表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹オンライン  作者: 寝たきり勇者
第一部
31/37

第二十六話 妹、乾いた大地に魔法の詠唱を響かせる

「うぐぐ……」


 見てて楽しい撮影時のメイキングビデオ。言うのは簡単だが、さて実際に自分で作らなければいけないとなると、これははっきり言って七転八倒間違い無しの難作業だ。


『次のは中身が面白いのを見せてみせろ』


 世界の小森監督直々に言われてしまった俺は、どう見ても詰んでいる状況かもしれない。エキストラ撮影の時のビデオ素材を前に、大して良いアイデアも出ないまま近頃は唸ってばかりの毎日になっている。


 出演者は俺と栗原さんとご主人さまの三人。この時点で俺がお笑い担当になるのは止むを得ない。ビデオの中に栗原さんの変顔を見つけたとしても世間に出すのは忍びないし、ましてアイドル田伏里香の変顔を集めました……なんてやったみた日には、本人からどんなお仕置きを受けるはめになるのか想像に難くない。


 結局、俺をピエロ役に二人の多彩な表情を集めて、面白くしてみろという課題になるのだろう。


 とりあえず、この前のロケ時のNGシーンとその前後の様子を複数のカメラで追った映像を穴の開くほど見直してみる。うーん、本音を言うと人様にはあまり見せたくないぞ……


 俺がずっこけて田伏里香の胸元に突っ込んでいるシーンとかは、普通に考えれば大ボケの見せ場になりそうなものだ。でも、良く良く見てみると、ちょっと危ない気がしてきた。うん、主に俺の命が。


 躓いた俺を里香が両手を伸ばして受け止めてるんだが、目を閉じて何か大切そうな感じできっちり抱き止められてるな。俺の背中に回ってる手もなんだか優しい雰囲気だし。全国数万の里香ファンから剃刀レターを貰ってしまいかねないショットだぞ。はっきり言って、自分専用の記念映像として永久保存したまま、どこにも出したくない気分になってくる。


 仕事ということで、俺個人の感想はとりあえず脇に置いておいて、材料となりそうなビデオの中から、女の子二人の表情が変顔になってる物を除いて時系列でリストを作って頑張ってシーンを切り貼りする。変な計算が山ほど入ってやたらと時間がかかった前回の栗原さんのビデオに比べると今回は、材料の取捨選択が主体で、それ以外の部分はそんなに時間はかからない感じだ。


 仲良く手を繋いで海辺の散歩道を歩く栗原さんと俺。ここはアップで栗原さんの可愛さを強調。おまけ役の俺はいかにも妙に緊張して変な表情をしてる物を選んで短時間だけアップを挿入。誰も俺の顔なんか見たくないのは当然だ。次は前から歩いてくる里香のシーンで同じくアイドルのキラキラしたオーラが全開になるようにご主人さまの美しさを強調しておく。


 次のシーンはすれ違いざまに躓く俺を受け止める里香。この辺りは表情の替えが効かないので、もう観念して一番綺麗に見えることだけを考えて、突っ込んだ瞬間を色んな角度から撮ったものだけを組み合わせて作ってみる。自分の身の危険さえ度外視すれば中々素敵な映像かも。


 ここからが問題で、俺が躓いて里香の胸元に突っ込んだ瞬間からの栗原さんを頑張って編集。口をあんぐり開けて呆然としてる変顔は最初に驚いた所まででカット。里香の胸元にめり込んでる場面の後で、状況を理解して段々不満顔になっていくシーンは話の流れ的に仕方ないということで全部採用。


 うん、編集してる途中で栗原さんの表情を一言で表す良い言葉を思いついた。「この馬鹿犬!」


 雰囲気的にはお嬢様が犬を連れて散歩していたら、連れてた犬が見知らぬ相手に纏わりついてしまったみたいな感じかも。ふん、という感じで繋いでた手を引き戻して、俺を回収してるし。蔑むような視線がぞくぞく来て堪らない。こうやってビデオで確認しても、栗原さん女王様の貫禄充分だよな。


 俺の方は真っ赤になったり、その後の栗原さんの表情を仰ぎ見て真っ青になったりで、自分で言うのも何だが相当に情けない感じだぞ。


 後は、もう時系列の通りに栗原さんの表情を見て、ふふんといった感じで楽しげに笑う里香と、俺を片手で押さえつけながらこめかみをぴくぴくさせる栗原さんの見つめ合いを何秒か入れて、対決のシーンは無事終了。前方に向き直った里香が「よーし、絶好調だ!」と掛け声を上げるシーンを俺たち側から見た角度で映したあとで、アップで正面から撮った映像を追加して出来上がりだ。ご主人さま、これ本当に楽しそうな表情してるよな。


 切り貼りした素材は、もしかしたらアップのシーンなどで使うものがあるかもしれないということで、全部、番号付けして簡単な解説も加えて整理しておく。よし、とりあえずこんなものか? いかん、俺の保身のためにやっておくべきことがあったんだった。別バージョンの奴も編集、編集。



「糞、里香ちゃん良い表情してるじゃねえか……」


 とりあえず見せられるものが出来たということで、鈴木さんを呼んでみたら監督の所にいたらしく、監督まで付いてくるという事態に。仕方ないということで、とりあえず二人にいんちきなしのバージョン1を見せてみる。途中で罵声が入ることも無く、一応、無事に最後まで見終わってくれた監督の第一声がこれだった。最後の里香のアップの表情のことを言ってるらしい。


「まあ、里香さん機嫌の良いときは、大体こんな顔してますよ」


 俺の言葉に微妙な顔をして鈴木さんとアイコンタクトを撮った監督は、


「おい、鈴木。この贅沢者を裏口から捨てて来い」

「監督、奇遇ですね。俺もそうしようかと考えていたところです」


 鈴木さんと二人して頷いた後、何だか物騒な台詞を呟いてるぞ。

 いや、いつでも現場について来てと駄々をこねる辺り、あれでご主人さまは『お兄ちゃん子』の例に違わず、結構人見知りがありそうだから素の表情の方が自然で良いのは仕方ないんですって……


「遥ちゃんも面白い感じに撮れてるし、本編に使えないシーンなのが勿体ねえな」


 小森監督がぼやいているが、まあ、突発事態だったし、シナリオから外れまくってる映像だから潔く諦めてください。


「巧君。このあいだ遥ちゃんと付き合ってないって言ってたけど、それってもしかして実は里香ちゃんと付き合ってるってこと?」

「鈴木さん、怖ろしいこと言わないで下さい……」

「でも、これかなり仲良さそうだよね?」

「まあ、『たくみもん』は里香さん直々の命名ですし、強いて言うなら強い信頼で結ばれたご主人さまとお助けロボの関係とか……?」


 師匠の鈴木さんからも最初に返ってきた言葉がこれだという辺り、やっぱり俺の心配は大当たりかもしれない。中身よりも先にこんな質問がやって来るようでは、このビデオは第三者が見てもなんだか少し困った雰囲気のビデオになってるみたいだ。


「というわけで、これがDVDの特典映像に入ったら何だか俺の命が危ない気がするので、こっちのバージョンを使って頂くという訳にはいかないでしょうか?」


 こんなこともあろうかということで用意しておいたバージョン2だ。里香が俺を抱き止める寸前の所に全然関係のない他の場所から拾ってきた映像を挿入してある。里香の顔の下半分のアップでニヤリという感じで口元が上がってる表情だ。これなら「良い悪戯を思いついた」という雰囲気で、里香のその後の行動も実は演技だった……という流れに出来そうな気がする。こうしておけばDVDに入っても里香のお遊びということでごまかせて、俺が全国の里香ファンに刺される危険もなくなるはずだ。


「……これは、ありか?」

「良いアイデアかもしれませんよ……」


 おお、監督と鈴木さんが予想以上に好反応かも。二人でシーンの長さがどうこう言ってるが、食いつき自体はばっちりだ。


「素材とかは全部あるんだよね?」

「はい、作業した中間のファイルも含めて残してあります」


 苦労の甲斐あって、身に降り掛かりそうな危機が回避されそうな雰囲気ということで、俺は心も楽に鈴木さんに関連ファイルの場所とかを残らず説明しながら、小森プロでの納品と引継ぎの作業を進めたのだった。




「優美、お兄ちゃんってもっとしっかり者だと思ってた」

「言うな優美。俺も反省しているんだ」


 8月に入って数日、夏休みも中盤だ。『ペアで生活オンライン』内での俺と優美の東方管区への赴任の旅も、森を抜け草原を越えだんだん砂漠化していく風景を横目に見つつ、順調な感じで進んでいた。

 だが、そんな快適な旅も全面の砂漠に入るまでだった。木が一本も無い砂漠のエリアになって高低のある砂丘を登ったり降りたりするようになった頃、俺たちの前に大きな問題点が顕在化した。


「砂漠に行くのに方位磁石を持っていかないのは小学生までだよね」

「えーい、聞こえない。聞こえないぞ」


 はい、旅立ち前に一生懸命荷物のチェックをしていたはずなのに、方位磁石を入れ忘れてました。日除けフードとサングラスでOKと思っていた自分を小一時間問い詰めたい。砂漠に挑もうとするパーティとしては致命的な失態。リーダーである俺の資質が疑われるのも遺憾ながら仕方がないことかも。


 地図には、ひたすら東に向けて歩き続ける俺たちの進行方向に、泉を中心としたオアシスの絵が描かれている。砂漠の図の北の方にはオオムカデの絵、そして南の方にはオオサソリの絵が描かれている。要するに北か南に外れると砂漠に生息する魔物の巣に突っ込んでしまうのでちゃんと真っ直ぐ進みなさいということらしい。


 でもこの地図は現時点では何の役にも立っていない。右を見ても左を見ても前を見ても後ろを見ても砂丘の風景が広がっているだけで、方向を確認できそうなものなど一つもない。となると頼みの綱はわれらのおてんとうさまだけだ。ゲーム世界の時間を考えて太陽の位置を確認しながら、東と思しき方向に見当をつけてただひたすら歩き続ける。


 砂漠を進もうとすると、砂丘の上り下りを繰り返す感じになるが、砂丘を登ろうとするといくら前に進もうとしても、アバターの移動速度ががた落ちになるので、士気が下がるのは避けられない。たまに優美を『フライ』の魔法で浮かせて周囲を『サーチ』で確認させてはみるが、延々歩き続けても、一切、砂丘以外のものが見つからな……


「お、お、お兄ちゃん! で、出た!」


 空中で足をじたばたさせながら、慌てた表情で優美が俺の方に逃げてくる。大した速度が出ていないのは優美のスペック上仕方ない所だ。


「おい、優美どうしたんだ」

「あっちから、砂の中を通ってなんか来る」


 『フライ』は魔力の消費が早いということで、俺の横に降り立った優美が俺たちの進行方向から見て左側の砂丘を指差した。確かに、目を凝らすと砂煙を上げながら砂の塊みたいな物が数個俺たちの方に近づいてくる。糞、この方向から来るってことは、もしかしなくてもオオムカデ……


「いやー、お兄ちゃん。出た! とっても大きくて、気持ち悪くて優美もうダメ!」


 優美の言葉が総て物語っているような気がするが、砂を掻き分けて俺たちの前に立ちはだかったのは砂から持ち上げてる頭の部分でさえ3m以上の高さはありそうなオオムカデだ。背中側が少し濃い目の茶色で腹側がオレンジ。少なく見ても二十本くらいの足がわきわきしていて顔の部分には大きなあごと触角みたいなのがうねうねしている。ホラー映画が全く駄目な優美にはキツそうだ。


 我がパーティの貴重な戦力のはずの魔術師さまがこの体たらくということで、頑張って俺が倒すことにする。


「ほれ、優美頼む」

「お兄ちゃん、頑張ってね!」


 既に戦意喪失の優美は殆ど戦力外ということで、俺の後ろで矢に『エンチャント』をかける係に決定だ。


 すぐさま攻撃に移ってこずに足をわきわきさせているだけのオオムカデに対して、エンチャント矢を眉間にぶち込んでみる。


 おお、一発で死にはしないけどHPが半分近くも削れてるぞ。調子に乗って第二、第三の矢をぶち込んでみる。どうやら顔の中心部がやはりダメージが大きいようで頭を振られたせいで側面に当たった第二の矢はダメージが少なかったが、また中心に当たった第三の矢で地面に倒れて瀕死になったぞ。良し、いける。いける。


 と思ったら世の中そんなに甘くなかった。同じ調子で眉間に三本の矢を突っ込めばOKということで、元気にオオムカデ退治をしていた俺たちだったが、どうも後ろの方にいるムカデの動きが少しおかしい。頭を振りかぶる動きをしたかと思うと、口から俺たちにむけて何か吐き出してきた。


「優美、逃げるぞ」

「ええっ、お兄ちゃん。突然、何?」


 優美の手を引っ張って場所を動いたら、俺たちがさっきまでいたところに何か液体みたいなのが直撃した。じゅうじゅう煙を上げている。これ酸かなんかじゃないか?


 頭を持ち上げてわきわきしてたのは、どうやら液体の発射体勢を整えていたらしい。今しがた液体を発射したムカデはまた足をわきわきさせる体勢に戻っている。これはのんびりしていられない。俺は慌てて、残りのムカデの中で現れた順番の早いものから、大急ぎでエンチャントされた矢を打ち込み続けたのだった。


「あ、危なかった……」

「お兄ちゃん、優美もうダメ……」


 逃げ回りながら、矢を打ち続けることしばし。ようやくオオムカデの群れを殲滅した俺たちは、そこらじゅう変な液体がかかって焼け焦げて煙をあげる砂漠のなかでへたりこんでいた。


 結局のところ、オオムカデが出てきたのは今回の到達目標点に近づいていたからという理由のようだった。休ませた優美をフライで飛ばしてみたところ俺たちの右斜め前方に、小さな湖らしきものとその周辺に建物が点在するオアシスが発見されて、今日の小さな冒険は無事終了した。


 あと三日もすれば『ペアで生活オンライン』の大型アップデートで死に戻りのペナルティがぐっと楽になるので、こんなところで死んでいては全く割りに合わない。本当にかなり危ない感じだった。


 ちなみに今日のクエストが終わった後で、いつものごとく騎士見習い用の王宮掲示板を覗いてみたところ、


【悲報】砂漠の旅の途中で方位磁石が役に立たなくなる件について【今頃言うな】


 というスレを発見した俺は見事に目が点になった。方位磁石を信じて東に進んだペアがいつの間にか太陽に向かって歩いてて、気付いたときにはオオサソリの巣の真ん中で阿鼻叫喚。奮戦するも大量のサソリに囲まれ続けて死に戻りという、なんとも言えない内容の記述が満載で、ゲーム開始以来、罠に掛かったペアの経験談と開発者に対する恨み節の集大成だった。最新のレスは今日やってしまったペアの体験談で、文章から無念さが溢れ出していた。俺と優美の弱小ペアでは到底乗り切れなさそうなハードモードには、いやはやご愁傷様というしかない。


 まあ、今日も『ペアで生活オンライン』は平常運転ということだった。

 人間万事塞翁が馬だ。

優美は今回はお兄ちゃんの後ろに隠れてこそこそエンチャントしてただけのような気がする、とか言ってはいけません。今週もサブタイ通りの大活躍をしていたのは間違いない事実なのです。

今回、優美しか女の子出てなくて進みも少なかった感じで大変申し訳ありませんでした。巧君のバイトも無事終わりですし、次回以降はみんなまた順に登場予定です……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ