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妹オンライン  作者: 寝たきり勇者
第一部
28/37

第二十四話 妹、昼間の兄の居場所を知らない

「ヒール!」


 杖を掲げた優美の視線の先で、ゆらゆらと俺たちに近づいて来ていたゾンビが断末魔といった雰囲気の咆哮を上げる。苦悶の表情を浮かべ皮膚をぐつぐつと沸騰させながら、身体中からぶすぶすと濁った蒸気を上げている様子は何とも言えないグロテスクさだ。


「今度は大丈夫かな?」

「いや、まだわからん」


 じっと見守る優美と俺の前でゾンビは崩れ落ちるかのように膝をつくと……あ、目の色が赤色に変化した。げげ、今回もダメだ。

 ゾンビは敏捷な動作で立ち上がると、カクカクとした動きですごい速度で真っ直ぐ優美に向かってくる。狂化モードの発動だ。


「いやー、まだ生きてる。お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

「こら、優美は動いたら駄目だろ!」


 甲高い悲鳴を上げながら俺の背中に隠れようとする優美を、言葉で押しとどめると剣を両手で持ち直す。横を通り過ぎようとするゾンビを剣の横なぎで一撃すると、上半身と下半身が両断されてソンビは光となって消滅した。


 位置関係を例えると、ピッチャーがゾンビ、バッターが俺、そして審判が優美だ。優美が回復魔法の攻撃をすると、怒ったゾンビがマウンドを駆け下りて審判に向けて殴りかかってくるから、バッター役の俺は打席で剣をフルスイング……というのが、いつもよりちょっと面倒な今日の戦いの説明だ。


 スライムに「アイスダガー」を突き立てて凍らせたり、飛んでるインプに「ライトアロー」をぶち当てて墜としたりと優美も毎日頑張っている。ステージの繰り返しを行う作戦で、優美の実力は日々上がっているはずなのだが、出てくるモンスターもご想像のとおり段々強くなってくる。いつもなら手出し無用で専ら優美の応援役の俺なのだが、今日のゾンビは一度の攻撃で倒し損ねると、狂化モードに入って全力で優美を追い掛け回すので、優美一人では手に負えない。二、三度試した結果、今の配置に落ち着いたというわけだ。


 とりあえず、優美の一撃でゾンビが消滅するようになるまで今日のステージも繰り返す必要があるのだが、このやり方だと一匹倒すのに時間はかかるし、優美の経験値は最初の一撃の分しか増えないのしで、いつもより大分手間がかかりそうだ。


「優美。次に行くぞ、次」

「えー、ちょっと休もうよ。お兄ちゃん」


 俺たちの少し先にいるゾンビを剣で指して次の戦いを催促してみるが、優美の戦闘意欲は最低レベル状態だ。映画などでもグロ系統が全く駄目な優美には、ゾンビ相手の戦いは堪えるらしい。


 今日の戦いは長引きそうだ。

 ゾンビが出てくるステージだけあって、どんよりした空を見上げながら俺は大きく溜息を吐いたのだった……




「なんだか、首すじとか背中を掻きたくなってくるような出来映えだな」


 苦節10日という苦難の日々の力作、俺の内心でのコードネーム『水辺の国の栗原さん』の出来上がったビデオを見た小森監督の感想がこれだった。要は最初から最後まで栗原さんの可愛さを強調してるだけで、ご苦労さんなことだ……ということらしい。

 

 確かに手放しで褒めて貰えるとは思ってなかったけどなあ。この間のロケで撮ってあった、水辺の小路を散策する栗原さんの一人歩きのビデオに教えて貰った限りの光や水のエフェクトを突っ込んだら、やたらとキラキラした感じの紹介ビデオが出来上がってしまったのだった。まあ、白々とした視線が返ってこなかっただけでも良しとするべきか。


「お前が見ても別に安っぽくはないよな?」

「まあ、充分な出来じゃないかと思いますよ」


 監督が尋ねたのは、俺の師匠の鈴木さんだ。流石に監督もエフェクトの良し悪しとか技術的な問題点には詳しくないようなので、映像効果に関する部分で、変な出来になってないかは鈴木さんに判断を委ねてるようだ。


「じゃあ、良しとするか。たくみもん、お前の所の上司にこれを受け取らせて了解を貰うのは任せたぞ」

「承知しました。今日は今からあっちに顔を出してきます」


 一段落ということで、今日は久々に昼間からこのビルの外に出れるぞ。


「なら、明日からは鈴木に教えさせた手間の分、俺たちの方の仕事もちゃんと手伝えよな。次のは中身が面白いのを見せてみせろ」

「はい、了解です」


 おお、監督に釘を刺された。明日からは、俺も映ってるこの間のNG映像をメイキング用に編集する仕事だ。教えて貰った分身体で返せということで決まった、栗原さんのビデオの引き換え仕事だ。本編じゃないから重要度も高くないし、現時点でのスケジュールも責任も特に無くて気が楽だとはいえ仕事は仕事。明日からもまた大変そうだ。


 『小森プロ』を出た俺は、駅とは違う方角に向けてくてくと歩く。数分程度の時間で、大通りに面した雑居ビルへと辿り着いた。ビルのガラス張りの側面には、内側から貼ってあるタレント募集中などの大文字が見て取れる。この雑居ビルの4階と5階が、俺の目的地『ワンダープロモーション』芸能事務所なのだった。


 テレビ局などメディア関係の仕事が多いだけあって、『ワンダープロモーション』も都心の一等地に位置している。タレントさんなどはここに来て準備をしてから、各々の仕事場所に出動したりするのだろう。今日はどうやら我がご主人さまもこのビルの中にいるらしい。来たら連絡しろと言われていたので、とりあえず里香にもメールしておく。


 通路を歩きながらフロアの様子を眺めてみる。身体をほぐせるレッスン室や大声を出せる防音設備が付いた部屋、予約して使える個別の控え室とか、リラックスできるサロンみたいな大部屋の談話室まで、タレントさんたちが使う面白そうな部屋が沢山用意されているようだ。


 原則的には田中さんの手下一号である俺には、勿論、そんな部屋に用事があるはずもない。事務室によって田中さんを呼び出した後は、コンピュータルームに一直線だ。


「一応、今回作ったビデオは、3分30秒程度の時間の物とその半分くらいのショートバージョンの物の二種類になります。今からお見せする内容で小森監督の了解は取ってあります」


 PCの前に丸いすを並べて、田中さんと二人でビデオ鑑賞の準備は完了。見せた後で、あれこれ言われて修正することになっては目も当てられない。虎の威を借る狐ではないけれど「もう監督のOKは貰ってあるから、出来ればそのまま受け取ってくださいね」という雰囲気の言葉を言ってから、ビデオ再生を開始する。


「これ、お前が本当に作ったのか?」

「はい、ビデオの素材と音楽はあちらから提供して貰って、編集のやり方を教えて貰って俺が作りました」


 田中さんは真剣な表情で、二つのバージョンの両方を二回繰り返して鑑賞した後、おもむろに俺に問いかけた。嘘をついても仕方が無いし、俺も自分のしたことだけを正しく答えた。


「良い出来だな。うちの普通の女の子の紹介ビデオとはえらい違いだぞ」


 そう言って、田中さんが見せてくれたのは、先月『ワンダープロモーション』にモデル志望で入ったという女の子の紹介ビデオ。うん、ありがとうございました。家庭用ビデオで撮ったのに毛が生えた程度の出来映えです。確かに、少し考えてみれば読者モデルをやるかも程度の女の子まで含めて、所属してる全員に気合いが入ったビデオを用意できるはずはないよな。田中さんに受け取って貰えるかびくびくしてたのは、どうやら心配しすぎというやつだったらしい。


「次からのビデオは全部お前に任せるか?」

「駄目ですよ、田中さん。カメラ撮りとか音楽作りは出来てないって言ってるじゃないですか」


 逆に何だかもっと仕事を振られそうな雰囲気かも。慌てて今度は、頑張って自分下げだ。


「小森監督のところにお前をずっと貸し出しとけば、そっちも修行させて貰える可能性あるんだよな? ありだろ、普通に考えて」

「ちょっと、何ぶっそうなこと言ってるんですか? そもそも俺が暇なのは夏休み限定ですよ」

「そうか、お前まだ高校一年なんだよな」


 あ、危なかった。俺がニートやフリーターだった日にはどうなっていたことか。


「巧君、こんなとこにいたんだ。里香、探しちゃったよ!」


 そんなことをしてる間に、部屋の入り口から里香が顔を覗かせた。


「あ、こんにちは。里香さんは今からお仕事ですか?」

「うん、今日はグラビアだよ。巧君の用事はもう済んだの?」


 いかにも今から外出という雰囲気の里香に俺も挨拶する。


「はい。田中さん、もう終わりで大丈夫ですよね」


 里香の言葉にこれ幸いと田中さんとの会話を打ち切ることにした。


「ちょうど良かった。じゃあ、今から巧君は里香と一緒ね!」

「あの俺、今日はもう帰る予定なんですけど」


 だが、にこやかに言い放った里香の言葉に俺は自分の失敗を悟った。どうやら新たなトラブルを自分から呼び寄せてしまったらしい。


「駄目だよ。近頃、里香の付き人仕事してくれてないんだもん。今日は付き合ってくれたって良いじゃない!」


 部屋に入ってくるなり俺の背中側から片腕を回して、ぐいぐい首を絞めてくる。何だか背中に当たってるんですけど。


「ちょっと何してるんですか?」

「決まってるじゃない。巧君がOKするまでこうしてやるんだ。ほら早く一緒に行きますって言うの!」


 抱え込んだ俺の耳元で里香が囁く。横から俺たちの様子を見てる田中さんは呆れ顔だ。


「あー、里香ちゃんのご指名なんだし。大した用事がないなら付き合ってやれよ。バイト代もちゃんと加算してやるから」

「さすが、田中さん。話がわかる!」


 結局、田中さんの一声で俺の追加任務が決定した。目的を果たした里香の調子が良い褒め言葉に、田中さんが苦笑する。


「あと、二人とも仲が良いのはいいけど、他所の人の前でそういうのは止めとけよ」

「はーい」


 言われた里香は降参という感じで腕を離した。


「ほら、巧君がすぐに判りましたって言わないから、田中さんに怒られちゃったよ」

「俺のせいなんですか?」


 俺に責任を転嫁するのも忘れない。


「当然だよ。アイドルとマネージャーは一心同体なんだから。それじゃあ、行くよ!」



「里香ちゃん、こっち向いて笑って。はい、良い表情だよ。その調子」


 タクシーで移動すること10分。今日3箇所目の俺の仕事場は都内のグラビア撮影用のスタジオだ。セットの中で照明の光を浴びて撮影に臨む里香の姿を見つめる色々な人たち。俺も名前を聞いたことがあるカメラマンのおじさん、照明や小道具のアシスタントお兄さん、スタイリスト、ヘアメイクのお姉さん、一人だけ場違いな小太りで背広姿のクライアントのおっさんというメンバーだ。


 場違いという意味では、撮影の現場に紛れ込んできた子供みたいな俺が一番かもしれないけれど。名刺を渡してクライアントのおっさんとカメラマンのおじさんに型通りの挨拶をしてみたけれど、返ってきたのは「君は里香ちゃんの何?」という予想通りの言葉だった。「マネージャーという名目ですが、実際は田伏のお供兼雑用係です」というのが、近頃、専ら使っている俺の役割説明だ。


 綺麗に着飾った里香に対して、カメラマンのおじさんがポーズを指定する形で話かけながら撮影が始まった。以前のフラッシュを炊くような一枚づつの撮影と違って、今はグラビアでもムービー撮影が完全な主流なのでポーズが決まれば表情を変えつつ一定の時間流し撮りだ。


 とりあえず順調な雰囲気かなと思いながら隅っこで様子を伺っていたのだが、開始して3分も経たないうちに、おじさんが困ったような表情で俺の方を何度も見ていることに気がついた。何か起きたのか?


「あの、田伏に何か問題でも出ていますでしょうか?」


 アシスタントの人たちの間を抜け、カメラマンのおじさんに小声で問いかける。


「いや、撮ってると里香ちゃんの視線がすぐに君の方に行っちゃうみたいなんだ」


 返ってきたのは、何だか予想外のお言葉。こらご主人さま、真面目にやらないと駄目じゃないか。


「それは申し訳ありませんでした。注意してきます」

「いや、逆に考えよう。とりあえず、君ここに立って貰える?」


 怒られるかと思いきや、返ってきたのは里香の視線の引き受け係として俺も働けというお言葉だった。里香は里香で何かあったの? みたいな表情をしてるから、大丈夫だという感じで手を振って里香を安心させる。


「じゃあ、この子を視線の方向に置いておくから、これから里香ちゃんは、いつもこの子見ておいてくれるかな」


 仕事で来てるはずなのに、この子扱いはがっくり来るけど仕方ない。里香は俺が仕事を振られたことを面白がってる表情だ。


 ポーズを変えて、セットを変えて、服も着替えてという感じで結構な時間をかけて撮影は続いた。服は大人しめの物が多かったけど、カメラマンのおじさんの要求してくるポーズは大胆なものが多くて、俺はえーという顔になってしまう。


 勿論、俺でも名前を知ってるようなカメラマンの仕事自体に口を挟むわけにはいかないので、個人的にはちょっと不本意という顔をするしか出来ない。その度ごとに里香が面白がって俺を見ながらリクエストに応えたポーズをしてくるのは、何だかなと思うのだった。


 遅くならない程度の時間で撮影は無事終了。夜の食事を誘ってくるクライアントを俺が中に入ってやんわり断って、今日の仕事はお終いになった。


 撮影の合間には待ち時間も多くて、小森監督の仕事で近頃会えなかった分、里香と一杯話をすることができた。確かに仕事とはいえ、他が全員知らない人だったら付いてきて欲しいという里香の気持ちも判るよな……と感じた割と平和な一日だった。


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