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妹オンライン  作者: 寝たきり勇者
第一部
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第二話 妹、気になるネットゲームに出会う

「お兄ちゃん、どうかしたの?」


 先週来の疲れが溜まっていたのか、少しの間、魂が身体から抜け落ちてたようだ。

 ふと気付くと、優美がいぶかしむかのように俺の顔を少し下側から覗き込んでいた。俺の意識が優美の方に戻ったせいで、思わず二人して顔をまじまじと見詰め合ってしまう。


 単に兄の贔屓目というだけでなく、優美はけっこう可愛いと思う。くせのないさらさらの髪の毛を肩にかかるくらいのボブにして前髪をおでこで綺麗に揃えているのも、構ってくださいといわんばかりに見開かれた二重まぶたの奥のつぶらな瞳も、変なものをつけなくても自然に長いまつげも、小さくて赤い唇も、つやつやしてやわらかそうなほっぺたも、どれもなかなか良い感じだ。


 なにかの拍子で間違いが起きれば、TVの中の人たちにスカウトされて、アイドルも目指せてしまうんじゃないかという気さえする。実際、二年前の再開発で跡形も無くなってしまったけれど、在りし日の駅前商店街では、優美は総てのお店のおじさん、おばさんたちのアイドルだったのは、財布係でいつも値引きして貰っていた俺自身が証言するんだから間違いない。可愛いの中身が綺麗とか素敵の方向ではなくて、娘や孫として可愛がりたいの方向に完全に偏っていたとしても、まあ、大きな問題じゃないだろう。


 例え、今着てる部屋着が灰色の上下のスウェットで、サイズが合わずぶかぶかなせいで大きなねずみの着ぐるみを被ってるようにしか見えなくて、近頃どうも見当たらないと思ってたら、優美お前が犯人だったのか? と気付いたりもするけど、大丈夫、優美の可愛さに傷は付かない。


「いや、なんでもないぞ」


 優美の頭をぐりぐりしてみる。表情が崩れて、にへら~とでも擬音で表現できそうな、アホな子の残念顔になってしまうのもご愛嬌だ。


 今日の優美は機嫌が良い。まあ、学校から戻って明日からGWという夕方に機嫌の悪い子供がそうそういるはずはないか。俺の学校と家とのピンポンダッシュも明日からはしばらくお休みなのである。優美の方も連休前のお勤めのつもりなのか、それとも家族の空気を読んだのか(優美にそんな高等な技が使用可能なのか俺には少し自信がない)、今日はちゃっかり学校へ出動していたようで、こうなってくると単にさぼり魔なだけなんじゃ? との疑問も浮かんでくる。


「今日は早めに帰ってこれるらしいから、ご飯はお母さんがもどってからね」

「うい、了解」


 俺の返事に、よしよしという感じで頷いた優美は


「というわけで、夕ご飯までの時間、お兄ちゃんには優美と一緒にやってもらわなければいけないことがあります」


 神妙そうな顔で重々しくそう切り出した。


「そのお仕事とは、これです」


 優美が後ろに手を回して取り出した、優美の個人用ノートPCの画面に表示されてるのは、


 『ペアで生活オンライン ~ハートランド王国へようこそ~』


 画面上部を埋め尽くすような大きさの文字でタイトル表示されたWEBページだった。画面中央には寄り添いあって空の彼方を見つめる3Dポリゴンのイケメン騎士とドレス姿の美女の二人組。そして、背景には白亜の城とその城下町らしいが妙に現代風な街並と風景。


「何なの、これ?」


 思わず呟いた俺の言葉に


「優美とお兄ちゃんのおうちが貰えるんだよ」


 返ってきたのは、意味不明ながらテンションの高い優美の張り切り声。

 何もわからん、と思いながら、俺はとりあえず画面左下の「初めてのお客様へ」と書いてあるボタンをクリックしてみる。




 『ペアで生活オンライン ~ハートランド王国へようこそ~』


 『ペアで生活オンライン』はユーザの皆さんがインターネット上に作られた優しさ溢れる仮想の国、ハートランド王国の国民となることで、仮想世界内に暮らす住人としてさまざまな刺激に満ちた体験を楽しんで頂ける各種サービスを提供します。


 『ペアで生活オンライン』はその名前の由来の通り、男女二人一組でのユーザー登録が必要です。ユーザー登録が終わってハートランド王国民としての新規の住民登録がなされると、国王からのお祝いとして、お二人には王国城下に二人が暮らす住宅ホームが与えられます。このホームが二人が過ごす基本の場所となります。ユーザーはいつもこのホームを基点にログイン、ログアウトをして、仮想世界との出入りを行います。


 『ペアで生活オンライン』は登録されたお二人が世界内で過ごす時間が増えるほど、受けられるサービスや特典が増える仕組みになっています。ぜひ、誘い合わせて王国内で過ごす時間を増やしてください。


 『ペアで生活オンライン』は登録ユーザーの皆さんの安心、安全を一番に考慮した運営を心がけています。具体的には登録されたお二人のプライバシーが厳守されるように……


 『ペアで生活オンライン』は……



 いかん、「初めての……」の割には、やたらと沢山のことが書いてあって、目がしばしばしてきた。とりあえず、なんだか一応は理解できた気がするぞ。一言で言ってしまえば、男女ペアで登録して遊ぶ3D MMORPGを、優美は俺とやってみたいってことだな。


「あー、なんか分かった気がする。でも、良いのか? これ課金ゲームで母さんの許可が必要なんじゃない?」


「うん、お母さんやって良いって。月300円で課金アイテム一切なしってところが気に入ったみたい」


 俺の疑問に優美は嬉しそうに答えるが、月額300円で課金アイテムなしって、なんだそりゃ? 近頃、見かけないタイプじゃね? 絵的には充分綺麗そうだけど、もしかしてB級コンテンツか?


 この時に感じた俺の素朴な疑問には、その後しばらくしてから納得の答えが得られることになるのだが、それはまだ先の話。


「そして、なんと今回、優美はお父さんから素敵なものをゲットしているのです」


 そう言ってあるのかないのか分からない程度の微妙な胸をそらしながら、優美が俺に差し出したものは……


 親父が勤める電機メーカー SONIC社製の新型HMD、ヘッドマウントディスプレイだった。それもちゃんと優美と俺の二人分。


「ボーナスから買うことにすると、お父さんの社員割引きでとっても安く買えるんだって」


 にこにこしながら優美は言うが、親父、それってボーナスの一部現物支給って奴じゃないか? 大丈夫なのか、SONIC社は? まあ、なんにせよ、型番は最新の奴っぽいし、HMDがあるのとないのでは3Dコンテンツは楽しめる度合いが全然違うから、これはナイスだ。偉いぞ優美。


 そんなこんなで登録開始。ゲストで登録して試しに何時間かやってみないのか? と聞いたところ優美はもうやってみたというので、俺のお試しは省略ということに。


 俺が最初にゲスト登録。次に優美が本登録。本人確認済で本人名義か親名義のクレジットカードにつながるネット決済のIDを入れれば、一人目の登録は終了。優美がペアの相手として指名した俺のメールアドレスに登録の続きのページが送られてくるので、そのページで俺のネット決済のIDを入れれば二人目の登録も完了。無事に優美と俺のアドレスに、各々のユーザーIDと認証用のキーが送られてきて、登録は滞りなく終わったのだった。


 登録が終われば、次はアバターの設定だ。このMMO、実際のカップルが想定ユーザーということで、ペア、そして自分からフレンド登録したユーザーに対しては、自分自身の姿で過ごすことが求められている。優美も俺もかなりの時間をかけて、WEBカメラの前で全身が入る姿で一周撮影、次にもう一度首から上を一周撮影、今度は正面を向いて「笑った顔をしてください」「怒った顔をしてください」「嬉しい顔をしてください」「哀しい顔をしてください」「困った顔をしてください」「すねた顔をしてください」等など、PCから「お疲れさまでした」という音声が出る頃にはライフが0になりそうなくらい沢山表情を撮られたのだった。


 その甲斐あってか、画面に表示された優美のアバターは俺が見てもかなり似ていると思えるくらいの良い出来になっていた。俺のアバターも、優美に言わせるとそれなりの出来らしい。最後に自分たちとは関係のない一般のユーザーが俺たちに街中で出会ったときに表示されるアバターを他人とかち合わないようにソフト的に生成された候補キャラの中から選んで無事終了。


 余談だが、撮影が始まる途端、優美ががばっとスウェットの上下を脱ぎ出した時には、何が起きたのが俺にはさっぱりわからなかったが、本人曰く、体型を悪く見せないために普段の部屋着に戻っただけ……ということらしい。確かに出来上がったアバターの服装の初期値はカメラ撮影時のものになるのだから、あまりに変な格好はNGなのは当然だった。


 何にせよ、チュートリアルによればこれでプレイの準備はOKだ。


「これからログインするのか?」


との俺の問いかけに、


「だめだよ、お兄ちゃん。もうすぐ晩ご飯だから、ご飯食べてお風呂入ったりして準備しないと。勿論、お兄ちゃんも一緒なんだから、ちゃんと準備しておいてね」


 優美のことだから、すぐさま遊びたいと言い出すかと思いきや予想外のお言葉。しかし、なんだか、気合い入りまくりなんですけど、俺の参加もデフォなのか。


 やれやれ、と思いながら一仕事済んだということで優美の部屋を出ることにする。優美のベッドの上にページを開いた母親が買ってきたに違いない女性向け雑誌が置かれていたのが目に入ったが、特に気にとめることもなくドアを開けた。


 もし、その時俺が雑誌を注意深く見ていたとしたら、その後の俺の運命は多少、違ったものになっていたのかもしれない。開かれたページの中のインタビューでは、現在、人気急上昇中の高校生アイドルが満面の笑みで「ペアで生活オンライン」を自分の兄貴と一緒にプレイした感想を披露していたのだから。しかも、見開きででかでかと印字されたこの見出しで。


  『お兄ちゃんは私のために何だってしてくれるんです!』


<<次回、「妹、ネットゲームに人生を見出す」に続く>>

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