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妹オンライン  作者: 寝たきり勇者
第一部
20/37

第十七話 妹、兄の電車通学は危険が一杯だと思う

 六月の最終週、梅雨前線は相変わらず日本全土を覆っていて関東地方に元気に雨を降らせ続けていた。優美の送り迎えの仕事から開放された俺は今日も優雅に放課後の一時を満喫している。

 今日の暇つぶし先は駅前の大型書店だ。新刊の雑誌コーナーで今日発売の今年のプロ将棋棋士チームとコンピュータソフトの対決戦の総集編を綿密にチェック。開発者とプロ棋士との双方の視点から書かれた特集記事は読み応え十分の出来栄えで、ガラス張りなせいで店外から俺の姿が丸見えなことも気にならないほど、思わず時間を忘れて読みふけっていた。


 要するに俺は完全に無防備状態で、自動ドアをくぐって近づいてくる危機に全く気が付いていなかったせいで、正面から全速力でトラブルに撥ね飛ばされる運命にあったのだった。


「ごめんね、巧君。待った?」


 突然の衝撃を脇腹に受けて思わずのけぞり返った俺の視界に入ってきたのは、俺の右腕にしがみついて満面の笑顔を向けてくる栗原さんの姿だった。


 一体なんだ、この事態は……


 栗原さんが掴んでいる所に発生している何やら心地よい感触に自分を見失いそうになりながらも、とりあえず頑張って頭を回転させてみる。

 この所少し話す機会が少し増えたとは言え、俺と栗原さんの関係は、俺の内心の好感度が以前からごく高いことを除けば、客観的に見て唯のクラスメート同士というのを一歩も超えるものではない。少なくとも放課後に学校外で待ち合わせたり、間違っても名前で呼び合うような親密な関係からはほど遠いはずだ。

 

 一瞬の茫然自失の後、状況の把握のために周りを見渡してすぐさま原因らしき物体を発見する。栗原さんの3mほど後ろに、気弱そうな雰囲気の大学生くらいの兄ちゃんが、青ざめた顔をして所在無さげに佇んでいた。

 はい、了解しました。ストーカーさま一名ご案内ということですね。大方、栗原さんのファンで遠くから鑑賞しているだけに納まらず、いきなり思いつめて告白、即座に玉砕炎上中……という経緯なんだろう。となれば栗原さんが俺に期待してる役割をちゃんと果たさないとな。


「大丈夫だよ、遥。俺も今来たとこだし」


 できるだけ噛まないように気をつけながら、栗原さんに向けて台詞を紡いだ。

 呼びかけをどうしようかな……と思ったけれど、ここは強気に呼び捨てが正しいはずだ。栗原さんも、一瞬、驚きの表情を見せた後、ちゃんと笑顔を返してきた。


「じゃあ、行くことにしようか。あれ、後ろの人ってもしかして知り合いの人?」


 大げさなポーズで雑誌を閉じて棚に置きなおすと視線を栗原さんの後ろにいる兄ちゃんに向ける。あとは栗原さんが「ううん、全然知らない人」と言えばミッションは無事終了……


「うん、時田英行(ときたひでゆき)さんっていって私の従兄弟のお兄ちゃんなの」


 あれ、栗原さん。なんか間違ってるよ。あの兄ちゃんはストーカーなんだよな? そうでないなら俺の予定が……


 よく見直すと、兄ちゃんの方も顔色が悪いんじゃなくて、なんだか不機嫌なだけなんじゃないかって思えてきた。親戚の前で勝手に栗原さんを名前で呼び捨てにした俺、どうなるんだ?


「教室で話したことあるの覚えてる? 『ペアで生活オンライン』をたまに一緒にしてるの」


 俺の頭の中の疑問符に気が付いたのか栗原さんが、言葉を追加してくる。いや、俺が聞きたいのは、そんなことじゃないんだけど……


「英行さんにも紹介するわね。こちら桐坂巧くん。今のクラスメートで、中学校も同じ学校で一緒に今の高校に進学したの」

「どうも、桐坂です。遥さんにはいつもお世話になっています」


 さっき、名前を呼び捨てにしたからには苗字には戻れないし、苦渋の言葉選びだぞ。栗原さんも日本語がなんか変だって。俺たち一緒に今の高校に進学したのか? 栗原さん的には「進学したら高校が一緒だった」ではないのか?


「ふーん、遥ちゃんとは名前を呼び捨てにする仲なんだ。そんなに仲の良い男の子の友達が遥ちゃんにいるなんて知らなかったな」

「そうなの。私にも自分なりの高校生活があるんだから」


 眼鏡のフレームをいじりながら従兄弟の兄ちゃんが言う。兄ちゃんなんだかイライラしてそうだし、兄ちゃんと栗原さんの会話も友好的な雰囲気とは言い難いぞ。栗原さんの役に立ちたい気持ちはあるけど、俺には二人の状況なんて全く分からないし、ボロを出しちゃう前に二人に任せて俺フェードアウトして良いかな?


「それでね、私たち今日は今からあそこの店に行く約束してたんだけど、英行さんもついてきます?」


 栗原さんが言うのは通りの向かいにあるピザ屋さんだ。あの店って、佐々木さんが今度連れてけと言ってた店じゃなかったか? 店の外に置かれている三角形の立て看板には、平日限定のカップル向けの『ペア限定食べ放題メニュー』が大きく宣伝されていて、栗原さんは書店のガラス越しにびしっと看板を指差していた。とりあえず栗原さんが、この兄ちゃんに「あんたは今日は帰れ」と言ってることは理解できた。


「……いや、僕はさすがに遠慮しておくよ。今日、少し話そうと思ってたことがあったんだけど、遥ちゃん予定があるようだし、また今度にしておくよ」


 少しの間逡巡した後、ペア限定メニューの看板と俺とを苦々しげに見つめながら兄ちゃんが言った。


「次回、会いに来るときは今日みたいに予定が被っちゃうといけないから、ちゃんと事前に連絡してくださいね。もし時間が空いてるようでしたらそう言いますから」


 にっこりとした笑顔で栗原さんが兄ちゃんにとどめを刺す。気の強い美少女の嫌味は、自分に向けられてなくて横から聞いているだけだとご褒美に見えてくるぞ。


「じゃあ、僕は行くから」


 結局、俺の方には目も向けずに、ストーカー改め栗原さんの従兄弟の兄ちゃんこと時田さんは栗原さんにだけ挨拶してとぼとぼと退散していった。


 こうして突然の危機は去った……ように思われた。

 一体、俺は何に巻き込まれたんだという深刻な疑問に苛まれつつ隣をみやると、やれやれという感じで両肩を落としてため息をつく栗原さんの姿が確認できた。


「栗原さん、今のは結局なんだったの? もしかして俺、失敗した?」

「ううん、助けてくれてありがとう。桐坂君の演技はばっちりだったよ」


 正面から見てると、やっぱり栗原さん美人だよな……などと思いつつ一応、きちんと状況も聞いてみることに。


「あれが栗原さんが『ペアで生活オンライン』で何でも買ってくれると言ってた従兄弟のお兄さんか……」

「残念ながらそうなの」


 口調にげんなりしたものを感じたのか、栗原さんが恐縮したように言う。


「どんな感じの人なの?」

「えっとね、悪い人じゃないんだけど……」


 俺の確認の質問に対して、栗原さんはちょっと口ごもる。


「何でもしてくれるんだけど、付き合った後で別れたら、今まであげたプレゼント代返してくれ……とか言いそうなタイプ?」


 少し自信無さそうに言った栗原さんの言葉に、俺は思わず噴出しそうになった。確かに印象としてはそんな感じだ。悪気はないんだけど、融通は利かなくて、うまくいかないことがあると逆切れしちゃうタイプの人だな。


「大学デビューに失敗したみたいで、近頃機嫌が悪くて嫌になっちゃうの。大学に合格したからって人間の中身が変わるわけじゃないのに、勘違いしちゃったのね、多分」


 どうやら、一流大学に合格したことで自信を深めて元の学校の想い人に告白するも予想外に玉砕。ならばということで、サークルデビューで楽しいキャンパスライフを送ろうと意気込んでみたものの3ヶ月経った今では成果を出せずに消沈中とのことらしい。


 栗原さんの言葉は結構辛辣で、聞いてる俺としては人事ながら怖いものだと思うしかない。


「私との間でも、この間から『ペアで生活オンライン』の買い物を断るようにしてたら、どうも機嫌悪くなっちゃってて……」


 まあ予想していたことだが、兄ちゃん身を持って人生修行中という奴だな。物を貢ごうがいくら世話を焼こうが女の子が自分の思ったように行動してくれるなど、世界が終わるその日まで来ることはないと早く気付いた方が良いぞ。姉や妹がいないとわかんないよな、これは。


「今日は、約束もしてないのに校門の所に現れて突然一緒に食事しようって言われちゃって。『今日は約束があるから行けません』って苦し紛れに言ったら、待ち合わせ場所まで付きあう……とか言われてどうしようかと思ってたら、桐坂君を本屋のガラス越しに見つけたから巻き添えにしたの」


 栗原さん、正直なのは美徳だけど何気にさらりとすごいこと言ってるよな。


「でも、これで対策は完璧よね」


 一転してにこやかに微笑む栗原さん。


「今度、英行さんに誘われたら彼氏の桐坂君が嫉妬して機嫌が悪くなるから、残念ながらご一緒できませんで大丈夫だわ」


 両腕を握りこんで小さくガッツポーズをする。こんな姿もなかなか可愛いと思ってしまうのは、以前から惚れてる弱みという奴かも。無論、ここで「こんな俺が彼氏役で良いの?」などと聞き直すほど俺もアホではない。


「桐坂君にはお芝居に付き合って貰っちゃったし、お礼に何か奢るわ。さっき英行さんの前で宣言したことだし、千夏には悪いけど予定のとおり、あそこのピザ屋さんに行ってみない?」


 そう言うと、栗原さんは上機嫌な様子で俺の右手首を掴むと、ドアの方に向かって動き出した。俺はやれやれと思いながらも、今回の騒動が別に大したことにならなかったことに安堵していた。


 これから栗原さんとピザ屋行きなら、優美に夕飯いらないよメールを早めにしないとなと思いつつ、棚の向こうにいた何だか不審なレインコート姿の人物を横目に通り過ぎよう……とした瞬間、妙な悪寒に襲われた俺はその場で硬直した。


 この梅雨の季節にレインコート姿なのは可笑しくはない。コートの襟が立ってるのも個人の趣味だったら俺が気にしても仕方はない。全体的に見て華奢な体つきなのは中の人が女性だからだろう。この季節でも帽子を被っている人だっているだろう。大きな色つきのサングラスというのも、梅雨時には必要なさそうだけど、顔の表情を隠したい人には有用だ……要するに変な格好なのは人に気付かれることが嫌なための変装ということだ。


 ということはつまり、俺の前にいるのは……


「桐坂君、突然どうしたの?」


 不思議そうな顔で栗原さんが問いかけてくるが、残念ながら俺は答えを返せるような状況に無かった。


 栗原さんに右手を掴まれたままの姿で、俺は蛇に睨まれた蛙のように冷や汗を垂らしながら固まり続けた。期待に違わずというべきなのか、次には死刑宣告か何かのように携帯端末から着信のメロディーが流れ始める。


『よく気付いた。だが、こともあろうに私の目の前で可愛い女の子といちゃいちゃしてる罪が、これで消えるとは思わないことだぞ!』


 携帯に届いたのは目の前の怪しげな人物、もとい田伏里香からのお怒りメール。

 何故、こんな場所にいるのか理由はさっぱりわからないが、今をときめくアイドルとのリアル世界での出会いシーンがこの場面とは。


 今日は一体、なんて日だ……


 掴まれた栗原さんの手を振り解くことなど出来るはずもなく、俺は脳内で一人頭を抱えたのだった。


何故か突然、昨日、一昨日と新規のお客さんが増えていたので、とりあえずお礼の意味で、急遽続きを一話分書いて投稿してみました。年明け以来仕事に追われていたのですが、以前考えたプロットは先まであってもうすぐGWもありますので、また元気を出して続きをなんとか出せないか考えてみます。

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