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妹オンライン  作者: 寝たきり勇者
第一部
18/37

週刊スポット 6/27号 オンラインゲーム大特集

『人気オンラインゲーム突撃体験レポート』 第一弾


「ペアで生活オンライン」 編集部員Iが大挑戦


 日本も梅雨の季節に入り、ぱっとしない人生にじめじめした天気が追い討ちをかける今日この頃。編集部で健気に仕事に取り組むIの元に編集長がにこにこしながら近づいてきた。これは間違いなくトラブルの予感だ。


「おい、I。お前今度はオンラインゲームの体験取材な」


 顔を見るなり、編集長は仕事の命令。下っ端編集部員のIに拒否権は当然ありはしない。編集長のご指名は現在巷で大人気の「ペアで生活オンライン」。でもこのコンテンツって確か男女のペアでしか登録できないのでは?


「それを何とかするのも、お前の仕事のうちだろうが?」


 はい、確かにごもっともです。更なる小言を食らっては堪らないとIは一目散に編集部を飛び出したのだった。


 戦い済んで日が暮れて、Iが電話をかけた女性の知り合いでIと一緒に「ペアで生活オンライン」に登録してくれるという女の子は一人も現れなかった。もしかしてとは思っていたが、Iって女の子に人気ないんじゃないか?


「何か買ってくれるなら、編集長さんにも頼まれちゃったし、一月限定で登録してあげても良いですよ?」


 とぼとぼと編集部に帰ってきたIに声をかけて来たのは、編集部でバイトしてる女子大生のAちゃん。


「じゃあ、正式登録してログインしたらその足で『ハートランド・ミッドタウン』に行って約束の『フェログモ』の靴を買ってもらいますからね」


 もはや、優しいんだか弱みを握られて脅されてるんだかわからない言葉だが、コンテンツ内で靴を買ってあげる条件で、とりあえずペアの女性プレイヤーAちゃんをを確保したIは「ペアで生活オンライン」の登録作業へと向かったのだった。


 登録名は少し考えた結果『SP編集部I』。匿名性を保ちつつ何かの機会にはユーザーにインタビューとかで使えそうな、ナイスなネーミングだ。WEBカメラを使っての撮影作業はちょっと面倒。この辺は運営さん、少し考えた方がいいって。


「どうして仮想空間でさえIさんの美しくない体型を見つめ続けないといけないんでしょうか。これって誰得ってやつじゃないですか?」


 ログインしたIのアバターを見たAちゃんの最初の一言がこれ。しょうがないじゃん。「ペアで生活オンライン」はペア同士は普段どおりの姿で暮らさなきゃいけなんだから。日ごろの不摂生と運動不足、ストレスから来る暴飲暴食により崩れきったIの体型は、見事に仮想空間の中でも再現されていたのだった。ゲームの中の世界なんだから、体型くらい変えさせてくれよ、開発者。


「なんだか、家も貧相ですよね。『SP編集部IとAちゃんのおうち』って、Iさんいつの間に入力したんですか。気持ち悪いから、止めてください」


 Aちゃんの言葉は辛辣だけど、泣いちゃ駄目だ。これから良いところを見せていけば、AちゃんもきっとIのことを段々好きになってくれるさ。


「やっぱり、仮想商店街コンテンツって良いですよね」

「自分でお金を払うんでなかったら楽しいだろうね」

「Iさんたら、人間が小さいんだから。そんなことじゃ、女の子に相手されませんよ」


 ログイン後、即座にAちゃんに連れられて、Iたちは『ハートランド・ミッドタウン』へ。ログインして10分後には、Aちゃんご指名の『フェログモ』のハイヒールを購入完了って、やっぱりIはAちゃんには動く財布にしか見えてないんだな。Aちゃんの機嫌は直ったけど、Iは涙でHMDが曇って見えるぞ。


「これから、IとAちゃんとはこの『ホーム』で仲良く暮らしていくんだから」

「別に一緒にいなくても、ある程度ポイントは勝手に溜まってくって出てましたよ。ここ二人だと狭いですし、Iさん、お互い自由行動で行きましょうよ」


 Aちゃんの言葉で、戻ってきた二人の愛の巣のはずの『ホーム』に即座に一人取り残されるI。リビングの仮想TVから流れる番組はIの心の寂しさを決して埋めてはくれないのだった。



 そんなわけで、出足から躓いてしまったIの『ペアで生活オンライン』ライフだが、このコンテンツには男ならではのゲーム要素も用意されているのである。『ハートランド王国軍兵士』への召集通知を受け取ったIは新たな戦いの場である白亜の王宮へと身を投じたのだった。


 「私はハートランド王国軍歩兵部隊新兵統括官のマクガイヤー男爵である。王国を守護する崇高な使命を果たすため、ここに集ってくれた諸君を我々は歓迎する」


 やってきました、Iの栄光伝説の始まりですよ。学生時代からゲーマーとしたならしたIには、兵士からの立身出世なんて、おらつらえ向けのステージが用意されてましたです。GWにTVで見た田伏和治の格好良い姿が頭をよぎる。編集部で鍛えたIの能力を持ってすれば、あっといい間に追いつくのは間違いなし。


「俺の名前はゴッサム。お前ら新兵の訓練担当だ。良いか、ひよっ子ども。耳かっぽじって良く聞けよ。貴様らは単なる糞だ」


 あれ、なんかIとは相性の良くなさそうな強面の教官役NPCが出てきて、なんだか嫌な予感がしてきたぞ。いきなり剣の訓練開始ってこのゲーム体育会系なの?


「5番の新兵。なんだ、それは。貴様、剣を握ることすら出来ないのか? 糞にもほどがあり過ぎるぞ」


 なんか、予定と違う。剣の素振りなんてIは予想してなかったし、全然上手く出来ないぞ。


「今日の訓練はこれまでだ。こんな簡単な剣振りさえ出来ない糞中の糞は俺様が直々に性根を叩き直してやるから覚悟しておけ!」


 Iの努力も虚しく、あえなく訓練は時間切れオーバー。マニュアルによるとIは再訓練を受けないといけないらしい。なんてとほほなんだ


「Iさんって、パソコンとかゲームは詳しいとか言ってたのに、ゲームの訓練一つクリアできないんですか?」


 とぼとぼと『ホーム』に戻ってきた俺に、TVで様子をみていたらしいAちゃんからのきついお言葉。だって、これ結局体感ゲームみたいな感じで運動神経が必要なんだぜ。もうやだよ、俺。


 剣技訓練をクリアできなかったIに待っていたのは、恐怖の再訓練。教官NPCの前に整列させられて、Iたちは辛い仕置きを受けたのだった。


「私は剣を振るだけの簡単な訓練もできない落ちこぼれです。さあ、言え」

「私は剣を振るだけの簡単な訓練もできない落ちこぼれです」

「声が小さい。もう一度だ」

「私は剣を振るだけの簡単な訓練もできない落ちこぼれです!」


 再訓練と言いつつこれは教官の苛めじゃないのか。思っていたIの前に教官NPCが留まって口を開いた。


「私みたいなダメ人間SP編集部IのペアになっているAさんは可哀想です。ほら言うんだ」


 げげ、なんでペアのAちゃんの名前を教官NPCが言うんだよ。


「私みたいなダメ人間SP編集部IのペアになっているAさんは可哀想です」

「声が小さい。もう一度だ」

「私みたいなダメ人間SP編集部IのペアになっているAさんは可哀想です!」


 なんだよこれ。訓練とは関係ないじゃんかよ。


「屑でダメ男のSP編集部Iは心を入れ換えてAさんに相応しい男になるように努力します。Aさん、SP編集部Iを捨てないでください。次はこれだ」


 次はこれだ、じゃないよ。誰がこんな文章考えてるのさ。


「屑でダメ男のSP編集部Iは心を入れ換えてAさんに相応しい男になるように努力します。Aさん、SP編集部Iを捨てないでください!」

「もう一回だ」

「屑でダメ男のSP編集部Iは心を入れ換えてAさんに相応しい男になるように努力します。Aさん、SP編集部Iを捨てないでください!」


 大声で、教官の言葉を繰り返さなければ再訓練クリアにならないとは、なんて酷いゲームなんだ。男のプライドぼろぼろだよ。



 さて、思い出したくもない訓練のことは、ひとまず置いとこう。


 「ペアで生活オンライン」はリア充ご用達コンテンツなんだけど、その宣伝に人気アイドルの田伏和治と里香の兄妹が登場しているのは読者の皆さんもご承知だと思う。実生活では到底会えないセレブにも、仮想空間なら会うことができるかもしれない。これは間違いなく、このコンテンツの醍醐味の一つだろう。雑誌編集者の経験を活かしてその辺の人に聞いて回ってみたIは、無事、田伏兄妹の『ホーム』の場所の情報をゲットしたのだった。


 もしかしたら、Iも大ファンの田伏里香ちゃんに会えて、電撃取材も出来るかもしれない。Iのボルテージは鰻登りだ。


 教えて貰った居住ブロックに移って歩くこと3分。Iは見事、『田伏和治 里香』と表札のある、お屋敷に辿り着いたのだった。IDで検索すると里香ちゃんはログイン中らしい。突撃取材、男ならやるしかないぜ。押したインターホンから里香ちゃんの声。これはいける。


「あの、個人としてアポなし取材は事務所に禁止されていますし、『ペアで生活オンライン』さんに関することでしたら、運営会社の東品ネット・コミュニケーション株式会社さんの方に了解を取って頂けませんでしょうか?」


 あれー、里香ちゃん。そんなその辺の大人みたいなこと言っちゃって、固いんだから、もっとフレンドリーに行こうよ、フレンドリーにね。仕方ないから、とりあえず東品ネットに取材許可取るか。


「お電話代わりました。法務部メディア対策課の山岡と申します。本日はどのようなご用件で……」


 ダメだ。こんな奴ら相手にしてられないよ。人のやることに文句つけるのが商売みたいなのじゃないか。俺らは権力に屈せず、書きたいことを書くのが商売なんだよ。


「里香ちゃん。相手が頭固くて宣伝以外のものはダメなんていうから、個人的なインタビューってことで行こうよ。ねえってば」


 こういうのは熱意が大事だよな。最初は嫌だって言ってても、何回も通えば、話を聞いてくれる場合もあるし、なんたって相手はまだ17歳だもんな。なんとでもなるさ。


 最初は車に乗って逃げ出したりしてた里香ちゃんも、Iの熱意にほだされたのか、段々態度が軟化してる気がするぞ。土曜日の今日はなんと里香ちゃんの『ハートランド・ミッドタウン』への変装お買い物へのお供に成功だ。


「ねえ、里香ちゃん。せっかくだし静かな休憩所にでも入って、インタビューさせてよ」


 相変わらずの里香ちゃんのつれない態度にも頑張るI。印象的にはもうちょっとだと思った次の瞬間、Iの眼前に見知らぬ男の姿が。


「おい、おっさん。お前何やってんだよ!」


 邪魔だな。声からしたら単なるガキか。こっちは仕事でやってんだよ。あっちいけ。


「お前が田伏里香に付きまとってるって雑誌記者か。SP編集部Iって何様のつもりの名前だよ」


 一人追い払ったと思ったらまた来たぞ。段々、人数が増えてきてないか。これだから近頃の暇なガキは……


「SP編集部って、これ多分、週刊スポットじゃないのか?」

「俺、第三者の振りをして聞いてみる」


 おい、やめろってば。どうしてこいつらは変な所にだけ悪知恵が回るんだ。


「ワロス。編集部員に伊藤ってのがいて、今はオンラインゲーム特集の取材中らしいぞ」

「3分で身元バレとは、手応えがなさ過ぎるっていうか、こんな名前付ける奴の頭が悪すぎだよな」


 ああ、何で言っちゃうんだ。電話受付けの不用意な一言でIの身元はバレバレだ。


「HPと電話に凸だな。お宅の編集部の伊藤が『ペアで生活オンライン』と『田伏里香』に迷惑かけまくりなんですけど、どうしてくれるって」

「これは全力だろ。田伏里香に嫌がらせなんてして許されると思うなよ」

「たまには、やられる方に回ってみるんだな」


 あっという間に大惨事。


「すいません。もう二度と田伏里香には近づきませんから、どうか編集部への嫌がらせ電話とかは止めてください」


 Iの潔白を証明してくれるかもしれない、頼みの里香ちゃんはいつの間にか人ごみに紛れていなくなっちゃうし、もうこうなったら止めようがない。この日の午後、週刊スポットの電話は一日中苦情と嫌がらせ電話が鳴り続け、掲示板は大炎上になってしまったのだった。勿論、Iは編集長から大目玉を食らってがっくりだ。


 なんてことだろう。頑張っても仕事って上手くいかないよな。



 里香ちゃんへの突撃インタビューを断念して3日。

 辛くても王宮の兵士勤めは止められない。Iは重い足を引きずって練兵場に急ぐのだった。


「24番、合格」


 今度は制限時間ぎりぎりで教官NPCの声が聞こえてきた。

 やったね、I。二回目にして剣技訓練レベル1クリアだ。神様はIの努力を認めてくれたんだ。


「訓練はここまでだが、今日は貴様らに面白い見世物がある!」


 あれ、なんかこの間と違うぞ。どうしたんだ?


「SP編集部Iに決闘の申し込み者があった。そいつの名はジャスティスだ。SP編集部Iが受ければ決闘は成立する。まさか、敵に背を向けて逃げるような真似はしないだろうな、SP編集部I!」


 え、なんで。どうしてIがこんな目に遭わないといけないんだ。


 いつの間にか、決闘という名前のボクシングの試合が始まって、Iはジャスティスという奴のサンドバッグに、Iが地面に倒れると周りからは「死ねよ、ストーカー男」「まだいたのか? 身の程知らず」「田伏里香につきまといなんてしやがって」「里香ちゃんが辞めたらどうしてくれるんだ」という罵声の嵐。ああ、この間のことが原因だったのか? Iは謝ったのに、なんで許してくれないんだ。


「SP編集部Iに決闘の申し込み者があった。そいつの名はタイソンだ」

「嫌だ。俺はもうやらないぞ!」


 教官NPCが新しい挑戦者の名前を言ったが、Iは即座に断った。


「24番。貴様は決闘を受けずに逃げ回る糞の中の糞だ。腐りきった貴様の根性が少しでも真人間に近づくように、俺が再訓練で鍛えてやる。勿論、今日の訓練結果は取り消しだ!」


 ええっ。あれだけ苦労したのに今日の訓練クリアもなし。ってもしかすると、決闘を全部受けない限りIはこれからも一切訓練をクリアできないんじゃないの、これ?


 ペアのはずのAちゃんはログインするたび、買い物の催促と出世しない俺への不満ばかり。里香ちゃんへのインタビューは大失敗。王宮での兵士生活は身元バレで前途真っ暗。


 仮想空間でも底辺生活。リア充向けのコンテンツ「ペアで生活オンライン」なんか大嫌いだ!


 文章:スポット編集部 伊藤

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