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妹オンライン  作者: 寝たきり勇者
第一部
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第五話 妹、戦う兄の姿を背後から見守る

「じゃあ、俺、行ってくるから」

「お兄ちゃん。優美、応援してるから頑張ってね」


 わざわざ門まで見送りに来た優美の言葉を背に、俺は家を出て居住エリア入り口のポータルへと向かった。


 これで俺が純白の士官制服でも着ていて優美に敬礼をして出発するなら、どこぞの戦争大作映画の始まりのシーンみたいなのだろうが、残念ながら現在の俺の格好はキャラクター設定時にデフォルトで作られた部屋着姿のままなので、締まらないことこの上ない。そもそも最初にログインした時に感じた通り、この居住エリアは現代日本の地方都市の風景が広がっていて、違和感を覚えるようなファンタジー要素が詰まったオブジェクトは何一つ転がっていないのだった。


 今朝ログインしたとき、俺のステータスの職業欄は昨日までの空欄から「ハートランド王国軍兵士」という名前に変更されていた。優美にも聞いてみたところ、サブ職業欄が「ハートランド王国軍兵士たくみの共同生活者」となっていたので、それをメインの職業欄に入れ替えておいたそうである。


 女性キャラの職業欄が自由に設定可能なのは、「女性は働きたければ働いても良いし、働きたくなければ働かなくても良い」というどこかで聞いたことのあるポリシーに基づいているらしい。優美が早々にメイン職業欄を埋めているところを見ると、キャリアウーマンを目指す気が無さそうなのは、一目瞭然のようだった。


 前回からの流れでここまで読んで気付いた人もいるだろうが、ぶっちゃけ、この「ペアで生活オンライン」には、男性キャラに職業選択の自由はない。男はみんな王国兵士となって、ハートランド王国に脅威を与えてくる、外敵のモンスターと戦うしかない。それがこの世界の掟なのである。


 いや、だから何故そんな掟が……という疑問を持つ人も多かろう。だが、もう少しだけ待って欲しい。俺が王宮から戻る頃には、自ずと色々なことが明らかになっているはずだ。




 居住エリアを出て王宮エリアの入り口へと移動した俺は、目の前に立ちはだかる白亜の宮殿を見て溜息をついた。俺の昨夜の調査によると、この宮殿は運営会社の倒産によって、開発チームが離散した『ミスティック・アース・オンラインVII』で登場するはずだった物らしい。


 大作コンテンツの次期バージョンらしく豪華で作りこみも凄いのが哀れを誘うよな、と思いつつ、俺はNPCの門衛を横目に馬車が3台くらいは余裕で一度に通れそうな正門を大股でくぐった。


 その時、HMDから女物の機械音声が俺の耳に流れてきた。


『ハートランド王国軍兵士たくみには守護女神アテナにより生命の輝石と、加護の装備が授けられました。装着は守護空間内で行われています』


 次の瞬間、周りの景色は白一色に染まり、わずかな時間が経過して光が消えた後には、俺の姿は甲冑に囲まれたいっぱしの兵士の物に変更されていた。説明にあった輝石という奴なのか、両手の甲には卵大の青色に輝く宝石が埋め込まれてるし。おお、ようやくファンタジーな雰囲気になってきたぞ。


 その辺をうろついてる王国軍兵士の格好に一瞬で変身を果たした俺はマップ表示の矢印にしたがって宮殿の建物を横に見ながら、指定のあった第二錬兵場なる広場に向かったのだった。


 NPCじゃなさそうな人が結構いるなと思いながら錬兵場に足を踏み入れた瞬間、HMDに浮かび上がる赤字の文字列。


『公式行事中の私語はLQ10000ポイントの減点と、その後に特別訓練イベントを引き起こす可能性がありますのでご注意ください』


 おい、これはMMORPGじゃなかったのか? 他人との会話禁止ってなんじゃそりゃ? ゲームの特異性への疑問を抱きながら、俺はカーソルの点滅で指定される17番と書かれた番号の場所に辿り着いた。

 会話が禁止されているので、とりあえず横目で左隣の筋肉質なイケメンの兄ちゃんを眺めてみる。ポップされた名前は「アーノルド」だったが、実際には中の人は「翔太」とか「拓也」で俺と同様のいけてない兄ちゃんの可能性が高いよな……などととりとめも無く考えてみる。と、隣の兄ちゃんも見返してきた。ちなみに俺のキャラは長身で目つきが鋭く無言でローマで風呂でも入ってそうなイケメンの「ひろし」として、こいつの目に映っているはずだ。よろしくな、アーノルド。VRってぶっちゃけ不毛だよな。



 「私はハートランド王国軍歩兵部隊新兵統括官のマクガイヤー男爵である。王国を守護する崇高な使命を果たすため、ここに集ってくれた諸君を我々は歓迎する」


 髭のダンディーなおじさんが台の上にたって訓示を行う。いつも思うんだけど、NPCの演説ってあまり心に響いてこない気がする。


「……なお、諸君には王国兵士として保持すべき最低限の技能を最短の時間で身につけて貰うための訓練が待ち受けている。この訓練をくぐり抜けた時こそ、選ばれた者として……」


 はいはい、俺たちも了解してますので早く続きを。



「俺の名前はゴッサム。お前ら新兵の訓練担当だ。良いか、ひよっ子ども。耳かっぽじって良く聞けよ。貴様らは単なる糞だ」


 やっぱりこう来るか……


 既に名前を忘れた男爵さまの訓示が15分程度も続いた後にようやく終了して、ゲームとしてこれは本当に正しいのかと思い始めた頃、新たな教官役のおっさんNPCが現れた。身長は俺の「寛」と同じくらいだけど、横幅が倍くらいあって全身これ筋肉という印象だ。


「王国を守るには怪物を倒す必要がある。怪物を倒すには剣の一撃だ。剣も振れねえ兵士に用はない。貴様らには、これから俺が満足するまで剣の素振りをして貰う」


 教官NPCゴッサムの言葉とともに、唐突に素振りイベントが始まった。


 『剣を抜いて水平に薙ぐポーズをしてください』


 HMDに表示されている文字列に従い、俺は立ち上がって、剣を抜くイメージを作りながら腰の左側に右手を置いた後、横に振りぬいた。

次の瞬間、金属音がして、画面上で腰にあったはずの剣が俺の足元に転がっていた。


「17番の新兵。なんだ、それは。貴様、剣を握ることすら出来ないのか? 糞にもほどがあり過ぎるぞ」


 すぐさま、ゴッサムの罵声が俺に飛んできた。な、何が起きた……と思ったときには、HMDに警告の文字列。


『剣は重たいので、そんなに早く振れません。もう少しゆっくり動かしてください』


 うわ、無茶苦茶、嫌なゲーム。俺の他にも何人ものヤツが剣を取り落としては、ゴッサムに罵倒されている。俺は次は落とさないように慎重にポーズを作って剣を……


『17番。アホかてめえ。そんなノロマな動きで何が斬れると思ってるんだ、この低脳が!』


 ぐぬぬ。ゴッサム許せん。糞、一定の速度の上限下限値の間で手袋のセンサーを振らないといけないんだな。


 一定時間内に一定数の剣の振りぬきができれば合格らしいということが、何回かの試行でわかったんだが、それがなかなか難しい。振っても振っても失敗のブザー音がなるばかりで俺は少し疲れてしまう。


 それでも結構頑張っていたが、少し時間が経つと「7番合格」「11番合格」といった感じで、成功してゴッサムに呼ばれる奴がぽつぽつ現れ始め、俺はだんだんと焦ってきた。


「ヤメだ、ヤメ。なんだよ、この糞ゲー。やってられねえよ」


 俺の右二つ隣から男の喚き声が聞こえてきたのはそのときだった。

 素振りの練習で合格できない男、当然ながら外見は黒髪のイケメン男だ、が我慢できずに声を上げたのだった。このゲーム始めてから、初めてじゃないか? 普通に他人の声を聞いたのって……


 そう言って後ろを向いてどこかに行こう……とした男は2,3歩も歩かないうちに壁のようなものにぶつかって先にいけなくなった。アバターがシステム的に位置を拘束されているのに気付かなかったな。


「19番の新兵、どこに行く。お前は素振りもこなせない糞野郎のまま除隊したいと言うんだな」


 ゴッサムがそう怒鳴った瞬間、19番の男が「みぎゃ!」とでも呼べるような声を出して身体を硬直させた。両手についてるセンサーに最大出力の刺激を出された雰囲気だ。


 その後ゴッサムが男に近付いて力強く右手を振りぬくと男はきりもみしながら自分の身長より高く舞い上がってから墜落し、二度三度バウンドして地面を転がった後、ポリゴン片となって消滅した。HMD被ってたら、視界がぐるぐる回ってかなり気色悪いだろうな、あれは。ちなみに、消滅した19番は強制転移で即座に自分の『ホーム』に飛ばされているはすだ。


 『馬鹿なヤツ……』


 俺を含めた新兵は19番の運命を間近で見ながら、思いを同じにしていたはずだ。もしかしたら、19番は封筒に付いて来た添付ドキュメントを一切読んでなかったのかもしれない。また一定時間後に19番には兵士採用の通知が送られてくるが、次回、真面目にやったとしても、レベルの上がり方が初回の8割しかないんだぞ。


 それより何より……




 俺は、昨日の夜『王国政府からのお知らせ』を読んだときに優美と交わした会話を思い出していた。


「お兄ちゃん、優美のお知らせボックスに添付ドキュメントが入ってるよ」


 優美が『お知らせ』に添付書類があると言い出したときには、俺は何も気付いていなかった。


「ああ、俺のところにも来てる。『兵士勤めのための予備知識』ってやつだろ?」

「違うよ。優美のは『カレには出来るの?社会人生活』って書いてあるよ」

「あん、何だって?」


 予想外の優美の答えに、思わず間抜けな声を上げてしまう俺。

 だが、「ペアで生活オンライン」が実際にどのような層に向けて提供されているのか? を最初に真面目に考えていれば、これは十分ありそうな展開だったのだ。


『王国での兵士勤めは、貴方のカレが社会に出て働くことのメタファーになっています』


 最初の一行を優美から聞いた時点で、俺はこのコンテンツのからくりが大体わかったような気がしていた。


『もしかして貴方のカレは、上手く行かないことがあるとすぐに投げ出してしまうダメ男タイプではないですか?』

『職場で辛いことがあっても、カレは貴方に優しくしてくれますか?』

『訓練風景を後ろから見ることで、貴方のカレの忍耐度をこっそり確認』

『他の男性との徹底比較。貴方のカレは出世できそう?』


 ドキュメントはコピー不可の指定になっていたそうなので、優美に項目を読み上げて貰ったら、仰天の内容。


 そう、このコンテンツの本質はRPGなどではなく、女性が付き合っているカレとの相性を測るための、「婚活テスト」ソフトウェアと言って構わないような代物だったのだ。


 ちなみに、こっそり確認……と書いてあるとおり、男性キャラが王宮内に入った時点から、ペアの女性キャラは相方がなにをしているのかを、『ホーム』のTVをつけることで、男の後方上方1mくらいの背後霊視点から、リアルタイムで監視、もとい応援できる仕組みになっているのである。


 今、逃げ出した19番の兄ちゃんは、単に素振りを止めてしまっただけでなく、ペアの女性に自分の辛抱の無さとダメさ加減を全部見せ付けていることになるわけで、リアルで大きなものを失った可能性が大だったりするわけだ。19番の今後の人生の幸運を祈らずにはいられない。



 つ、疲れた……


 結論から言おう。あの後、俺は約30分間ただひたすらに一定のペースで右手を振り続け、ようやく剣技レベル1を取得して、無事訓練を卒業した。


 訓練に参加した者32人中、合格者25人のうちで23番目の成績だった。19番以外に途中退場したものはいなかったが、規定時間内に合格できなかった者が6人出たようだ。彼らは別の機会に再度挑戦することになる。俺の運動神経からいくと合格できただけで十分に納得の結果と言えるだろう。優美と二人でやるゲームじゃなくて一人用のゲームだったら、間違いなく途中で投げ出していたはずだ。


 疲れ果てた俺は、自分の身体であるアバターを引きずるようにして居住エリアへと引き返した。王宮を出るときに、


『ハートランド王国軍兵士たくみの無事の帰還を守護女神アテナは祝福します……たくみに授けられていた輝石と装備は守護空間内で……』


と聞こえてきたのに対して、「単なる接続サーバーの変更、乙」と答えてしまう程度に俺のライフは枯渇していた。


 居住エリア入り口から『ホーム』に向かうと、行きの時と同じように、家の門のところで優美が俺を待っていた。


「お兄ちゃん、頑張ったよね。優美、途中で駄目かもしれないって思っちゃった」

「ああ、うまくいったのは、多分、優美のおかげだな」


 優美の言葉に、思わずいつものくせで頭をなでる動きをしてみたら、仮想空間ではさっぱり手触りが良くないことに気付いてしまった。まだまだだぞ、仮想現実。


 これは、後で実際に優美の頭をなでないと気分的に収まりがつかないな……などととりとめも無く俺は思った。



<<次回、『日刊ネットワーク産業新聞、特集記事』に続く>>

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