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妹オンライン  作者: 寝たきり勇者
第一部
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第二十三話 妹、兄と魔術師修行の旅路を行く

「ファイアボール!」


 ゴブリンたちの群れの中で、魔術師姿の優美が動き回りながら魔法を唱えて、一匹のゴブリンを火だるまにする。現在進行中の戦いは、優美を取り巻くゴブリンの数が多いせいで、横から見ていても乱戦模様だ。優美が一匹ゴブリンを倒すごとくらいに、別のゴブリンの持つ木の棒が優美の頭に当たってはHPが大きく減ったりする感じになっている。戦いを始めてから結構経ったし、もうそろそろ頃合いみたいだ。


「優美!」

「判った! ハイド!」


 HMDのペアの状態表示で、優美のHPとMPがレッドゾーン手前ぎりぎりで流石に不味い雰囲気になってきたのを理解した俺は、優美に向かって声をかける。俺の声が聞こえたようで、優美は即座に「自分の身を隠す」魔法を唱えて地面に蹲った。


 優美の姿を見失ったゴブリンたちは、周りをしばらく見渡したあと残った獲物である俺の方に向けて木の棒を手にして迫ってくる。ゴブリンたちが優美から大分離れたことを確認した俺は、手にしていた剣を振るう……こともなく、ゴブリンたちに背を向けて一目散に今来た道を逆向きに走り出した。


 走る速度の上限も勿論俺のレベルに応じた物だが、相手は所詮ゴブリンなので追いつかれることもなく、俺は目的位置まで走りきって一息つく。数秒の時間をおいてシステム的な強制移動で俺の隣に優美も無事出現して状況は終了した。


 うん、ステージを一個戻ったというやつだ。


 ゴブリンとの戦いをクリアせずに撤退してきた俺と優美。でも別にやってきたことが無駄だったというわけではない。ちゃんと優美が戦った経験値は加算されていて、戦いの前より優美のHPとMPはゴブリン退治中の戦果の分だけ増加しているのだった。


 このゲームとの付き合いも3ヶ月近い。俺の分析によれば、ゲーム開発者たちは悪辣だが保身に長けている。兵士をドロップアウトした農家のペアにボーナス特典があったり、魔術師ギルドを作って不満を溜めそうな男性プレイヤーのあぶれ者を別の道に導いたりなど、アカウント削除で悪評を広められないように配慮している節が随所に見受けられる。


 つまり何が言いたいかというと、まず俺が組んでいる女性側プレイヤーの優美が中級魔術師であるように、あまりレベルが高くないペアの状態で旅に出発したペアが当然他にもいるはずだ。そういう場合に、必ず旅が失敗する運命になっているのなら、それは旅を始めさせたシステム側の落ち度になるはずだから、弱小ペアでも無事クリアできる何らかの抜け道は用意されているんじゃないか?というのが散々考えた末の俺の推論だったりする。


 そうと決まれば後は実践あるのみということで、前に考えた現行の戦力だけで闘う遠距離攻撃主体のプランは見事にゴミ箱行きだ。

 今のところ優美の攻撃力が俺と比較して少ないのは明らかなので、当面の旅の方針としては優美の強化を最優先にした。サルを倒したときにはHPとMPが回復時に増えていたのに、イノシシの時は増えなかったので、とりあえず出てきた敵は優美が率先して倒すことにする。敵の方もまずはペアの弱い側に向かってくる仕様らしく、俺は専ら見守り役だ。


 さっきのゴブリンとの戦いをみてると昨日よりファイアボールの威力も増しているようで、敵を倒すほど魔法の威力が強くなるのは確定らしい。倒しきれないときでも、ペアの片方が道を逆走すればステージが戻ることも確認できて一安心だ。


 おまけに「ハイド」の呪文を唱えれば、原則的に魔術師は魔物から身を守ることができるようだ。言ってしまえば、これはお決まりの女性プレイヤーへの優遇措置なんだろうが、優美がやられてしまう可能性がぐっと減ったことは俺には喜ばしいことだった。


「お兄ちゃん。ゲームするのって中々大変だね」

「いや、こんなのは序の口だ。俺たちの戦いは始まったばかりだぞ!」


 というわけで、今日4度目のゴブリン退治に出撃する決意を固める俺と優美。

 無敵のパーティへの道のりは、まだまだ遠い雰囲気だ。



 優美は夜が弱いので、いつも通りに今日の戦いも11時前に終了した。

 後は部屋に戻って一人の時間。俺は気になることもあって、インターネット上で今日のニュースのヘッドラインを検索する。


・ゲーム業界の市場規模縮小が顕著に。「ペンタゴン・フェルテア」CEO、開発者300人の削減を発表

・世界屈指の富裕層向けカード会社「タイクーン・クラブ」が日本法人を設立、国内向けの営業強化へ

・小森監督最新作「ラストヒーロー」クランクアップ

・結婚相談所大手「エンジェル」が業務提携効果で今四半期営業益予想を大幅上方修正


 幾つかのニュースのトピック中にお目当ての物を発見した。

「ラストヒーロー」クランクアップか。うーん、せっかくだから俺も行きたかった気がするなあ。


 撮影終了の記念ということで、今までに収録済の部分に出演していた大物役者の人たちとかもやってきて、マスコミの取材陣を前に小森監督が意気込みを話したり、インタビューを受けたりしてて盛況だったみたいだ。勿論、我がご主人さまの田伏里香も、他の役者に混じって質問の受け答えをしたらしい。でも、残念ながら俺の出番はそこにはなかった。うん、まあ当然と言えば当然で、ああいう重要な場にはちゃんと田中さんが里香に付き添う形になるから、俺には当然お呼びがかからないんだよな。


 マスコミ相手のインタビューが終わった後には、打ち上げのパーティもあって盛り上がってたみたいなのに。リンク先の画像見てると有名人が一杯で華やかで楽しそうだ。まあ、半分以上はビジネス上の付き合いになるわけだし、お酒とかも出たりで15歳の俺には、所詮遠い世界の話だよな。別に拗ねてるわけじゃないぞ、本当だからな。


 こんな感じで、やさぐれ中の俺に届く携帯の着信音。おや、つい今しがたまで、今頃何をしてるんだろうと考えてた、ご主人さまからの連絡じゃないか?


「はい、桐坂です」

『やっほー。巧君、里香だよ』


 やっぱり、いつも通りの挨拶だ。


「どうしたんです。今日は『ラストヒーロー』の打ち上げ行ってたんじゃないんですか?」

『うん、今戻ってきたとこ』

「もう12時近いですけど、今からなにか用事とかですか?」

『やだなあ、巧君。里香から電話がかかってくると何か仕事なのかと思ってない?』

「あれ、今日は違うんですか?」


 いくらご主人さまからのお願いといっても、今から朝までにとかは流石に勘弁だよなあと思ってたら、どうも違うようだ。


『そうだよ。今日の打ち上げに来れなかった巧君が一人で泣いてるんじゃないかと思って、電話してあげたんだからね』

「俺単なる一般人ですし、そんなはずないじゃないですか……」

『またまた、拗ねちゃって』


 言葉通りだとすると、俺を気遣って様子伺いの電話をしてきたらしい。どういう風の吹き回しだろう。


「それで打ち上げはどんな感じでした? ネットで見てると色んな人が来て盛況だったみたいですね」

『えー、里香はあんまり楽しくなかったよ』

「あれ、そうなんですか?」


 不満げな口調からすると、本当にそれほど楽しくなかったらしい。打ち上げパーティって、色んな役者さんとかと楽しくお話しというイメージだったんだけど。


『本当だよ。田中さんが里香の隣にいるときは良いんだけど、仕事の話で田中さんが呼ばれて一人になっちゃうと、途端に知らない人が次々里香のところに来るんだもん。下心ありそうなおじさんたちに「ぜひ、次の仕事では、うちでご一緒に」なんて猫なで声で言われて握手させられ続けて楽しいと思う?』

「あー、そういうのは在りそうですね」


 結論としては、今日の一件で愚痴を言う相手が欲しかっただけということのようだ。


『そうだよ。巧君が来て里香を守ってくれないからいけないんだぞ』

「そんな無茶な……」

『言い訳はダメ。男は黙って行動あるのみ!』

「じゃあ、次の機会があったら俺が必ず里香さんの虫除け仕事してあげますよ。田中さんのOKが出ればですけど」

『絶対に、絶対だよ。約束だからね!』

「はいはい、大丈夫ですから」


 こういうところ、あんまり年上って感じがしないんだよな。里香もお兄ちゃん子ということで、会話してると雰囲気が少し優美と似てるところがある感じだ。

 まあ、残念ながら俺がセレブの方々ご用達のパーティにご一緒する機会があるとは到底思えないぞ。前提が成り立たないから約束も破りようがないというのは、ちょっと情けないものがあるな。



  『踊り子さんには絶対に手を触れないでください!』


 大型モニターの枠の部分に張られた黄色のステッカーを見ながら俺は大きくため息を吐いた。普段なら、そろそろ夕飯の時間のはずなのに。ああ、家に帰りたい。


 ここは渋谷の程近くにあるスタジオ『小森プロ』。日本の誇る映画界の巨匠小森監督の仕事場だったりする。芸能事務所と似たような感じの名前だが、こちらのプロはプロダクションの略称だ。


 その一角『編集室』と呼ばれる大部屋が今いる場所だ。室内には多数のPCや撮影機器を中心とした様々な機材が置かれていて、幾人もの人間が黙々と先日クランクアップした『ラストヒーロー』の編集作業に携わっている。俺はと言えば、何故か部屋の片隅の机を一つ与えられていて、見た目だけなら周りの人と同じような感じで延々と作業に取り組んでいた。


 目の前の大画面のモニターの中に立ち上がっているアプリには栗原さんが一人で写っている動画が停止中の状態で表示されている。この間のエキストラ撮影の時に一緒に撮られた物の一つだ。アップにしても充分に鑑賞に耐える麗しい歩き姿だよな等と一人で思ってしまうのだが、これを『ワンダープロモーション』の所属タレント紹介ビデオとして、多数の人間に見せるべく編集するのが俺に与えられた任務なのだった。


 でも最終的な画像を直接いじるのは完全に禁止。例えば栗原さんの顔色を明るくしようとしたら、複数のカメラで撮影された栗原さんの映像から再構成された3次元の仮想的な空間の中に光源を設定して、反射光の強度を総て再計算して元の画像に重ねて反映させることで、ようやく栗原さんの顔を明るくできるのだった。複雑な形状の栗原さん自身の3Dデータはまた別のスタジオで撮影して取得済なものを取り込んで計算に使用している。『踊り子さんに手を触れない』というのは、とても大変なことだったりする。


「巧君、調子はどう? 何とかなりそう?」

「はい、鈴木さんもお疲れさまです」


 俺はPCから向き直って声をかけてきた、二十代後半くらいのいかにも理系タイプの男の人に挨拶をする。鈴木克弥すずきかつやさんという俺の現在の師匠は『小森プロ』に入って5年目の動画編集の担当の人で、大学では情報系の専攻だったらしい。コンピュータ関連の達人というとイメージ的にはメタボタイプと痩せぎすの怜悧なタイプと二通り出てきそうだが、鈴木さんは後者の方だ。


 「えっとですね、通して流すベース部分の動画の個別の修正と切り貼りができてて、画像の空き部分にアップの表情を透明度を変えてフェードインさせて少し経ったらまたフェードアウトさせる感じで、幾つか重ねる感じで2次元の部分の動画は一応なんとか納得できるくらいの雰囲気になったんですけど、3次元の波紋のエフェクトというのを入れようとしたら何だか変に……」


 アプリの表示を切り替えると栗原さんが一人で写った画像が表示される。スタートボタンを押すと、この間俺と栗原さんが手を繋いで歩いた小路を栗原さんが一人で歩いている映像が拡大された顔の表情込みで流れていく。


 開始からしばらく経った動画の中で、栗原さんの画像が波打つようにくしゃっと歪んだと思うとまた元に戻った所で、俺は動画を止めて鈴木さんに向き直った。


「ああ、これは直接グリッドの上に画像張ってるからこうなるんだよ。こういうのは、川の底に動画が流れてて水面に石を投げ込んだ時に上からどう見えるのか? という感じで造らないと駄目なんだ」


 動画を一目見た鈴木さんは即座に駄目な原因を指摘する。ホワイトボードの上に、背景に流れる動画を意味する四角、波紋が広がる水面、スクリーンにあたる四角、総てが集約する視点の形を書いて光がどんな感じで歪んで目に届くかをさらさら書きなぐる。


 波紋が伝播していく形の方程式、スクリーンの座標と波面の位置ごとの入射角と屈折率の違いによる光の曲がり等々を全部取り込んでピクセルシェーダに放り込んで計算させればOKって、なんかとっても難しそうなんですけど……


「大丈夫、この本見れば書いてあるから……」


 そういって鈴木さんは部屋の本棚から、GPUなんとかいう名前の電話帳ほどの厚さもありそうな本を取り出してきて、付箋を挟んで俺に手渡す。


「うわ、大変そうですよね。これ」

「人生なにごとも修行だよ。バイト代貰いながら可愛い彼女のプロモーションビデオ作らせて貰えるなんて、こんな仕事に文句いったらバチが当たるよ」

「あの、栗原さんは俺の彼女というわけでは……」

「そうなの? 監督に聞いたような気がしたんだけど。それなら尚更、今度のでびっくりするほど綺麗なビデオ作って良い所見せないと!」


 うん、鈴木さんは理系の人にしては気さくでこなれてるな。一見とっつき難そうな外見なのに実は面倒見が良い人だ。小森監督とやっていけてるだけのことはある。


 ものはついでということで、宙に浮かぶ水球の上に栗原さんの姿を映すやり方も聞いてみる。鈴木さんによるとこれも殆ど似たようなものということらしいが、ホワイトボードにまた図形と計算式が恐ろしい勢いで書きなぐられていく。げげ、今度は更に手間が増えてる感じだぞ。動画の編集って、ソフトの使い方さえ覚えれば良いとかいうものじゃなかったんだな。


 聞いた話を完全に自分の物にするだけでも、明らかにかなり時間がかかりそうな雰囲気で、今日の夕飯もまた深夜の暖め直しコース確定のようだ。

 ゲーム中の優美と一緒で、俺の『小森プロ』での修行の日々もまだ始まったばかりなのだった……

前にお仕事で、3Dアクアリウムを作ったことがあったのでした

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