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妹オンライン  作者: 寝たきり勇者
第一部
21/37

第十八話 妹、夕ご飯を温め直してる場合じゃない

件名:指令

 『緊急の要件あり。急に用事ができたと言って相手をごまかし、3分以内にフリーになるのだ!』


 お怒りメールに引き続き送られて来たのは、件名の通り田伏里香から俺への指令。どうやら用事があって俺を自ら捕まえに来たらしい。だけど、俺が一人でないのを分かっててこの指令内容とは、さすがに女王さま気質というか無茶振りすぎないか?


「あ、あの栗原さん」


 何にせよ、ただでは済まなさそうな状況であることを理解した俺は栗原さんに話しかける。二件続けておれの携帯に着信があったことで、栗原さんは、掴んでいた俺の手を離した後、少し離れた目の前で様子を伺っていた。残念、無くなってしまった栗原さんの柔らかかった左手の感触を惜しむ間もないぞ。


「今、突然、俺の携帯にメールが入ったんだけど……」


 とりあえず、女王さまの方針に従って緊急の要件が出来たというストーリーで……


「それって、あそこにいるコート姿の人から?」


 里香の変装したコート姿に視線を向けて栗原さんが応える

 駄目だ、いきなり方針が破綻してる。そりゃ、メールが来る前から挙動不審に陥っていたんだから、原因がその辺にあるんじゃないかと気づいてもおかしくないよな。

 がっくりと首を垂れて、手元を一応隠しながら返事を打つ。


件名:Re 指令

 『隊長、敵が鋭すぎて目標の達成は困難です』

件名:ReRe 指令

 『馬鹿もの。弱音を吐くな。根性と気合いで乗り切れ!』


 即座に再度の返事が戻ってくる。いや、そんな体育会系のノリで言われても無理そうなものは無理ですって……さすが、五輪選手と言うべきなんだろうか? 

 マナーモードにしているせいか、あちらの方からは着信音が流れてこないけど、それも大した助けにもなりはしないな。


件名:ReReRe 指令

 『勿論、鋭意努力中ですが……』


 ああっ、俺が返事を打ち込んでる間に、今度は栗原さんが直接向こうに移動してる……


「すいません、あちらにいる桐坂君に何かご用事なのでしょうか?」


 ダメだ、終わった。

 栗原さんが田伏里香に直接問いただしてる……本屋から一歩も出ることもなく、今日の第二ラウンド、怪獣大決戦ならぬ美少女大決戦が始まってしまったじゃないか。


「そうなの。巧君に急ぎの用事があるんだけど、譲ってくれない?」


 里香はふむ……という感じで一息ついた後、気を取り直したかのように顔を上げて、サングラス越しに栗原さんを見ていきなりそう切り出した。


「ピザ屋さんは明日でも大丈夫だよね?」


 先手を打って、栗原さんの行動を制約する言葉を付け加えるのも忘れない。


「なっ……」

「じゃあ、そういうことでよろしくね」


 一方的な宣言の後、絶句している栗原さんの脇を通り抜けると里香は俺の前にやってきて、気さくに久しぶりという感じで片手を挙げた。リアル世界では実は初対面なんですけど、俺たち……


「よし、巧君行こうか……」


「ちょっと待ってください!」


 突然の里香の先制攻撃から再起動を果たした栗原さんががばっと向き直って追いかけてきた。


「貴方、一体誰なんです? 巧君とどんな関係なんですか?」


 明らかにご機嫌斜めと言った雰囲気で栗原さんが問いかけるが、


「通りすがりの制服美少女に答えてあげる名前など無いの」


 ふふん、といった感じで里香の方は木で鼻をくくったような応えを返した。


「あと無理して巧君って呼ばなくても良いんだよ。さっきまで桐坂君だったのは見てて確認済だから!」


 追加された言葉に栗原さんの顔が紅潮する。さすが、芸能界で鍛えられているというべきか、里香は口喧嘩も強そうだ。


「じゃあ、桐坂君は今から私とピザ屋さんに行く予定があるんです」


 栗原さんの言葉を受けて里香が俺の方を向いてあごを栗原さんの方に振る。「ほれ、あんた自分から断りなさい」の指令だな。鬼だ、この女王さま。えー、俺から断らないといけないんですか? 


 げっそりしている雰囲気の俺に気付いたのか、サングラスの奥で里香が眉を上げている。駄目だ。二人とも機嫌が悪くなるようじゃ、手がつけられないぞ。


「だからそれは他の日に回しなさい。貴方は今日はもう巧君に助けて貰ったから良いでしょ? 私のとっても大事な……」


 里香自らが相手をすることに決めたのか、先ほどの台詞を繰り返す。

 おおっ、これまでのまめまめしいお世話の日々の甲斐があったのだろうか、田伏里香が俺のことを大事な……


「『たくみもん』を持って行って勝手に一日に何度も使うのは許さないんだからね!」


 ええ、分かってました。『たくみもん』ですか、そうですか。言葉自体が田伏里香に対する俺の存在意義を余すところなく表していますね。

 期待があった分反動が大きかったせいで、真っ白になって魂が抜けたようになっている俺。その様子を見てしまったせいか、心なしか毒気を抜かれた表情になった栗原さんは俺に尋ねようとした。


「桐坂君、このとっても失礼な人って……」


 聞かれた所で説明不可能な関係なわけで、もはや事態の収拾を諦めた俺は、こちらを向いてる栗原さんに向かって両手を合わせてごめんなさいする。というか、もうこれ以外の方策を思いつかなかった。ああ、せっかく栗原さんとさっきまでは良い雰囲気だったのに……


「もういいわ。私にはわからない関係みたいだし、桐坂君が行くというのなら良いんじゃない?」


 栗原さんはふぅと一息ついて俺の方を見た後、事態への介入の放棄を宣言したのだった。要は見放されてしまったということだ。俺の方を見る視線が妙に冷たくて泣きたい気分かも……


「話も無事纏まったし。それじゃ、巧君行くよ」


 荷物を持ち直すと里香が俺に向けて声をかける。そして栗原さんの方にもう一度向き直って正面に立つと


「田伏里香だよ。また会おうね、栗原遥ちゃん!」


 サングラスを下げて顔を見せて栗原さんときっちり視線を合わせる。そして後はもう振り返らずに自動ドアをくぐって出て行った。どうやら女王さまは最後にもう一個爆弾を投げつけて帰ることにしたようだった。


 俺も慌てて後を追いかけたが、別れの挨拶をしても栗原さんからの返事は帰ってこなかった。ガラス越しに見た栗原さんの姿は口喧嘩していた相手の正体が判明した動揺のせいか見事に固まっていたのだった……


「どうするんですか……俺の好感度、だだ下がりじゃないですか」

「里香知らないよ。巧君が自分で考えれば?」


 世の中の男子高校生に真剣に問いたい。

 自分が通っている学校に気になっている女の子が一人いて、家に帰って見ているTVの中にお気に入りのアイドルの女の子が一人いたとしたら、それは、双方から責められないといけないほど不誠実な態度というのだろうか? 


 とりあえず、不機嫌そうな口調ですたすたと歩き続けた里香は、通りに出るなり手を上げてタクシーを拾うと、少し離れた海沿いの街を行き先に指定した。


「そんなことより本当に緊急事態なの。まず最初にこれを読んで」


 気分の切り替えが早いのか先ほどまでの様子を一変させ、里香はかばんをごそごそ漁ると、何だか嵩張るものを取り出して俺に手渡してくる。それは新しそうなわりには結構使い込まれた映画の台本だった。




「で、里香ちゃんは俺にどうしろって言うんだよ」

「里香さんによるとですね、『監督の話は例え話が難しくて良くわからないことが多いの。里香は今からメイクさんにお化粧して貰ってくるから、その間に監督に里香の演技の何がいけないのかちゃんと聞いておいてね』だそうです」

「お前は里香ちゃんの一体何なんだ?」

「お助け後輩『たくみもん』だそうです」

「……」


 30分後、日本を代表する映画界の巨匠、小森監督を目の前にして俺はひたすら恐縮していた。監督の最新作、撮影もラストに近づき盛り上がりも最高潮の大作映画『ラストヒーロー』のロケ先で、今一歩監督の会心のOKが出ない里香の演技の何がいけないのかを存分に聞いてくるのが、今日の俺に課せられた任務なのだった……


 って、勘弁してください。小森監督って、巨匠の名に違わずワンマンで気難しいことで有名な人じゃないですか……目の前に立って睨まれてるだけで、ライオンかなんかと一緒の檻に入れられてる気分で今にも胃が捻じ切れてしまいそうに。製作現場の人たちも監督が怖いのか近寄って来なくて、俺と監督がいるこの場所だけなんだか空いてるじゃないですか。


「なら、俺はこのやり場のない鬱屈した気分をお前に存分にぶつけて良いってことだな。言っとくけど、里香ちゃんに言うときには、ちゃんと傷付かないようにやんわりとオブラートに包んで説明するんだぞ。分かってるよな」


 か、監督、出来れば俺の胃の方も少しは労わって貰えないでしょうか。ボイスレコーダーで録ってるから聞き逃しはないはずだけど、『付き人なのに里香の役柄も理解してないのか、この馬鹿が』とかは止めて下さい。里香さんとは今日初めて会ったんです、本当に。



 この先の展開の詳細は後日に譲ろう。

 実は、この映画『ラストヒーロー』撮影の一件は色んな人を巻き込んでまだまだ続いたりするのだった……




「お兄ちゃん。今日、一体何をしてたの?」


 いつもなら帰宅するはずの頃の時間に、『今日は遅くなるから夕飯は先に食べて。あと俺の分はちゃんと取っていて』という短いメールを入れて後はマナーモードにしっ放しにしていた俺は、ようやく帰宅して優美に温め直して貰った夕飯を胃にかき込んでいた。


 今は既に夜の11時過ぎだ。もう風呂も済んで寝る前のパジャマ姿に変身した優美が机の向かいに座って両肘をつきながら俺の食事している様子を眺めている。


「優美も少し食うか?」

「もう歯磨きしちゃったし、いい」


 普通ならここでパジャマの胸元を押し上げる思春期の妹の成長具合にどきどきしたりするのが兄の役目の気がするんだが、残念なことに優美のパジャマは少しの変形もみせていない。優美、もっと食べて早く大きくなるんだぞ。


「今日は知り合いに頼まれて、結構遠くの場所まで付き合ってた」


 話を戻して優美への返事だ。ここで田伏里香の名前を出すのはやめておこう。俺自身が疲れていることもあるけど、こんな話を今から始めた日には優美が食いついて、すごく夜更かしして寝不足で朝に始動不可能で自主休校などという目も当てられない連続コンボを引き起こしかねないからだ。


「楽しかった?」

「……」


 何やら疑惑の眼差しで問いかけてきた優美だが、箸を咥えたまま渋い顔をして考え込んでしまった俺を見て、今日の追求の手はそこから伸びることは無く収まることになったのだった。


 今日一日に起きた出来事を客観的に判断すれば、田伏里香との現実世界での出会い、それもあちらから俺に会いに来たのはとてもすごいことのはずだ。ましてその後、世界の巨匠と対面して里香の関係する部分だけとはいえ、みっちりマンツーマンで新作映画の演出の意図を聞くことができたのは確かに画期的なことに違いないのかも知れないんだが……


 短時間の内に色々なことがありすぎて疲れ果てた俺は、とりあえず風呂でさっぱりして日が変わる頃ようやく布団に潜り込んだのだった。寝る前に携帯をチェックしてみたら栗原さんからの初メールが入っていたが、その本文が「桐坂君には今日はお世話になってありがとうございました」の一行だけで「また明日とか」「今度は……」の続きの文章が一切なかったのを理解した時の俺の気分を察して欲しい。


 全然、距離が近づいてる感じがしないんですけど……むしろ、何だか遠ざかってないか? アドレスも二人で交換したんじゃなくて単にクラス用の緊急連絡網の横流しなのがわかってるのが泣けるよな。

 

 何もかもアイドルな女王さま、というより、今日立場が判明したちょっと横暴なご主人さまがいけないに違いない……と決め付けて今日はもう寝てしまうことにした。


 と、突然あることに思い出した俺は、起き上がるとかばんに手を入れ幾つか中身が入ったどこのスーパーでも売っているロールパンの袋を取り出した。そういえば、撮影の見学途中に「腹が減った……」と呟いてたら、「なら、これあげるよ。巧君」と言って里香が俺に差し出してきたのだった。


 考えてみれば、今日散々苦労して得られたご褒美?はこれだけだ。食べかけのパンの袋を人に渡してくるなんて本当にしようがない人だよな。まあ、とりあえずこれは今をときめくアイドル田伏里香が半分食い残した日本唯一のパンの袋ということに……熟考した結果、俺はパン袋をとりあえず丁寧にフリーザー袋に入れて、家の大型冷凍庫に大切に保管する処置を行ったのだった。


 これはもしかして、高度に調教された下僕ファンの思考回路とかいう奴では?

 自分がまっとうな人の道を踏み外しかけていないだろうかという微妙な疑問を覚えつつ、俺は深い眠りへと就いたのだった……

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