11.もふもふする骨、だと? と、その青年は言った。
僕は骨が好きだ。
いつも骨のことばかり考えている。
骨には大きく分けて内骨格と外骨格がある。
骨は体を支える役割や臓器を守る働きがあり、生命が地上を動くことができるのも骨のおかげだ。
よく目を凝らせば、骨はいたるところにある。
そう、世界は骨に満ちている――
フードを深くかぶった2人組に、ちょっと変わったブロブという組み合わせは怪しいが、ここは人外魔境の街。騒ぎさえ起こさなければ、怪しさなど気にするものはない。
「ここが、この辺で一番大きな街かぁ」
ここは地球の街ではない。鱗を持つ者、蹄を持つ者、翼を持つ者、巨大な者、小さな者、地球では考えられない造形の人々が、日常を営んでいる。僕はそのような不思議な人々の骨格を妄想して楽しむ。
もちろん、街の至るところに骨人はいた。彼らは荷物を運んだり、ゴミを拾ったり、人々の生活を支えていた。
「やっぱり骨が気になるのね」
「ああ、うん」
「でも、少し浮かない顔ね」
そうなのだ。本来ならば、骨がいるだけで、眼福ものである。
しかし、リサの言う通り、僕は何かひっかかっていた。黙々と作業する彼らに違和感のようなものが、あったのだ。
「なんか残念なんだ。よく分からないけれど、そう思うんだ」
もやもやした気分を抱えながらも、僕らは街を歩いていく。
鮮やかな布に飾られた露店の並ぶ通りを歩いていると、地面に奇妙な物がちらほら落ちているのに気がついた。
「猫か何かかと思ったけれど、なんだこれ?」
道の片隅に、見慣れない毛玉が捨ててあったのだ。獣の死骸ではなさそうだ。僕はひとつ靴の先でひっくり返してみた。裏もまた毛だるまだった。土にまみれた汚れたそれは、空気の抜けてふにゃふにゃになったボールのようだ。
「これはモクフモの殻ね。ほら、あそこで売っているわ」
リサがそう説明する。店で買ったその料理を食べて、残った残骸が道端に捨てられているらしい。
「これが殻だって?」
どうみても毛玉である。単なるもふもふの毛玉にしか見えない。
「……おいしいのかな」
この土地の食べ物は見た目の色が非常に独特だが、味は極めて普通なので食べれないことはない。
「おいしいらしいわよ」
リサは食事を必要としないので、伝聞調になってしまうが、話によると、モクフモはゆでて殻を剥いて食べるものらしい。
僕も露店で売っているのを一つだけ買い食べてみる。
「おお、これはうまい!」
丸く膨らんだこの生き物の殻は、ミカンの皮のように簡単に剥ける。殻に詰まった紫身の肉は見た目には不気味だが、引き締まっており、噛めば噛むほどに味が染みだしてくる。
僕はあっという間に完食した。
殻だけになったモクフモを見て僕は思う。
「皮のようだけれど、これは殻なんだよね……」
殻は外骨格に分類される、骨の一種であることには変わりはない。僕にとっての一番はカルシウムでできた真っ白な内骨格であるが、この外骨格も骨と思えば、もしかすると?
魔法は思う力と言う。
骨が好きな僕は、この毛玉に魔法をかけた。
僕は侮っていた。
やはり世界は広い。広すぎる。
僕は骨といえば、内骨格ばかりを見ていた。いまさらながら改めて考えてしまった。勝手な常識にとらわれていたのだ、僕は。
いつものように不思議な光が死骸を包み込む。そして、魔法が効果を発し、生まれたのは丸く膨らんだ骨である。
あぁ、魔法はなんて平等なのだろう。分け隔てなく生物の骨格たるものを導き、この世界に生み出すのだ。
「もふもふだぁ、もふもふな骨だぁ」
僕は滑らかな骨をなでまわした。こうして新感覚の骨が新たに仲間となった。
「ツトムは、本当に骨が好きなのね。私もいろいろな骨に出会えて、楽しいわ」
リサも僕の作ったもふもふな骨をなでながら、にっこり笑ったように見えた。
もふもふの骨を新たに加え、抱えて街を散策していた。
時折見かける骨人を眺めながら、歩いていると、酔っぱらってふらついていた男が、一人の少女にぶつかる場面を目撃した。
少女は骨人で、ゴミを拾う仕事をしていた。少女はゴミを拾うために屈んでいたので、男とぶつかった拍子に転倒してしまった。集めていたゴミも辺りに散乱する。
「どうして避けないんだ。ゴミが付いちまったじゃねぇか」
ぶつかった男はそのことを謝りもせず、しかも、少女を罵倒したのだ。
「チッ。酔いが冷めちまった。飲みなおすか」
男は怒鳴るだけ怒鳴って、さっさと去っていった。酔った勢いで今にも暴れだしそうだっただけに、そうならなかったことに、拍子抜けした。
――後でリサに聞いた事だが、意外なことに魔の者たちは体質的に、酒でふらふらになることはあっても、暴力的になる者は少数らしい。
少女に何も無くて良かったと思ったのもつかの間、信じられない言葉が聞こえてきた。
「酔っぱらいくらい避けろよ」
「ゴミもまともに集められないなんて。最近、奴隷の質が落ちてきているわ」
「先月、街長お抱えの術者がひとり引退して、新人が入ったそうよ。その新入りが作ったんじゃないかしら」
「もっとしっかり管理して欲しいな」
誰一人として転んだ少女のことなど心配する様子はなかった。それどころか、少女に非難の目を向けていたのだ。
「あんな小さい娘なのに」
男に非があることは誰が見ても明らかなのだが、少女の味方はいなかったのだ。居た堪れなくなった僕は少女元に駆け寄り、手を取り立ち上がらせる。
「大丈夫だった?」
すると、少女が口をひらいた。
「そのモクフモの殻、捨てる? ゴミ、下さい」
拙い口調の少女の骨人は、僕の抱えるモクフモを指差している。
「あ、これはゴミじゃないんだ。小さいのに、仕事、偉いね」
僕は可愛らしい少女語りかけるが、その言葉に反応はない。目は虚ろで、僕の言葉の意味が理解できていないようだった。
「……ゴミ、あるとき、下さい」
少女は一言、そう言って散らかったゴミを拾い始めた。
「この子は下級奴隷よ。それこそ、消耗品の道具と同じ扱いの弱い者たちよ。仕事ができなければ捨てられる」
捨てられることは、つまり、骨人は単なる骨に戻され、ゴミとして処分されるのだ。
魔の者たちの社会は基本的に弱肉強食だ。強さがモノをいい、弱ければ殺されても仕方がない、そんな場所なのだ。
骨人は力が強くとはいえ、それは人間と比べてというだけで、魔の者の中では最弱と言っても良い部類、その地位は低い。
さらに言えば、術者となる者がいなければ存在できないので、
安い労働力として使われているのだ。
「奴隷に自我は邪魔だから、あの子のような骨人が一般的なの。私のように自我がはっきりしている方が珍しいわ」
多くの場所において、言われた仕事を疑問を持たず全うする奴隷が求められるのである。
「せっかく生きているのに……」
僕が感じていた違和感はこれだ。見慣れた風景だったので、すぐには気が付かなかった。
骨人たちは動いているにも関わらず、生き生きとしていない。彼らは動いてはいるが、まとう雰囲気が気配が、理科準備室に置いてある骨格標本と同じなのだ。標本がただ動いているだけなんて、これでは魅力は半減していたのも納得できる。
ただそこにあるだけのもの。興味がない者にとっては、路肩の石と同じもの。
奴隷という身分に馴染みがなさすぎて、今まで楽観視していた。道具と同等、という言葉を深く理解していなかった。ブラックな就労形態のひとつくらいに思っていた。
疲れることを知らない骨人の少女は、先ほどのことなど無かったかのように、機械的に道に落ちたゴミを拾っては、背中の大籠に入れ続けていた。
「奴隷って、悲しいね」
目の前で虐げられている小さな骨を救うこともできない、ちっぽけな人間なのだと、僕は思い知らされたのだった。