第四話 妹、甲斐性なしの兄と共に頑張る
「お兄ちゃん。次、お兄ちゃんの番だよ」
「優美、だいぶ考えてそれか? これで俺に勝とうとは100万年早いぞ」
呼びかけてきた優美に答えつつ、盤上のとある地点に指を置く。指の下に白石が浮かび上がり俺の他の石との間に挟まれた重要地点の黒石がひっくり返って白石になった。
「あれれ、お兄ちゃんそっち打つの?」
「いや、俺じゃなくても普通にここ」
ご存知オセロゲームだが、残念ながら優美はあまり強くない。
「もしかして、優美、駄目じゃない?」
「もしかしなくても、もう駄目だぞ」
「お兄ちゃんの意地悪……」
哀しそうな顔をして呟いた優美に追い討ちの一言。途端に優美が膨れ顔になるけど、そこは華麗にスルーする。悪いが、優美、お前には頭を使うゲームは多分どれも向いてない。兄貴の俺が断言してやる。
「よし、じゃあこれも終了で良いよな、優美。片付けるぞ」
二人でやっていたオセロゲームの終了ボタンを押すと、俺たちが遊んでいたゲーム板は端から1/4の部分が持ち上がり内側に倒れこむことで半分の大きさになり、また、その端の1/4の部分が持ち上がり……を幾度か繰り返し小さなサイコロに変化した後、床に吸い込まれて消滅した。3Dオブジェクト消滅の様式美という物らしい。
ここは、俺と優美がネット上で暮らす『ホーム』と呼称されるところの王国内の一軒家だ。狭いながらも楽しい我が家という奴で、俺と優美は昨日の初ログイン以来、かなりの時間をこの家のリビングで過ごしていた。無論、ここは仮想世界の中なので、俺と優美の本体はそれぞれ自分の部屋のベッドの上にHMDを被ってダラけてる感じになっている。
昨日、初めてログインしたこの「ペアで生活オンライン」だが、お子さま体質の優美がいつもの就寝時間の夜11時頃に眠たくなったので、一旦その場でお開きになった。部屋に戻った俺は、今日からのプレイに備えて2時ごろまで、ネット上での情報収集とマニュアル読みに邁進したのだった。得られた成果は一応それなりのもの。おいおい披露する機会もあるに違いない。
冒頭に戻って、優美と俺の二人で何をしていたのかというと、文字通り頑張って「ペアで生活オンライン」をプレイしていたのである。
このゲームは一応分類上、MMORPGに当てはまるので、御多分に漏れず各自の努力でさまざまなスキルを磨いたりするらしいのだが、公式ページによるとゲームプレイ上で何よりまず先にくる優先度の高い基本パラメーターは、LQ(Life Quality)、ライフクオリティと呼ばれていて、ペアの二人が一緒にいることでどんどん累積されていくペアの親密度を表現する代物らしい。
このLQが低いまま、ペアの各自が個人で何をしようと、全然スキルのレベルが上がらないという徹底振りで、この「ペアで生活オンライン」ではペアの二人がせっせとLQを溜め込むことこそが主眼のゲームとでも言えそうな雰囲気である。
ところがその具体的な方法が良くわからない。ゲームを遊ぶなら真剣に……ということで、昨夜、情報を収集するためにかなりネットを検索してみたのだが、公称、4万と2万であるはずの登録ユーザー数とアクティブユーザー数のゲームのわりに、WEB上の情報ページが酷く貧弱なのである。
まあ、理由はすぐ想像できるんだが……
リアル男女のペアでしか登録できないゲームにどうやって廃人プレイヤーが参加するんだ? 無理ゲーだろ、普通に考えて。そして、参加してくるリア充ペアプレイヤーはシステム仕様なんて興味ないよな、これも常識で判断すれば。
この二つの点を考慮すれば、ゲーム開始以来かなりの時間が経過しているはずなのに、システムハック的な情報が殆ど流れていないのは、まあ当然といえば当然のことなのである。
というわけで、この「ペアで生活オンライン」を理性的に攻略する使命は、リア充でも廃プレイヤーでもない俺たち一般ユーザー個々人の手に委ねられているのだった。
現時点までに判明したのは、デフォルトの画面で左上に表示されている心臓のような動きをしているハートマークがLQの数値に対応していること。二人で一緒にいるとハートマークが薄いピンク色になってて、数値モニターをグラフ表示させると毎秒0.7Ptくらいで増えていくけど、二人が別の場所にいると、どうも警告の色らしい黄色に変化して毎秒0.4Pt程度でしか増えないこと。そして、二人一緒の場所に居て、適当に喋っていると、ピンクの色の濃さが増し、毎秒約1.0Pt程度で増加していくことという程度だ。
要は仮想空間内で一緒にいて仲良く話をしていれば親密度がアップ……ということで、これが冒頭の一緒にゲームをしているシーンに繋がるのだが、この結果だけならサルでも思いつきそうで、どう考えても価値はない。
真理の探究のためには、更なる前進が必要だ。俺は再度LQの数値モニターを睨みつけながら、次の行動を起こした。
「かもめの水兵さん。ならんだ水兵さん~♪」
音楽の成績で4すら貰ったことが無い俺が、渾身の美声を披露したのだ。
「お兄ちゃん、一体どうしちゃったの?」
優美が、ポリゴン姿で唖然としているが、そんなことは問題じゃない。大事なのは、俺が歌っていた間、数値モニターが1.3Pt近い値を示していたことだ。人は楽しいときに鼻歌を歌ったりするが、逆に人が歌っていれば機械は人が楽しんでいると判断するのでは、と考えた俺の予想は正しかったらしい。
「よし、謎は一つ解けた。優美も歌え」
「ええっ、優美も? どうして?」
状況がわからない優美が困っているが、前進あるのみだ。
「一緒に歌うぞ。LQの数値モニターを開いて見てみな」
そう断言すると、有無を言わせず優美も参加させる。
もう、二人して日本の若者の右傾化の危機だ。
「「かもめの水兵さん。ならんだ水兵さん~♪ 白い帽子、白いシャツ……♪」」
優美の声は、鈴の音を鳴らしたような綺麗な高音で、いつ聞いても癒されるよな……じゃなくて、想定どおり。数値モニターはなんと2.0Pt近い値まで跳ね上がっていた。モニターを見たらしい優美もびっくりしている。
「お兄ちゃん。すごいよ、ハートマークが輝いてる!」
あれ、俺はそっちは全然気にしてなかったな。本当だ。
「一応の成果だけど、まあ、四六時中使える技じゃないし、まだまだだな」
優美の賞賛の言葉に、どや顔をしたい気分をクールに流して俺は答えた。二人で出来る親密な行動の一つということで、一緒に歌うことが高評価になるというのは確認できたが、研究はまだ途上だ。
……だが、俺の増長もここまでだった。
昼飯の時間になったということで、ログアウトしようとした優美に、俺たちが飯を食ってる間にも、LQポイントを増やそうと言ってHMDだけ外させた俺は、明らかに思慮が足りていなかった。
「あー、お兄ちゃん。優美、怒られちゃってる! 1500ポイント減点だって」
昼飯を食い終わってだらだらしていた俺の耳に、一足先に自分の部屋に戻ったはずの優美の悲鳴が聞こえてきた。一体、何が起きたんだ……と思い、優美からHMDを奪って被り直した俺が目にしたのは、
『なりすましログインは禁止されています。LQ5000ポイント減点』
ゲーム番組などで使われる不正解音と、更なる巨大減点のダブルパンチだった。HMDって視線処理とかするから、当然、簡単な網膜パターン照合してるよな……
「どうしたの? お兄ちゃん」
「ごめん、優美。更に5000ポイント、減点されちゃった……」
優美に状況を説明したところ、返ってきたのは
「えー、酷いよ。お兄ちゃんの馬鹿!」
無常な一言。兄の威厳はもう欠片も残っていないみたいだ。とぼとぼと自分の部屋に戻ってHMDを被り直すと、そこには赤字で
『ゲームを離れるときは、毎回、必ずログアウトしてください。LQ1500ポイント減点』
のメッセージが表示されていた。応答が長時間無くなったためユーザー不在と判断されたようだ。優美が見たのはこっちの方か……
こうして、俺の研究は半ばにしてせっかくためた2時間分強のポイントを俺のミスで一挙に失うという失態により頓挫しかかった。
が、俺にはまだ確認しなければいけない最大の研究テーマが残されている。HMDを被ると正面に優美の姿を確認。一人だけだと声を出さないので、標準状態のポリゴンからは表情を読み取れな……
「せっかく、朝からポイント溜めてたのに……」
すぐ、ふくれ顔に更新されて問題なしかい。
優美の機嫌が悪いのは、ちょっと気になるがやむを得ない。最後の実験に突入だ。
「悪かったって。俺も反省してるから……」
優美に下手に出つつ、俺は自分の部屋を出て抜き足差し足で優美の部屋に向かった。音を殆ど立てずに優美の部屋に侵入すると、HMDを被ってベッドに転がっている優美の下へ。細心の注意を払って優美に気付かれないように手を伸ばした俺は……
「えっ、何これ。お兄ちゃん。駄目、優美弱いから。
ダメ、くすぐるの、あははっ♪ くすぐったいから、やめてっ、ダメ、きゃははっ♪」
全力で優美をくすぐってみました。30秒ほど、優美は身体をくねらせてされるがままだったけど、途中で気付いてHMDを外したので、残念ながら実験はその時点で途中終了した。
「お兄ちゃんの変態!」
頬を紅潮させてはあはあ息を吐きながら、半分涙目で優美が怒ってるけど、俺はやり遂げた充実感に心を震わせていた。
俺は新たな真実に到達した。変態だったのは俺ではなく、間違いなく「ペアで生活オンライン」の開発者の方だった。優美が悩ましい嬌声を上げていた時間帯、数値モニターは3.0Ptを超える値をたたき出していた。「ペアで生活オンライン」にはエロ方向の評価機能もなぜか実装されているという発見は、正しく俺の研究生活に終止符を打つのに相応しい成果だった。
こうして、WEB上にも記載されてない攻略法などを試しながら、俺と優美のゲーム二日目は過ぎていった。減点とくすぐりのお詫びとして、優美の言いなりに幾つも変な曲を歌わされて、げっそりしたのはまあ余談だろう。
無理なポイント稼ぎは止めておこうという合意に至った優美と俺は、仮想世界の部屋に置かれた46インチ薄型TVで通販番組を見たり、映画の予告チャンネルを見たりと普段、家の居間でやるような過ごし方をしたのだった。
だが、ゆったりと優美と過ごす時間はいつまでも続かなかった。俺のログイン時間の累計が10時間を越えてしばらくした頃、チャイムが鳴り響き、NPCが家のポストにとある郵便物を配りにきた。
そして今、リビングの床に向かい合わせで座る俺たちの間には一通の封筒が鎮座している。つい先程に配達に来たのを優美が取ってきた物だ。MHDの上部にはさっきから赤字ででかでかと、『たくみ様向けの、イベントが開始されました。封筒を開いて内容を確認して下さい』の文字が点滅している。恐らく優美の方も一緒だろう。
俺は意を決して封筒を開くと中から厚手の一枚の紙を取り出した。内容をざっと一瞥した後、優美に渡すと、同じく内容を見て微妙に顔を曇らせた。俺にとっては一応予定の内だったんだけど、優美、イベントの中身知らなかったのか?
「お兄ちゃん、どうしよう……」
「どうするもなにも、まあ、任せとけって。マニュアル見た感じだと何とかなるだろ」
俺の方が困惑してしまうような、少し不安げな表情で問いかける優美に向かって、俺は答えた。
さあ、ゲームの本格的な始まりだ。
『重要:王国政府からのお知らせ』
この度、きりさかたくみ様がハートランド王国を守護する、栄えあるハートランド国軍兵士として推挙されましたことを、心からの喜びと共にお知らせ致しします。任命式は、*の月*の日、午前10時より王宮・第二錬兵場にて行われます。
<<次回、「妹、戦う兄の姿を背後から見守る」に続く>>