概ね好意的に受け入れられたようだ。
(それにしても、これが幽霊か……)
フードを取りよく見えるようになった視界に映る幽霊のアリス。僕はついつい彼女の胸元や腰を見てしまう。
「あら、ツトム。浮気?」
リサには僕の目つきが気に入らなかったらしい。
「リサが一番だって、いつも言っているだろう?」
僕はあわてて弁明する。
「鼻の下が伸びているじゃない」
「う、正直に言うと……こう服も体も透けて見えると、ね……」
「透けていると?」
少しリサの声が低い。
そう、透けた女性がいるとどうしても気になってしまうのだ。透けて彼女の大事な部分が見えやしないかと。この男の本能が!
「彼女の骨が透けて見えないかって、思っちゃうんだ。僕にはリサという骨がありながら、他の女性の骨を気にしてしまうなんて。僕はダメな男だよね」
「骨って……やっぱり、ツトムはツトムね」
リサはうれしそうに僕の腕にしがみつく。彼女は骨には寛容らしい。やさしさあふれるリサに、僕はたまらず彼女の額に口づけた。
「近年稀に見るバカップルだわ……」
アリスは珍しいものを見たとばかりに、ゆるりと揺らめいた。
ちなみに、幽霊は死体から湧き出た思念で出来ており、骨を始め肉体を捨てた者なので、骨はないらしい。残念!
「……でね、ツトムはすごいのよ」
魔の者たちは性の話題に非常にオープンな民族らしい。いや、オープンすぎるくらいだ。
(リサ、そんな僕の性癖をばらさないで。恥ずかしいから! せめて僕のいないところで!)
穴があったら入りたいとは、このことだ。
「あたしも、人間の女に取り憑いて、色々したいわぁ。しばらく、ごぶさたなのよ。最近は動物の生命力ばっかり。数年前、人間たちがたくさんやってきた時は、新鮮な命を食べるのも困らなかったのにねぇ。夜を愉しんだと思ったら呪われていて……絶望に満ちた死の味は何とも言えずおいしいわ」
「アリスの場合はそうよね。人間が多ければ、良い人間を見つける機会が増えるから」
「おいしいごちそうがなかなか手に入らない平和な世界と、逆に襲われる危険が大きいけれど、ごちそうのある世界と、どちらがいいのか分からないわよ」
「都合いい人間なんていない、世の中なんてそんなものでしょう」
「だよねぇ。楽に人間を襲って食べたいわぁ」
(に、肉食系女子の話みたいだ。僕はアリスの敵じゃなくてよかったとそう思うよ)
僕は少しだけ戦慄に震えていたかもしれない。アリスにそっと忍びよられたら、抵抗できる気がしないのだ。
内容は物騒な話をしているが、彼女らはおしゃべりを楽しんでいる。
女子同士の会話は、少しだけついていけず、僕は時々振られる話題に答えることしかできなかった。しかし、楽しそうに話すリサの横顔を見ることができて、それだけで僕は満足だった。やっぱり僕はリサに恋をしているのだ。
ふと、来客を知らせる扉の鈴が、涼しい音を響かせる。ここは営業中の店、どうやら客がやってきたらしい。
「仕事の邪魔しちゃ悪いし、そろそろ行くわね」
客が訪れたのを機にお暇することにした。
「また、遊びに来てね。リサの彼も」
僕とリサはアリスに別れを告げ、店を後にした。
あまり言葉を交わせなかったが、最終的にアリスの僕に対する認識が「リサの単なる主人」から「リサの彼氏」に昇格したのは、何よりも喜ばしいことでした。